釣り師、獣人ちゃんと会う
しょんぼりというか切なそうにこちらを見る獣耳の女の子。今の俺の年よりは、ちょっと上に見える。
ランタンの灯りに照らされた大きめな耳は先が黒で根本は薄茶色。髪はキャラメルの茶色で肩の上で揺れている。革の胸当てを服の上から付けていて、軽装の冒険者に見える姿だ。
――――獣人ってやつか。
初めて遭遇する種族に驚いたけれども、口からは「……食うか?」なんて言葉が出ていた。
「いいの?!」
いや、いいのも何も、そんな入り口の真ん前で悲しげに空腹訴えられたらなぁ。
敷地内に入れるゲスト設定にして庭(?)に通すと、びっくりした顔のまま入ってきた。
おお、なんか立派なふぁさっとしたしっぽが付いているぞ。狐っぽい。
だが、しっぽが付いている場所が場所だし、セクハラとか言われたら困るしな。あんまり見ないようにして会話でも触れないでおこう。
俺は向かいに折りたたみ椅子を出して、勧めた。
「とりあえずその椅子座って、これ食ってて」
焼いてあった鶏肉を皿に載せ、ネギダレとマヨネーズを縁の方に少しずつ盛ったものを手渡す。
「横のはネギのソースと卵のソース。気に入ったらその皿から取って足して。あっ、しょっぱかったらごめんな?」
俺はわりと塩分控えめが好きなんだが、獣耳ってことは動物寄りの味覚かもしれないし、これでも味が濃いかもしれない。
念のため、水を出してカップに入れてテーブルへ置いた。
女の子は、恐る恐る肉を口に入れ、その後はガツガツ食べている。味付けは問題ないようだ。
様子を横目に見ながら、大きいフライパンに変え次の肉を出した。
豚バラ肉のブロックを厚めの一口大に切って、軽く塩を振って焼いていく。
鶏肉を食べ終えたらしい女の子は、じーっと肉が焼けるのを見ている。
そんなに見なくてもなくならないぞ。
焼き上がりを待つ間に、葉物野菜をちぎってボウルへ入れて、次の料理の準備もした。
じっくり焼いて脂身がカリッと焼きあがった肉を、女の子とシロの皿に載せた。
「ほら、豚肉だ。こっちもその卵ソース付けても美味いぞ」
俺としては、コショウとか一味とかピリッとするのがあればもっといいんだが。
「あ、ありがとう……」
『ニャ~(わたしにもマヨください~)』
シロはマヨの美味さもわかってるらしい。
グルメな猫の皿にもマヨネーズをちょいちょいと載せてやると、器用にもくわえた豚肉をマヨの上に載せてから食べている。
準備していたボウルの葉物野菜といっしょに、卵と小麦粉と水を適当なゆるさで混ぜて、フライパンへ。
薄く広げてその上によけておいた豚肉を載せて、これもじっくりと焼いていく。
なんちゃってお好み焼き。
これならちょっとは腹にたまるだろう。
ふと女の子を見ると、にまーっと笑顔を浮かべて豚肉を食べていた。
よかった。
腹が減るって本当につらいからな。
昔の貧乏学生だった頃を思い出す。
学費は親に出してもらい生活費は自分でっていったって、バイトで稼げる額なんてそう多くはない。
何か削らないとならないって時に、削れるものは食費だ。家賃も光熱費も削れないし。
で、食べる金がなくて腹減らしている時に、先輩や友人が食べさせてくれたんだよな。本当にありがたかった。
まぁ、俺が食べさせる側になることもあったが。
フライパンの上のなんちゃってお好み焼きにマヨネーズをかけて、半分に折って女の子のお皿へ。
「それはパンみたいなもんだから、手で食べてもいいぞ」
「う、うん……」
素直に手で持ってがぶっと食べ、「ウマ……」とつぶやいた。
「美味かったならよかった」
「あんた、わたしよりちっちゃいのに、料理上手……」
女の子はそう言いながらボロボロ泣き出した。
「ごんな、ぢっちゃい子でも、がんばってる、のに、わだしは、なんじも、でぎだいっ……」
俺の自炊暦は長い。この体が生まれる前から料理しているんだ、このくらいはできるさ。そんなこと、言えないが。
この子も泣きながらしゃべりながら食べるという器用なことをしているのに、なんにもできないってことはないと思う。
とりあえず水を飲めと勧める。
なんというか、こういう話は酒があるといいんだがなぁ……。
自分も水をぐいと飲んだ。
「――――なんにもできないってことは、ないんじゃないか?」
「……だっで、ダンジョンぼ、行げないじ、ざいじゅも、へだぐぞで……えぐっ」
「そうか」
「おでえぢゃんは、ダンジョン行っでるのに、わだじは、るずばんも、でぎなぐで……」
「腹減ってたら、我慢できなくても仕方ないだろ」
「でも、おでえぢゃんは、まだ、はだらいでるのに、わだじは、こんなおいじいもの、だべぢゃっだ……うぉーーーーん」
大号泣。
本人にしたら大変なことなんだろうが、俺は微笑ましくておもわず笑ってしまった。
まだやったことがない仕事なんて、いっぱいあるだろう。なんて言うのは簡単だ。
が、それに自分で気付く時間も、その後に成長する時間も、この先待っていることだろう。
悩みもつらさも涙も、本人のもの。
俺が手を出していいことじゃない。
タオルを貸して、しばらく泣きたいように泣かせておくことにした。
ここなら近所迷惑にもならないし、好きに泣けばいいさ。
その間にまた肉を焼き、ボウルになんちゃってお好み焼きの生地を作る。
シロが女の子の近くに行って『ニャ~』と鳴くと、しゃくりあげながらも顔を上げた。
「――――姉ちゃんに悪いと思って泣くなんて、優しいな」
「……やざじく、なんで、だいもんぅ……」
「そうか」
生地をフライパンに落とすと、ジューッといい音がする。
肉の脂の匂いも混じって、香ばしいいい匂いだ。
音と匂いに注意が向けられたのか、泣き止んだらしい。
「わだじ、もう、お腹いっぱいだけど」
「これは、姉ちゃんの分」
「……あんた、なんで、そんな優しいの……?」
また、泣きそうな顔になってる。
「あー、俺も腹減ったらつらいの、知ってるからさ。そういう時、親切な人に食べさせてもらって、今の俺がいるわけだ」
釣りしてて、なんにも釣れなくて、近くの人におすそわけをもらったこともあった。
世界は案外、優しいところもあるんだよな。
焼きあがったなんちゃってお好み焼きにマヨネーズを塗って、半分に折る。
パンをもらった時の包みにくるんで、差し出した。
「たまには、いいことがあってもいいだろ。――――はい、これ姉ちゃん用の土産な。熱いから、あんまりぎゅっと持つなよ。やけどするから」
「あんた……ちっちゃいくせに、なんかおっちゃんくさいね」
うっ…………。
仕方ないんだよ、中身おっちゃんなんだから。
「ほら、早く帰れ。って、家、近いんだよな? 一人で帰れるか?」
「だいじょうぶだよ~。元気出たっ! ちびちゃん、ありがと!」
ちびちゃんって……。全く、現金なもんだ。
泣いているよりはいいけどな。
土台から降りて手を振っている女の子に、手を振り返した。
「おう。笑ってる方がかわいいぞ。気を付けて帰れよ」
すごい勢いで走り去っていくな……。おーい、転ぶなよー。
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