釣り師、テントを開く


「――――すご…………」


「すごかった! 魔物除け建物結界を解封するところ初めて見た! そうそう。この巻物スクロールは何度も使えるから、移動する時は巻物に戻すの忘れないようにな」


「へぇ、使い切りじゃないのか。わかった。忘れないようにする」


「うん。高いって聞くから」


 土地の権利書みたいなものってことだよな。そりゃ高いだろう。

 土台は、周りが石でできていて、上側が粘土のような物でコーティングされている。角に建っていたポストみたいなものに触れると、半透明のスクリーンが開いた。


 所有者:コータス・ハリエウス

 土地:レイザンブール領 レイザン港

 税:0

 土地結界:正規

 建物名称:コータス・ハリエウスの家[非公開]


「――――建物名称……非公開……?」


「ああ、それね、非公開にしておくと、誰の家なのか知られないんだよ」


 それは防犯にいいな。女性の一人暮らしだったら名前とか知られない方がいい。


「店とかは公開になってるんだ。だから誰でも入れるってわけ。非公開だと、所有者以外の人は許可しないと入れないから。お客さんが来たらその門標もんぴょうに触れながら許可するんだよ。いっしょに住む人は家族設定すれば普通に入れるようになるし」


「家族か……」


 結婚とか、してみたい人生だった……。

 日本でのことを思い出して遠い目になると、リュイデは慌てて手を振った。


「あっあっ、でも、動物飼うなら家族設定しないと弾かれちゃうからさ。動物も家族だから!」


 家族という言葉で、俺が辛いことを思い出したと思ったようだ。なんかすまん……。

 でも優しいいい子だな。大きくなったらきっとモテるぞ。


 家族以外にも友人という設定もあり、建物には入れないが敷地内には自由に入れるというので、リュイデを友人設定した。


「よし、テントを張るか」


「――――張る……? テントを張るって……?」


 魔法鞄に手を突っ込みテントと思いながら出したのは、厚地の布のロールだった。


「ん? テントって張るって言わないのか? 立てるって言う?」


「……あー……、遊牧民とかが使っているテントは、支柱を立てるから立てるだね。でもそれ、魔テントじゃないの?」


 魔テント――――。

 魔道具的なヤツか?!


「魔テントなら開くっていうかなぁ。テントは開いたら立つから」


「……なるほど……? で、これはどうやって開くんだ?」


「魔粒を入れる場所があるでしょ? そこに魔粒を入れて、となりの水晶に魔力をちょっと込めれば開くはずだよ」


 ガラスの入れ物には、緑と黄色の魔粒が入っているのが見えていた。

 魔力を込める――――朝[洗浄]を使った時のように、ちょっと気合を入れて握りしめる。すると、テントのロールがポンと浮き上がりふわりと空に開いた。


「おおおおおおおお」


 驚きと感動で固まる俺の横で、リュイデがゲラゲラと笑っている。


「びっくりしすぎだよ!」


 こちとら中身は日本のおっさんなんでね! テントが勝手に開いて立つなんて思わないんだよ!


 開かれたテントは、ふわりと降りてきて土台の奥側へ収まった。

 すごいな。異世界ってやつは、マジですごい。

 テントの入り口にはキャノピー(大きなひさし)があって、この下にテーブルを出せば4人くらいでも食事ができそうだった。


 リュイデを今回敷地内にいる間は中に入れるゲストという設定にし、二人で中に入った。

 中はツールームテントといえばまぁそうだが、俺の知っているものとは全く違う。

 入ってすぐに水回りの部屋があって、右手に洗面台があり、左手には個室のトイレと脱衣所付きのシャワーブースがあるのだ。

 テントに水回りが付いてるとか、完全に俺の想像できる範囲を超えていた。

 もう、これ、家だよな?! 家って言っていいだろ! 魔テント、マジすごいな?!

 俺が驚きを通り越して呆然としていると、リュイデも「うぉぉ……」と声を上げている。


「……これ、すごくいいテントだ」


「そ、そうなのか……? 普通のテントはこんなんじゃないんだな?」


「うん。普通はトイレ用とシャワー用と別にテントを立てるんだけど、これ全部一つのテントに入ってる。高価なテントだよ」


 トイレ用とシャワー用のテントってなんだ……。

 驚きポイントがリュイデとは微妙に違ったが、とにかくこれがすごいテントというのは間違ってないようだ。

 トイレやシャワーの使い方を教えてもらって、テントを堪能した。

 ふと気づくと、外の空がオレンジ色へ変わっていた。


 異世界でも、日暮れ時には空が赤くなっていくんだな――――。


 乗合馬車の乗り場までリュイデを送っていった。

 二人で日が暮れていく港を歩く。


「コータ、また遊びに来ていい?」


「ああ、もちろん」


「明日でもいい?」


「ああ。来てくれたら、うれしいぞ」


「泊まっていってもいい?」


「父ちゃん母ちゃんがいいって言ったらな」


 満面の笑みを浮かべてリュイデは手を振り、馬車へ乗り込んだ。

 走り去った馬車が見えなくなるまで俺はそこで見送った。




 こうして、俺の異世界ソロキャンプ生活が始まった。





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