釣り師、下僕となる


『ニャニャ~(ようかいとか、失礼なのです~)』


 そう言う(鳴く?)と、白子猫はへたり込んでいる俺の肩にひょいと飛び乗った。

 はたから見れば猫が鳴いているように見えるが、しゃべっている声が頭の中に聞こえるのは、どういうことだ。


『(わたしは神の遣いなのです~。えらいのです。だから魔力くださいです)』


 そのうちニャーも言わなくなり、理不尽な要求をされている。

 猫め、かわいいと思って勝手なことを言って!

 肩からはがして首根っこをつまんで目の高さまで持ち上げると、ぷらんとなったまま金色のまん丸な目でこっちを見た。


(ぐふっ! かわいいっっっ!!)


『(かわいがるがよいです~)』


 陥落した俺は、憎らしかわいい子猫を膝に乗せ、首元をわしゃわしゃと撫でまわした。


「――――うちの猫になるか?」


『ニャニャ~(とっくに下僕にしてやったのです~)』


 なんと!

 猫はだんだんと本性を現して、大変悪い生き物になっているが、まぁ許そう。かわいいからな!

 猫の話によると、この子は申し子を護衛するために神様が遣わした神獣なのだとか。

 神獣とか、異世界ってなんでもありだな……。


(護衛? 猫、護衛なんてできるの?)


『(もちろんです~。シャーッ! で ガリガリッ! です~)』


 とてもできる気がしない。


『(ごはんは魔力です~。おやつはかつおぶしとか、けずりぶしとか、おかかがよいです~)』


 元は全部、かつお節だな。

 そして異世界にかつお節がある気はしないが、万が一見かけたら買ってあげるとするか。

 白猫は膝の上で丸くなってウトウトしだした。

 魔法鞄の中にあった植物の蔦でできたカゴにタオルを敷いてその中に入れてやると、もぞもぞといい感じの位置を見つけて、おとなしくなった。


 こう見てるとただの普通の猫だよな。

 念話というやつなのか、頭の中で会話をしたのが今も信じられない感じだ。

 そういえば、名前を聞いてなかった。起きたら聞かないとな。

 かつお節とか言っていたから、日本の猫だったのだろう。

 シロとかミーコとかそんな名前かもしれない。


 カゴを椅子の横に置き、猫にやられた毒カレイ(仮)は、中がひんやり闇のクーラーボックスに入れてみた。気分的にこれがぴったりだったからな。


 釣りを再開すると、今度は釣れるわ釣れるわ! 猫、まねき猫じゃね?!

 違う色のカレイ(仮)も釣れたし、アンコウっぽいのも釣れた。ひょろひょろしたウミヘビっぽいのも釣れた。


 俺、異世界の釣り、極めちゃった? 異世界転生チートで名人になれるんじゃね? などと内心で得意になっていたところに、ガツンと今までにない引きがあった。

 引きっていうか反撃。これまでとは比べものにならないほどの引きで、椅子からちょっと腰が浮いた。

 竿を掴む手に力と魔力が入る。

 ハッサムさんに教わったように、手元のリールもどきを掴んで思いっきり魔力を込めた。

 瞬時、糸を通った向こうで魔力がドンッと放たれる感触。

 と同時に、海の遠くの方で海水が高く吹き上がった。


 ――――これが魔導弾…………。


 え。

 っていうか、あれ、俺?

 水の柱立ってた?

 釣り糸、あんな遠くまで行ってたのか?!


 手応えがなくなった釣り晶を引き上げてみれば、何か牙が付いた口元だけが釣り晶にくっついていた。


 なんかすごい鋭い牙が付いてるんだけど…………!

 釣っちゃいけないものを釣るところだったようだ。


 しかもがっちりとくっついていて外れない。

 俺は闇クーラーボックスと椅子を魔法鞄に入れて背負い、片手に猫入りカゴ、片手に釣り竿を持って、釣りギルドへと急いだ。


「――――ハッサムさんっ! 牙が! 釣れて! 取れないっ!!」


 勢いよく扉を開けると、びっくり顔の夫妻がこちらを見た。

 さすがのギルドマスター、ハッサムさんは慌てずに言った。


「コータス、まぁ落ち着け。なんならカウンターに竿を置いて。竿に魔力が入らなければ、取れるんだぜ?」


 ――――あ。

 と我に返ったところで、ぽろりと牙が付いた口が落ちた。

 拾い上げたハッサムさんが、つまみあげた。


「――――シーサーペントの幼体だぜ……」


 やっぱり、釣ってはいけないだった!!


「へぇ~。コータス少年、やるね~? ちょっと魔導弾が強すぎたかな~。次はきっと釣れるよ」


 できれば、そんな怖いもの釣りたくない……。

 マリリーヌさんにほめられて、微妙な笑顔を返した。


「シーサーペントがこんなところまで入ってきているのか……。大暴風の影響は強いな。もうしばらく漁師たちには気を付けてもらった方がいいな。釣り師が何人か戻ってきてくれりゃいいんだが……。コータスももうちっと大きければ、駆除の依頼が出せるんだがなぁ」


「依頼だと違うのか?」


「いつも通りの素材の買い取りと討伐報酬の他に、依頼達成報酬が出るぜ」


 なるほど。


「未達でのペナルティもないが、安全性の問題で15歳以上じゃないと依頼が出せないことになってるんだわ」


「じゃ、もし釣れたらここに持ってくれば、買い取りと討伐報酬はもらえるってことだな」


 そんな恐ろしいもの釣りたくないが……安全に釣れて稼げるのなら、それもアリか。


「そういうことだ。討伐証明はシーサーベントなら体内魔石だぜ。シーサーペント特有の、風と水が混ざった魔石が取れるからな。個体差はあるが、だいたい眉間か喉にできる。――――解体はできるか?」


 目の前のスキンヘッドが、親指で首を切る動作をした。

 恐ろしいほど似合っているので、やめた方がいいと思う。


 前世の俺は、でかい鮭まではおろせたが、シーサーペントはどうだろう。


「シーサーペントって大きさはどのくらいなんだ?」


「小型のやつで馬8頭分くらいだな」


 昨日見た騎馬8頭が、頭の中を横切っていった。

 屋根より高い鯉のぼりも横切って行った。

 無 理 だ という言葉とともに。





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