釣り師、街へ


「――――記憶ソーシツなんだって……?」


 隣を歩いていた同じくらいの背の少年は、いたわるような表情を浮かべた。

 ゼランニウムさんよりも濃い青緑色の髪が、さらさらと揺れている。すっと通った鼻筋、姉とよく似た大きな薄茶色の目。同じ年って言ってたから12歳なんだろうけど、落ち着きがある。この子もなかなかの美少年だ。


「ああ。全然覚えてないんだ。――――俺が変なことしたら言ってくれよな?」


「うん。ちゃんと教えるよ」


 大真面目にうなずかれ、俺はクスリと笑った。かわいいもんだ。

 兄ちゃん姉ちゃんの子もかわいいもんなー。この子よりずっと小っちゃいけど、おいちゃんおいちゃんってくっついてきてさ。甥っ子姪っ子は本当にかわいい。

 12歳の子相手に、気分はすっかり親戚のおじさんだ。


「――――この町はずいぶん栄えてるんだな」


 目に入る街並みは都会的だった。道は石畳で舗装されており、石造りの建物と漆喰壁のような建物が立ち並んでいる。まるでテレビなどで見るヨーロッパの景色のようだった。

 ただ、等間隔で植えられた街路樹が、ところどころ折れているのが目についた。


「う……覚えてないなら仕方ないけどさ、ここ王都だよ。もちろん栄えてるに決まってるよ。王都レイザンって国で一番の町なんだからな」


「へぇ~、すごいとこなんだな? レイザンって国なのか?」


 そう聞くと、大きな目をさらに大きくしてリュイデは信じられないという顔をした。


「国の名はレイザンブールだよ!」


 この国はレイザンブール王国というらしい。レイザンブール国王の治める王領の中、王城があるこの町は王都レイザンだそうだ。


「記憶ソーシツって、本当に全部忘れちゃうんだな……。この王都はすごいんだ。この前の魔素大暴風でもほとんど壊れなかったんだよ。町をぐるっとする城壁があるから魔獣も入ってこないし――――コータスも、大変だったんだろ……?」


 俺は何も聞いていないし見ていない。

 だが、死にかけた時に着ていた、切り裂かれおびただしい量の血が付いた服が物語っていた。


「もう町の外に出ちゃだめだよ」


「……そうだな、わかった」


 外に出ないで暮らせるものなのかどうかわからない。が、まだこの世界がよくわからないし、とりあえず安全なところにいようという気持ちはある。

 俺の返事に満足したのか、リュイデはニコリと笑った。


 他愛のない話をしながら歩く。

 彼は領立学園の三年生なんだそうだ。魔素大暴風後は臨時休校で、学生たちはみんな家や町のために働いているらしい。なんて偉いんだ、子どもたち。リュイデも実家の小さな治癒院を手伝っているって。


「――それじゃ、今日つきあわせて悪かったな」


「いや、だいじょうぶだよ。もう怪我人も少なくなったし、記憶がないコータスの方が大変だって。なぁ、コータでいいよな? 僕のこともリュイって呼んでいいし」


「おう、いいぞ」


 しばらく歩くと『レイザン管理局』という看板を掲げた、大きな石造りの建物へ辿り着いた。中は混雑していたけど、待つことはなかった。

 窓口の若いお嬢さんに促されるままに、身分証明具をカウンター上の水晶にあてる。情報晶というらしい。ピカッと光り本人確認が済んだ。

 占い師の水晶みたいなファンタジーアイテムを使っているのに、なかなかのデータ社会のようだ。


 両親の死亡届が出ているので、銀行にあった遺産は自動的に俺の銀行口座へ移されているということだった。

 そして孤児としてサポートが受けられるという説明を聞いた。住むところや仕事を斡旋あっせんしてくれるらしい。

 突然言われても何も考えてないんだがなぁ……。仕事って、どんな仕事があるのかもわからない。

 お金があるなら少しようすを見てから、身の振り方を考えようと思うんだが……。


「――テントがあるからしばらくテント暮らししようなと思うんだけど」


 キャンプしながら釣りすることも多かったしな。正直、気がラク。


「そういう方も多いですよ。町ではハレニアノキ公園をテント用に開放しています。盗難などの揉めごとを避けるために、魔物除け建物結界があればしっかり使ってくださいね」


 結界……? なんのことだかよくわからないけど、とりあえずうなずいておく。あとでリュイデに聞こう。


 ちょうど昼も過ぎ、管理局を後にした俺たちは公園の屋台へ向かった。

 リュイデのおすすめは串焼きだそうだ。牛・豚・鶏の他に、一角兎ホーンラビット巨大蛇ジャイアントスネークなんてのぼりも立っている。


「なぁリュイ……巨大蛇ジャイアントスネークなんて食ってだいじょうぶなのか……?」


「ああ、うん。やつら牛は丸呑みするけど人系種族は食べないって、ステラが言ってた。それなら安心して食べれるよね」


「ステラ?」


「う、うん。学校のクラスメイトなんだ。同じ年だけどもう冒険者なんだよ。すごいんだ」


 そう言う顔が赤い。ふーん、女の子の友達なんだな。

 ニヤニヤしていると、リュイデはごまかすように屋台の方を見た。


巨大蛇ジャイアントスネークいいよなー。やわらかくて美味いし魔素がたっぷりで回復効果もあるしさ。あー、話してたら食べたくなってきた。魔獣肉は高くてなかなか食べられないんだけどさ、今は魔素大暴風でたくさん討伐されたから安くなってるんだよ」


 巨大蛇、美味いのか……。

 確かに蛇は鶏肉っぽくて美味いって聞くけど……マジか。

 リュイデの話からすると高級食材っぽい。一本六百レトとある。

 豚が二百レト、牛が三百レトと書いてあるから、安くなっていても倍の値段ってことだな。


 この国のお金の単位はレト。

 一レトで一貝貨、十レトで一鉄貨、百レトで一銅貨、千レトで一銀貨、一万レトで一金貨、十万レトで一緑金貨、百万レトで一青金貨だと、リュイデが教えてくれた。


 ――――よし。食わず嫌いはいけない。こっちで生きていく以上、越えねばならん試練だ――――!

 二本で千二百レト。銀貨一枚と銅貨二枚だな……。

 俺は決死の覚悟で巨大蛇ジャイアントスネークの串焼きを二本買い、一本をリュイデに渡した。

 遠慮するなって。今日つきあってくれたお礼だし、一人で食う勇気ないから!


 結構な大きさで食べ応えありそうだ。見た目は焼き鳥のささみのようで、皮は取ってあり、いやらしい蛇模様は見えない。脂ものって焼き目がちょっと焦げているところがなかなか美味そう。

 うれしそうにかぶりつくリュイデを見てから、俺も恐る恐る口をつけた。


 ん――――……なんだこれ、美味いぞ?!


 鶏肉というか白身の魚にも似たプリっとした食感。効かせた塩と脂がカリッとしている。淡泊といえば淡泊な味だけど脂は甘いし、薬味のような香草のような香りもする。

 あー、これは美味いわー……。酒欲しいなぁ……。


「蛇とか兎は熟成なしで美味いから、冒険者にも人気らしいよ。道中に狩って食べれるんだって」


 ほう……。俺、アウトドアも馴染みあるから、冒険者って道もいいかもしれない。


「冒険者か。ちょっとやってみるかな」


「え!! さっき、町から出ないって言ってたよね?!」


 リュイデが白目でこっちを向いた。

 あ、そうだった、忘れてた。すまん。





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