-2話 彼の知らない生前の記憶

 追っ手を振り払った一人の青年は、黙々と下水道を歩いていた。


 革命軍に入り六年。恩人を奪われ、孤児院を燃やされた少年も充分青年といえる年齢になっていた。


 青年は、まだ二十代にもなっていないが、頬には深いしわが刻まれている。鋭い瞳も相まって見た目よりもかなり年上な印象を受ける。


 だが、顔に出ている苦労の色は、過酷な日々の一割にも満たない。


 六年の中で、負った傷や殺した人間など数えることなどできない。死にかけた回数すらも両手の数をあっさりと超えている。  


 革命軍は常に危険と隣りあわせ。それでも、青年が日常で送る死のリスクは、他の人間を超えているといっても過言ではなかった。

 

 彼でなければ達成が困難な任務の連続。要人の暗殺や重要施設の破壊。今回もその一つ。暗殺の帰路である。


 けれど、成功はしたものの内容はお粗末だったとしかえない。もっとも不手際があったの実行した青年――ではない。

 

 下見から伝えられていた情報が事前と違っていた。陽動は時間よりもずっと早くに見破られ、頼んだハッキングも失敗し、警報が鳴った。


 元々困難だった作戦に次々と増える新たな障害。古参だった彼が参加していなければ、暗殺の達成はできなかっただろう。 

 

 とはいえ、恨み辛みはない。任務は成功。無事ではないが、自分も生還した。


 下見のほうと陽動は入ってきたばかりの人間の実力不足。ハッキングのほうは、信頼している人物に任せたが最新鋭のセキュリティにこちらの古いマシンでは、処理速度に追いつけなかったことが原因だった。


 革命軍などといっているが人材。資金。食料。装備。設備。情報。足りないものを挙げれば数多く、予想外など常に起こりうる。


(……足りないながら、やるしかないか……)

  

 下水道から地上へ出る。革命軍の拠点にまでつくと、ようやく安全を確保できた。 

 

 青年は一息をつき、ベストから、注射器をとりだす。

 骨は何本も折れ、出血のせいで、血も多く失っている。鎮痛剤で痛みをごまかしているが、そろそろ限界だった。


 中の液体はどろりとしたジェルに近く、先端にはいくつもの突起の穴がある。


 一本だけでも、貧困者の一生稼ぐ賃金に値する貴重品。政府の施設から奪ったものばかりだが、入手は困難。


(だいぶ数が減っているんだが……)


 とはいえ、負っている傷と次回の任務までの時間を考えると悪戯に保管しておくわけにもいかないだろう。


 黒髪の青年は、腕につけると上部のボタンを押しこむ。

 ぷしゅーという炭酸が抜けるような音がした。そして中の液体が腕の中へ注入されていく。


「……ぐっ」


 小さなうめき声。


 ぶくぶくと泡が立つ音とともに傷がみるみるうちに治っていく。一見すると傷口に消毒液を拭きかけたようだが、実際の効果は、そんな効果を軽々と超えている。

 

 ナノマシン。マイクロよりもさらに極小であり、人間では、視認できないほどの極小の塊。

 体内に入ると何千もの機械が、細胞を修復し作り出す。流れ出た血液もだ。

 

 治療の効果は絶大で致命傷ですら、覆すが、ナノマシンにも欠点がある。

 機械の力はあるが本来、時間をかけて行う細胞の修復を短時間で行うのだ。通常よりも数倍のカロリーを消費し、怪我に比例し、回復したときの疲労は増す。


 骨折は三箇所。傷はいたるところにあったが、すべて止血ずみだ。

 しかし、かさぶたすらも健康的な皮膚に覆われていく。


(……治療するのは、活動に支障が出ない最低限の範囲でいいんだがな)


 万能な治療器具ナノマシンにも欠点はある。


 止血ジェルで一応の傷を塞いだ箇所ですら、宿主の意志とは関係なく、強制的に完治される。融通がきかないところは、よくも悪くも機械というところだろう。

 値段も馬鹿にならない。一本だけで、貧困者が働く一生分の金額だ。奪った備蓄も残り少ない。

 けれど、温存したせいで死んでしまえば目的をはたせない。


 エリックが拠点に戻ってきたのは、多少の休憩もあったが、本当の目的は、装備を補充するためだった。

 弾丸。爆薬。ナノマシン。予備がないものはしかたがない。別の何かで代用するか敵から奪うかすればいい。

 

 青年は装備を調えると、備品庫から出る。

「おっ。久々にあったな」


 自分とさほど年齢の変わらない金髪の青年が、気さくに声をかけてきたのは、そのときだった。


「どうも。他のグループとの会合は成功したのですかリーダー」

「おいおい、お前にそんな丁寧に喋られたらなんだかむず痒いつーの。昔みたいに戻してくれや」

「……あんたが、望むなら、そうさせてもらう」


 周囲に人気はなく、誰かがくれば足音で気づける。

 ならと黒髪の青年は、革命軍のリーダーの要求通りに口調を戻した。


「っで、さっきいったことの質問の答えがまだだぞ」

「会合のほうは、もちろん上手くいったぜ。今後の情報交換と不足している装備を余りがあるところから補充してもらうってな」


 交渉や他の抵抗勢力と組むことで、革命軍は増強され、勢力はさらに広がる。


「けど、リーダーなんてやめてくれよ。成り行きでなった立場だしな」


 照れ笑いを浮かべた金髪の青年。彼が現在リーダーを努めている理由は、革命軍では一番の古参だから――だけではない。

  

「お前がリーダーになってから、グループの規模は過去最大になるまで拡大している。自信あるなしはともかく、実績は伴っていると思うが」


 理想を語り、夢をもち、前に進む。出会ってから六年経っても、金髪の青年の目的は一貫していた。そんな彼に惹かれる人物は多く周囲にもたらした影響力は、自身が思っているよりもずっと広い。集団を率いるリーダーとしての素質をたしかに彼は有していた。


「……影響力か」


 だが、その事実を伝えると、彼は笑みから一転して、沈んだ表情を浮かべた。


「たまに思うんだよ。俺の言葉で、入ってきたがやつらどんどん死んでいく。それは、だましていることと同じなんじゃないかってな」

 

 よい意味でいえば、同調させ、悪くいえば洗脳していく。他人を惹きつける才能。たしかにいっていることには一理あるかもしれない。


「リーダー。あんたは世界を変えようと本気で思っている。それは間違えないことだろ」

「そりゃあな。っつても……」

「だったら、これまでと同じだ。理念通りに行動し続ければいい 」


 目的のために犠牲は必要になる。屍を踏み越えないと革命は成功しない。流れた血や死者のことを考えても何も解決はしないのだ。そんなこと革命軍のリーダーが知らないわけがない。


「……最近俺、前線に立ってないだろ。なんだか、何もしないで、安全地帯にいるみたいじゃねえか」


 だが、本人はなおも納得はしておらず、視線を下に落とす。 

 いくら犠牲が日常的なこととはいえ、金髪の青年の性格では、それを受け入れることはできないのだろう。時折会って愚痴をこぼすのは、日ごろ周囲へ弱音をだと思われないためか。



「あんたは他の後方よりも多すぎるくらい前線に立っていた。いまだって、任務には参加してるだろ」

「めったにねえよ。もう少しくらい数を増やしたって俺は全然平気なんだぜ?」

「いっておくが、危険な任務には、必要じゃないかぎり参加させないからな」

 

 自分よりも他人のことを優先する。彼らしいと彼らしいが、責任ある立場についた以上、おいそれと前線には出張ってほしくない。


「お前なんて、毎回毎回危ない任務ばっかりだろ。見てて心配するぜ」

「あんたのように人を惹きつける才能はない。僕は自分が向いていることをしているだけだ」

 演説、交渉や円滑な会話。どれも黒髪の青年が不得手とすることだ。

 表情は乏しく、出る声は冷淡。相手の心情を打算的でしか考えないから、響かせるようことはできない。


 黒髪の青年の目的は、入ったときから一貫している。冷徹で淡々とした殺しや拷問の技術の腕を磨くが、コミュニケーション能力の向上には興味がなかった。


「そうかー? 俺はお前も結構人を惹きつけるタイプだと思うけどなー。ほら、オペレーター連中からは、評判がいいんだぜ。毎回任務を成功させて帰還してるってな」

「オペレータの反応はいちいち覚えてはいない」

「あと、俺とか。なんだかんで、長い付きあいだしよ。同期なんて、全員死んだか運よくても怪我で離脱してるしな」


 金髪の青年は他人への好意を素直に伝える。彼が人を惹くのは、こういった部分に寄るところが多いのではないだろうか。


 任務から帰還すると彼と会話をすることは、時折ある。

 正直なところ、黒髪の青年は、この時間帯がそこまで嫌ではなかった。


 組織のトップと会話をすることで、革命軍の現状を知ることにも繋がる。

 とはいえ、悠長に雑談している暇などないのだが。


 黒髪の青年のデバイスが鳴り、表示された画面に目をやる。


「新しい情報か?」

「第七偵察班からだ。半日後のごく短時間だけ侵入が可能となる。逃す手はない」

「代わりのやつが頼めねえのか? 何日も休んでねえんだろ」

「元々ゆっくり休むつもりはなかった。安全に治療をするためと装備の補充に少し寄っただけだ」 


 安全地帯にいたおかげか、警戒も最小限にできた。黒髪の青年は、自分の体力があるていど戻ったことを確認し、再び過酷な任務につこうとする。

 

 その足を止めることは誰にもできない。


「そっか」

 

 けれど、横切ろうとすると軽く肩を叩かれる。


「いってこいよ。エース」


 にやりとした笑み。まるで往年の友人にたいするような態度。


「ああ」


 返事は最小限。けれど、無愛想な声もどこか柔らかい。


 やるべきことは変わらない。黒髪の青年は再び闇へと潜っていく。

 目的は、復讐のため。少なくともそれ以外の感情があるかもしれないことに、彼は気づかないままで。





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『デッドコピー』革命軍のリーダーだった男が異世界を救う物語 原 マコト @makoto0710

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