釣り師、白い生き物と出会う


 テントに戻ってきて、入り口外のキャノピーひさしのところで折りたたみの椅子を出した。

 海見ながら昼飯と洒落こむとしようか。


 ――――たしか、魔コンロっていうのが、魔法鞄に入ってたよな。

 コンロっていうくらいだから、火が使えて料理ができるものなのだろう。

 リュックに手を入れて魔コンロと思いながら外に出すと、カセットコンロというかIHクッキングヒーターみたいなものが出てきた。

 火と風の魔粒を入れる部分が付いている。中に粒が入っているみたいだから、そのまま下へ置いて円筒形の水晶を回してみると、ふわりと火が付いた。

 熱くなるんじゃなくて火が付くタイプのようだ。ダイヤルを回すと火力調整ができるあたりは、ホットプレートにも似ている。


 魔法鞄の中では平鉄小鍋と書かれていたのはスキレットだった。

 それをよく熱して、ポクラナッツ油とかいうのを少し垂らしてみる。

 うん、香りはピーナツ油に似ているな。

 そこに、塩を振った鶏肉を皮目から入れた。

 ジューッという音がして、皮から出た油の香ばしい香りが漂う。


 これはたまらんな……。

 ビール、ビール……って、なんで俺、子どもになっちゃったんだ……。

 この国では、いくつで成人なのか知らないけど、数年は飲めないってことだよな……。はぁ……。

 俺は心からの深いため息をついた。


 ただの鉄のスキレットみたいだが、手入れがよかったのだろう。コンディションがよく、焦げ付きもない。

 鶏肉が焼ける間に野菜の準備もしてしまおう。

 ほうれん草のような小松菜のような葉野菜を取り出して[洗浄]の魔法をかけた。

 顔を洗う時の魔法だから、野菜でもいいよな。っていうか魔法、便利すぎだよな。

 そういえば魔法書ちらっとしか見てなかったが、水を出す魔法も載ってたような気がする。後でちゃんと読んでみるか。


 焼けた肉をフォークで(菜箸とかトングはなかった)皿に取り、適当に手でちぎった野菜を鶏の皮から出た油で炒める。

 さっと火を通したらこれも皿に上げ、いただきもののパンも載せて、異世界で初の自炊飯ができあがった。


「いただきます」


 手を合わせて、鶏肉を口に入れる。


 ――――ウマ……。


 これはモモ肉か。塩味しか付いてないっていうのに、焼き目は香ばしく肉がジューシーで美味い。

 胸肉も柔らかく、適度な噛み応えがある。

 野菜と絡めて食べてもこれまた美味いぞ!

 コショウとワインビネガーで食べても美味そうだ。


 あーもー! ビール飲みたいぞ!!!!


 どうにもならない切ない気持ちを持て余して顔を上げた。

 少し先には明るい青い海が輝いていて、潮風がふわりと吹き抜けていった。






 食後に少し昼寝をしてから、また釣りをする。

 昼は釣り人口が減るが、昼になると魚がいなくなるわけじゃないし、異世界の魚がどうしているかなんてわからないからな。

 そうこうしているうちに、すぐに夕方になるだろう。夕方は早朝と同じく釣りしたい時間。

 まぁ、釣り好きなんてのは、一日中釣りしたいものなのだ。


 釣り晶が海をうろうろしているのをなんとなく感じながら、釣り竿を持ってぼーっとしていると、不意にアタリがきた。


 ――――来た!?


(掴め!)


 ハッサムさんに教わっていた通り、今度はちゃんと魔力に意思を込める。

 釣り晶の先の魔力が、何かを掴んだ。

 引きはそんなに強くないから、魔導弾は不要。


(来い!!)


 釣り糸が一瞬で巻き上がるように短くなり、釣れたものが竿の先まで来ていた。


 ――――おおおおおおおお!!!!!!!!


「釣れた!!!!」


 ピチピチと身を動かしているのは小さいカレイに似た魚だが、背が真っ青だった。


 ――――毒ガレイ……?


 釣り晶の先にぶら下がっている魚を不審げに見ていると、うしろから『ニャーン』と鳴き声がした。


 おお、猫か! やっぱり漁港の釣り場には猫がいないとな!


 顔をにやけさせて振り向いた。

 足元の先に、真っ白な子猫が座っていた。


『ニャ~ン(おなかがすいてるのです~)』


「……魚、食うか?」


『ニャニャ~ン……(そんな変な魚いやです~……)』


 そうか、猫から見ても変な魚か。


「――――って、猫、しゃべってる?!」


『ニャッ! ニャ~! (もう待てない! それが欲しいのです~!)』


 白猫は今までのかわいい素振りをかなぐり捨てて、ギニャー!! っと飛びかかってきた!!


 ぴゃっと飛んだ子猫は釣り晶の先の青魚に襲いかかり、魚をビターンと地面に叩きつけた。

 魚は平べったい体を弱弱しくくねらせ、沈黙した。


 ――――俺が釣った異世界初の魚が!!


 台無しにした当の猫は釣り晶にしがみついて、ガブガブとかじりついている。


 ん……? 魔力、吸われてる……?


 釣り竿から釣り糸を通じて、魔力が引っ張り出されている感じがする。

 そのうちちょっとづつ吸うのに焦れたのか、猫はに爪をたて、をがっちりと掴んで地面へ降りた。


 ――――――――ズルリ。


 なかなかの魔力が体内から引っ張り出された。

 地面には、陽炎のように微かに揺らぐ、子牛ほどの透明な塊。

 ……もしかして、あれが、魔力……?


 白子猫はくわっと口を開けると、それを一口で吸い込んだ。


「……よ、妖怪……」


 驚きのせいか魔力を抜きとられたせいか、俺はへたりとその場に座りこんだ。





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