釣り師、退院する
次の日、早々に退院が決まった。死にかけた三日後に退院ってヤバイ。記憶がなくなってなければ昨日退院できたって。
ゼランニウムさんに教わりながら、魔法で身支度を整える。
「口の中は[
――――嗚呼、年若いお嬢さんに子どものように扱われることの恥ずかしさよ。
や、でもそんなこと言ってられないからな。魔法、覚えないと。
不思議リュックの中に入っていた魔法書〈初級〉は、生活魔法と言われる便利魔法が載っているらしい。
開くと魔法の情報が書いてあった。
必要スキル値:魔法15
|【清浄】[アクリーン]
|対象を清浄にする。生物可・無生物可。
|(対象例:両手の場合)
|魔量:10 魔粒:火1、水2、風3
「この必要スキル値というのは、魔法がほとんど成功する数値になりますよ。失敗しても魔粒が減るだけですし、この魔法はスキル0でも使うことができますからね。魔粒は持ってますか?」
「ああ、リュックに入ってたよ」
「魔法鞄が共用の契約になっていてよかったですね。ここに書いてある分の魔粒を使いますからね。手に持って、口の中に意識を向けて『[
「[
魔粒の入った巾着袋を適当に握って唱えると、すっと涼しい風が口の中が抜けていった。
魔法だ…………。
元社畜でも本当に使えるんだな…………。
で、この不思議リュックは“魔法鞄”というらしい。
髪も整えてくださいねとゼランニウムさんに言われ、洗面台の鏡を見てぎょっとした。
――――なんかすげぇ美少年だぞ――――?!
紺色の髪は寝起きではねてたけどツヤツヤのサラサラだし、目はちょっとツリ目気味で瞳は飴色だ。光のあたり具合でほんのり赤い紅茶のような色にも見える。鼻高い! まつ毛長い!
これ、俺なの?! マジで?!
ああああ…………かわいそうだ……。こんなに若くて男前なのになぁ……。
悲しいやら困るやらどんな顔をすればいいのかわからなくなって、鏡の中の少年がスン……と表情をなくした。
――――なるべく……なるべく傷を残さないように怪我させないようにしよう……。
俺は改めて体を大事にすることを心に誓った。
リュックから服を取り出し、病院の寝間着から着替える。替えの服があってよかった。元々着ていた服と防具は、もう着れたもんじゃなかったから処分してもらったんだよな。
服をもう少し買った方がいいかもしれない。防具も場合によっては買わなきゃならないだろうな。
退院の準備を整え、ゼランニウムさんについて治癒院の出入り口に向かって歩いていると、ここが大きな施設だということがわかった。他の部屋には患者がいる気配もある。廊下を治癒師や治癒補師らしき白衣の人たちが
「ずいぶん大きいところだな」
俺がきょろきょろしていると、案内してくれているゼランニウムさんが教えてくれた。
「ここは国軍施設の治癒院なんですよ」
「国軍?」
「ええ、そうです。国に属する兵士たちのための治癒院になります。ですが、街中にあり他の人たちにも門戸は開かれておりますからね」
俺を助けて治癒院に連れてきてくれたのは、国軍の兵士だと初めて知らされた。
その人は血まみれの俺を担いでここへ連れてきたのだそうだ。そして近くで亡くなっていた両親の死亡を国に知らせるために、そのまま管理局へ向かうと告げたという。
亡くなった人の身分証明具を町の管理局へ持って行けば、死亡届として扱われるらしい。
この腕についている身分証明具、スキルや能力を数値化するってことは生体データと連動しているのだろう。だから、持ち主が死亡したというのも水晶を見ればわかるのだろうな……。
その兵士にお礼を言いたかったが、それは叶わないと言われた。
国軍の兵士が助けるのは当たり前のことで、毎日たくさんの人たちを助けているから、いちいち礼を受けていたら仕事にならないと。まぁ、そうなのかもしれないな。
「――――そうだ。治療のお代ってどうしたらいいんだ?」
「……孤児であればお金はかかりませんよ。請求は銀行へいきますが、ちゃんと孤児の届けをしたなら、引き落とされることはないですからね。ここを出たらすぐに管理局へ行ってくださいね?」
お金がかからないのは申し訳ないけど、すごくありがたい。
とにかく、ここを出たらまずは役所――管理局って所だな。
遺産があればその受け取りだとか、孤児になると受けられるサポートだとかの手続きがあるらしい。
管理局までちゃんと行けるだろうかと思っていると、出入り口のところで待っていた一人の少年を紹介された。
「コータスさん、この子は私の弟のリュイデです。そこそこしっかりしてますから、わからないことはなんでも聞いてくださいね。――リュイデ、説明した通りですよ。よろしくお願いしますね」
そう言うと優しい手が、俺と少年の頭を順番に撫でた。
「ゼランニウムさん、いろいろありがとう。あの赤髪の治癒師さんにもよろしく」
お世話になったお礼をして、手を振る。ゼランニウムさんも笑顔で手を振った。
そして相変わらずぺっちゃんこの不思議リュックを背負い直して、前を向く。
これからはこの謎過ぎる異国で、一人で暮らしていくんだ。
見上げた先には、立派で賑やかな石造りの街並みと青い空が広がっていた。
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