釣り師、海へ


 公園のベンチに座って、俺たちは追加で買った黒パンとソーセージを食べた。どっちもシンプルな味だけど、なかなか美味い。

 食後には果実水という飲み物。ほんのりと苺のような香りがする。コーヒーが飲みたいところだが、これもさっぱりしていいな。


 食べ終えてひと息つき、俺は今後のことを考えた。

 まずは寝床の確保か。釣りができる場所でテントが張れるとこなんかがあれば最高なんだが――――。


「リュイ。俺、釣りのスキルがあるんだけど、この辺りだとどこで釣りできるんだ?」


「釣り? 釣りスキルって珍しいね。って、釣りは覚えてるんだ? 記憶ソーシツってどういうふうになってるんだろ……。釣りのことはよくわかんないけど、町の南側は港だよ」


「海か!」


 安全な町の中で釣りができるってことだな!


「わかった、ありがとう。南を目指してみるわ」


「え、待って! 歩きは大変だよ! かなり遠いからさ。馬車乗って行くといいよ」


「馬車?」


「馬車はわからないんだ……。僕も港までいっしょに行くよ。コータ放っておけないもんな」


 自分の子どもみたいな年の子にドヤ顔されたけど、仕方ない。俺、こっちでは生まれたてみたいなもんだもんよ。


 乗合馬車の乗り場へ行き、しばらくしてやってきた馬車へ乗った。王都の南北を往復している馬車らしい。

 乗り込む時に御者の人にお金を渡す。一乗車500レトだった。もちろん俺が二人分払った。リュイデはずいぶん遠慮していたけど。


 小型のバスに似た馬車の中、二人掛けの席に並んで座った。

 ここが魔法ギルドでもう少し下ると冒険者ギルドがあるよ。というリュイデの街案内を聞きながら、大きなガラス窓の外を眺めた。


 すると、突然ラッパのような音が聞こえた。遠くからだんだんと近づいてくる。

 パッパラッパ~……パッパラッパ~……。

 馬車はそれとともに減速しながら道の端へと寄った。


「あ、コータはわからないか。これね、国軍が通る先触れ音だから。これが鳴ったら国軍の騎馬隊が通るから、道を空けないといけないんだ」


 馬車だけではなく、歩いていた人たちもなるべく建物側へ寄っているのが見えた。


「たまに耳の悪い人とか飛び出る子どもとかいるから、これが聞こえたら周りも見てやってほしいんだよ。先触れ音があった時に道に出て国軍の馬に蹴り飛ばされても、文句言えないことになってるからさ」


「そうなのか」


「うん、この音は第二種音だからそんなに早くは来ないけど。第一種音だともっと焦るような音で、すごい勢いで来るよ。怖いよ」


 リュイデはぶるっと震えた。

 馬車の向こうを、騎兵がラッパを吹きながら単騎で駆けていった。

 その数瞬後、叩きつける雨のような音がだんだんと大きくなってくる。整列した騎馬隊が長い列を作って通り過ぎていくのを、俺たちは待った。

 やがて遠ざかり小さくなっていく音を聞きながら、リュイデは長く息を吐きだした。


「リュイ、だいじょうぶか?」


「うん……前はたまに見れるととうれしかったのにな……」


 ぽつりとこぼれた言葉に胸が痛む。この国を襲った災害で、辛く怖い思いをしたのだろう。

 思わず頭を撫でると、リュイデは照れくさそうに笑った。


「もうそんな子どもじゃないんだからな。コータの方が辛い目にあったくせにさ」


「俺は全然覚えてないからなぁ」


 お返しとばかりに頭を撫で返される。12歳に頭を撫でられてしまったぞ。まぁ、リュイデが満足そうだからいいか。

 馬車は何事もなかったかのように、また南の港の方へと進みだした。






 馬車から降り立つと道の先には港が広がっていた。

 ――――デカイなぁ?!

 船を係留する岸壁も広いけど、倉庫群っぽいのも広いし、ひときわ目立つ焦げ茶色のレンガ造りの建物は、ヨーロッパの高級ホテルのように立派だ。

 町の規模からして田舎の漁港程度とは思っていなかったが、こんな立派だとも思わなかった。


「――――いつもならもっと賑わってるんだけどさ。外国に行く大きな船が泊ってたり、漁船がいたり」


「そうなんだな……」


 広い港はがらんとして、船は一せきも一そうもなく、人っ子一人いなかった。

 港から海岸沿いに少し歩くと、砂浜と岩場へと変わった。

 波打ち際から離れたこのあたりならテントを張ってもいいかもしれない。


「そういえば、管理局でなんか言われたような……そうだ、結界がどうこうってお姉さん言ってたよな? あれ、何?」


「ああ、魔物除け建物結界だよね。持ってる?」


 ちょっと待ってと答えて魔法鞄の中に手を入れると、『スクロール〔魔物除け建物結界・特小〕×1』という文字が半透明のスクリーンに浮かび上がった。


「あった」


 手を引き出すと、忍者が使いそうな巻物があった。


「……これが結界?」


「コータにそう読めたならそうだよ。巻物は[解巻物マリリースクロール]って言って、使うんだ」


「ま、[解巻物マリリースクロール]……」


 巻物が光を放った。

 それと同時に、前方の地面へ光の魔法陣が浮かび上がる。

 文字の書かれた魔法陣は十畳間よりも大きい空間を囲うと、消えていった。

 ポカンと見ている間に、俺たちが立っている前には、平らな土台が残されていた。





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