釣り師、初めてのアタリ


「――――それじゃぁ、俺は仕事に戻るぜ。今、誰も釣りも漁もしないからヒマなんだがなぁ、あそこにいないとならないんだわ。なんか釣れたら教えてくれよ~」


 そう言って、ハッサムさんは釣りギルドへ戻っていった。


 説明も聞いたことだし、謎釣り竿の仕様はなんとなくわかった。

 やはり魔力で釣り糸が伸びたり縮んだりするらしい。というか、糸は魔蚕まかいこの糸を補助的に使っているが、ほとんどは釣り師の魔力でできているのだそうだ。


 そして、魔力がよく通るように、普段から釣り糸を魔力でしごいて手入れするのが大事なのだと。

 あとは使いながら慣れるしかないだろうな。


 一度、釣り晶を上げて、革の手袋越しに糸を指で撫でてみると魔力が糸へ伸びていく感じがした。

 再度、改めてキャストする。

 海へ落ちた釣り晶は、すーっと勝手に遠くまで進んでいった。――――っていうか、進んでいってる。え、糸どこまで伸びるんだ、これ。


 なんの前触れもなくアタリがあった。魔力を触られている――――!


 ――――えっ、何するんだっけか?!


 心の準備ができていなかった俺は、すっかり慌てて竿を引いた。手応えは――――――――ない。


 ああっ……バラした……。せっかく初のアタリだったのに。


 釣り晶の魔力に吸い寄せられてきて食いつくらしいけど、肌に触れられてるって感じるくらい、しっかりと何かが来たのを感じた。

 悔しくはあったが、おもしろくもなってきたぞ。

 間違いなく、アタリはあったのだ。

 それならもう一度。

 キャストして、糸が伸びるのを待つことしばし。


 ――――しばし――――。


 だが今度はさっぱりとアタリはなかった。


 ――――そう……釣りってこうよ……。

 釣りたい、釣れる。って気持ちだけで釣れるなら、釣りはこんなにおもしろくないってもんだ……。


 人間界を思い通りにできない魔王の気持ちを味わいながら、釣果0で午前の戦いを終えた。


 昼は買い物に行くことにした。

 食料の調達もしなければならないし、ここでの生活の基盤を作らないとならないからな。


 店の場所を聞こうと釣りギルドに行くと、ハッサムさんの他に格好いい女の人がいた。年は前世の俺と同じくらいだろうか。赤髪を高い位置で結んでいる。背が高くて目鼻立ちがくっきりとしてモデルみたいだぞ。

 そして聞いてびっくりハッサムさんの奥さんだった。ってことはもうちょっと年上なのだろう。名前はマリリーヌさん。美女と海坊主か。


「お、君が記憶喪失の釣り師くん? 釣り師させとくのが惜しいくらい美少年だね」


 アハハと豪快に笑うけど、目は優しげだった。


「よろしくお願いします。お姉さん」


「俺の時と態度が違いすぎるぜ?!」


 綺麗なお姉さん相手だと、言葉遣いも変わってしまうとか。なんかこう、いい子に見せたくなるというか……。独身男の悲しい習性か……。


「いい男は小さくてもわかってるね~」


 そう言うとマリリーヌさんは丸いパンを三個紙に包んで持たせてくれた。


「ありがとう! いただきます。――――そうだ。食料を買いに行きたいんだけど、近くに店ってある?」


「いつもならここでもパンは扱ってるんだがな。今は誰もこないから置いてないんだわ。調味料は少しならあるぜ。小麦粉と塩と砂糖とポクラナッツ油、ワインビネガーなんかだ」


 調味料か。魔法鞄にも入っていたけど、いずれなくなるもんな。

 全種類を少量ずつ買った。

 魔法鞄に現金も入っていたけど、身分証明具を使って支払いをした。店側の情報晶という水晶みたいなのにかざせば支払いができる。

 クレジットカード代わりにもあるのか。すごいな。

 というか、遺産からの支払いになるということだよな……。大変後ろめたいぞ……。

 早く自活して、なるべくこのお金は手をつけないようにしようと心に決めた。


 その他のちゃんとした食料品は、港から少し歩いたあたりに市場があって、そこやその周りの店で買えるらしい。


「この辺は物が安いからね。住むにはいいかもしれないよ。盗人に気を付けて行ってきなよ~」


 物価は安く、治安はいまいちってところか。

 夫妻にお礼を言って、釣りギルドを後にした。



 ◇



 港のすぐ近くには宿や民家や倉庫っぽい建物が並んでいる。

 馬車が通る太い道を北上していくと、すぐに店が立ち並ぶ一角があった。

 昼時だというのに、なかなかの賑わいを見せていた。


 買うのは野菜と、あとは肉とか卵か。

 魚は買ったら負けだと思っている。絶対に買わないぞ。


 が、魚少ないな。こんな港の近くなのに。


「そこのお兄ちゃん、何探してるだい? 鶏肉だったら安くするよ。どうだい?」


 愛想のいいおばちゃんに店頭で声をかけられた。


「あ、うん。じゃ、鶏肉もらうよ。いくら?」


「胸肉とモモ肉と混ぜて一皿200レトでどうだい?」


 おばちゃんの手元の皿には、こんもりと肉が載っている。


「うわ、たくさんだな。お姉さん、こんなにいいの?」


「まぁ、お姉さんだなんて! やだよう、この子は! 卵もおまけに付けてあげようかね」


 俺はおばあちゃんに見える人にはおばちゃん、それより若い人はみんなお姉さんと声をかけることにしている。いらぬトラブルを寄せぬ処世術ってやつだ。


「色男のお兄ちゃん、うちの豚肉も買ってってよ」


「野菜はどーだい? おまけするよー」


 次々と声をかけられて、肉と野菜はいろいろと買うことができた。


「ありがとう! また来るよ」


 俺はホクホクしながらみんなに手を振った。

 合わせ買いみたいな感じで売ってるものは、安い。

 売れるもの売れないものをセットにしてるのかもしれない。


 あとはパンを追加で買おうと思ったが、肉と野菜と比べると、割高だった。

 もらったパンもあるし、肉いっぱいだし、今日はいいか。


 俺は昼は何を作ろうか、やっぱり焼肉か~? と考えながら、港への道を急いだ。





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