釣り師、釣れない釣りたくない


 魔テントはなかなかいい……いや、控えめに言ってものすっごく快適だ!

 外気に左右されないらしく、暑くもなく寒くもない温度で海風も入ってこない。


 部屋の入り口に付いた切替晶に触れると、テント全体を明るくしてくれる灯りまでついている。しかも切替晶が二つ付いていて、“◎×”のマークの方を付けると灯りを外に漏らさないのだ。


 なんだこれ。すごすぎるだろ。至れり尽くせりすぎる。


 魔テントに備え付け(?)の魔道具は、切替晶の近くにだいたい魔粒を入れる場所がある。

 灯りの切替晶のところには魔粒を入れる場所が二か所あって、それぞれの入り口に“火”と“風”と書いてあった。


 テント用の魔粒とは別の、その道具に使うための個別の魔粒なのだろう。


 水場の蛇口やシャワーやトイレにもそれぞれ水と火の魔粒を入れる場所があった。

 魔法を使う時にこの魔粒を消費するわけだから、魔道具も仕組み的には同じなのだろう。


 夕飯は魔法鞄に入っていたパンとローストチキンを出して食べた。

 塩だけのシンプルな味付けで、なかなか美味い。

 食料は他にもまだ入っているが、明日からは食べ物の調達を本格的に考えないとな。


 テントの灯りを消して、魔法鞄に入っていた魔ランタンをつけ、魔法の練習を兼ねて、全身に[洗浄]をかけた。

 シュラフ寝袋に入って魔ランタンを消すと、俺はすぐに寝入ってしまった。






 目を開けると、うっすらと明るい。

 ――――ああ、そうだ。テントで寝たんだった。

 こうしてテントを見上げていると、一瞬、日本でキャンプをしているような錯覚を起こす。が、すぐに異世界にいることも思い出した。

 シュラフから出て、腕を上げて体を伸ばした。


 明るさから推測するに、まだ早朝。

 さっそく釣りしてみるか。

 アジとか釣れれば、さばいて刺身で食えるからありがたいな。


 岸壁へ行き、背負っていた魔法鞄から釣り竿と折りたたみ椅子を出した。それとサイズが合った革の手袋も出し、身につける。


 多分、この釣り竿も魔道具なのだろう。糸の先には、針の代わりになぜかオモリに似たしずく型の水晶のようなものが付いていた。

 手元に付いた、リボルバーのシリンダーのような謎の装置は未だ謎のままだが、魔粒が入っているということは魔法が使える釣り竿ということだろう。


 考えてもわからないからな。とりあえずやってみるか。


 竿をシュンと振って、キャストする。

 海面に落ちた糸先のしずく型のものはすーっと海面へ吸い込まれていった。


 リールがないから竿だと思ったのはどうも間違いのようだ。

 いやいやいや、リールがなければ、糸が伸びるわけないだろ!

 なのに、なんとなく、釣り糸が引っ張られている気がするのだ。うまく説明できないが感覚的なものが掴まれて引かれているというか。


 もしかして、俺の魔力とやらと連動している――――?


 詳しいことや本当のこともさっぱりわからないが、とにかく謎な釣り竿は、釣り糸を海中で伸ばしたり縮んだりして動いている感じがした。


 段々と空が明るくなり、遠くの景色がよく見えるようになってきた。

 昨日はあまりよくみていなかったが、どうやらこの港は湾にあるようだ。

 遠くまで陸地が続いているのが見えている。

 この景色だけだと普通に日本のどこかの町だと錯覚しそうになる。


 途中、朝食を食べたりしながら釣り(釣れてないが)していると、うしろから足音が聞こえた。

 振り向くとスキンヘッドのおっちゃんが、ニカッと笑った。

 50歳くらいだろうか。Tシャツからのぞく腕は、ムキッといい筋肉を備えていた。


「少年、釣れるか?」


「いや、全然釣れない」


「まぁ、ここじゃ釣れんわな~」


「え、そうなのか?」


「そりゃそうだろ、ここまで入ってくるシーサーペントはなかなかいないぞ」


「しーさーぺんと…………?」


「あっ、違ったか? クラーケンか? あれももうちょっと沖に出ないと釣れんな~」


「くらーけん」


「あっ、すまんすまん。俺が悪かったよ~。そんなちっちゃいもんは釣らないよな? もちろんオーシャンドラゴン狙いに決まってるよな~?」


「……………………」


 俺は無言でおっちゃんを見上げた。

 おっちゃんは冗談を言ったわけではないらしく、


「将来有望な釣り師がいてうれしいぞ!」


 ガハハ! と笑った。






 ふらっと現れた海の男風のおっちゃん。

 聞けばこの町の釣りギルドのギルドマスターだそうで、名前はハッサム・ラカントさん。俺も名乗って挨拶をした。


 ギルドって、昔のドイツなどにあった労働組合的なものだったよな。

 話を聞く前だったら釣りに労働組合って……と笑っていたかもしれないが、オーシャンドラゴンを釣るとか本気で言ってるなら、納得。

 それなら、ゲームにある冒険者ギルドと同じ扱いになるのもわかる。


「――――で、あそこが釣りギルドの建物だ」


「え、あの高級ホテルみたいなやつ、釣りギルドだったのか」


「……いや、その手前の小さいとこ……。あのでかいのは港の管理事務所だ。客船の待合も兼ねてるからでかいんだぜ」


 よく見るとたしかに手前に小さい建物がある。

 釣りギルドの扱いがよくわかるってもんだ。


「で、コータス、あのテントはお前さんのか? ――――ひとりか?」


「そうだ」


「…………そうか。いや、よく、あそこに結界使えたな。町の魔物除け大結界のギリギリ範囲か範囲から抜けるかの場所なんだが」


 ――――よく結界が使えたな……? 使えないのが普通みたいな言い方だ。


 いまいち意味がわからなかったので、自分の状況を話して、教えてもらうことにした。

 両親が亡くなって、自分も記憶がないこと、常識的なこともわからないこと、自活の道を模索していることを、ハッサムさんに説明した。

 ムキムキスキンヘッドはぐずぐずと鼻をすすりながら、腕で目元をこすった。


「あー……ハッサムさん。俺、前のことは全然覚えてないからさ。大丈夫だぞ」


「いやいや……うちの息子より小さいのが一人でがんばってると思うと、泣けてきてなぁ……。とにかく、俺はだいたいそこのギルドにいるから、なんかあったら来いよ」


 ありがたい。マジでありがたい。

 こんなわけわからん異世界で、そう言ってくれる人がいることの心強さよ。

 異世界のアニキだと思って頼らせてもらおう。

 俺は心からの感謝を述べた。


 ハッサムさんが言うには、この王都には魔物除けの大きな結界が張られているのだそうだ。たしかリュイデもそんなことを言っていた。

 そのため魔物や魔獣は町の中に入ってこないのだが、魔物除け建物結界を重ねて使えない。というより必要がない。町の中の建物は、建物を建てる時に住人などの設定ができる魔法陣を組み込むのだとのことだった。


 管理局で言われた公園は、避難してきた人たちが自分の魔物除け建物結界を使えるように、一時的に王都全体を覆っている結界を無効にしているらしい。


 そして結界は町を覆うためのものだから、港の海岸線あたりがが結界の端になる。だからそこまでは、魔物除け建物結界は使えない。

 ようするに魔物除け建物結界が使えたということは、そこは町の外だということだ。


 ……町から出ちゃってたぞ……。リュイデには絶対に秘密だ……。


 そして、ハッサムさんに大事なことを聞いた。


「――――で、この釣り竿で魚は釣れないのか?」


 オーシャンドラゴンとか言うし、このおかしな釣り竿は魔物専用なのかと思って聞いてみたのだが、スキンヘッドのいかつい顔が目を点にしたので、慌てて説明を付け足した。


「いや、釣りをしてた記憶があるような気がして、とりあえず糸を垂らしてみたんだけど、全然思い出せないんだ」


「そうか……。釣りしてる姿はサマになってるから、釣りスキルはそのままで記憶だけがないのか……。あー、魚な? 魔魚は釣れる」


「マギョ」


「魔平魚なんかは味もよくて人気がある。うちでも高く買い取るぜ」


「魔魚って、食えるのか」


「ああ。魔力も回復できるし、高級魚だな」


「もしかして魚って魔魚しかいないのか?」


「普通の魚もいるぞ。釣り竿でも釣り晶を餌だと勘違いした魚が釣れることはある。けどな、普通の魚が獲りたいなら目指すのは――――漁師だぜ?」


 ――――なるほど、そうきたか。


 まったくもってその通りで、俺は思わず熱くなった顔でそっぽを向いた。





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