35.5話 腐った王と暗躍するもの

 ルイス王国の首都――ユーリッド。


 初代国王の名前がつけられ、建国当初から存在する王城。だが、人の気配はなく、廃墟のように静まりかえっている。

 二、三年前までは、メイドや執事、他にも多くの人間が出入りしていたが、少しずつ人の出入りは減っていった。ここ数ヶ月では、他国からの来客すら拒み、城内には護衛すら配置されていない。


 だが、まったくの無人でもなかった。


「エスパード国王」

 

 がらんどうとした広間の中心で跪いている小太りの男。上等な服と指にはいくつもの大きな宝石をつけている。だからだろう。頬にできたいくつもの傷と片方の眼を覆う布に奇妙な印象を受ける。


 彼が声をかけたのは、玉座に腰かけた五十代手前の男性だった。

 ルイス王国六代目国王――エスパード・ルイス六世。

 細身の体を覆うのは、体格にあっていない大きな服。頬は生気がないように青白く、かつては力強かった金色の瞳もいまは焦点が定まらず虚ろいでいる。


 広間には、不気味な空気が漂っていた。入ったものは、思わぬ悪寒を感じずにはいられないような。凍えるような冷たさに満ちている。

    

「様々な増税。帝国に敗れた近隣諸国から流れてきた移民たちの受け入れ先。直接的ではないにせよ、市民や商人からは不満が募っています。こうした現状におけるご意見を僭越せんえつながら」


 跪いたままの男にたいし、玉座からは、しばらくの沈黙が続く。

 そのあとで、エスパードは水分がまったくといっていいほどない唇を動かした。


「……すべてお前たちの好きにすればよい」

「よろしいので? このままでは、反乱さえ起こりかねませんが」

「……構わぬ。国にあだなす逆賊がいれば、兵士や騎士を使い、制圧せよ。抵抗するなら殺せばよい」


 エスパードは無感情で無表情。声にも抑揚がなく、淡々と口を動かす。


 彼は元々圧政とは無縁であり、臣民に愛され、国の発展に尽力していた

 

 けれど、数年前の国王は、もうどこにもいない。跪いた男の報告を前にして、微動だにしない。


「それとご子息であるロズウェルト王子が、逃亡したことについて。第五部隊の副隊長の消息が掴めないことから、発見したが抵抗され敗れた線が濃厚かと」

「……ロズウェルト」


 それは、彼の一人息子の名前を聞いても同様だった。


「ええ。あなたと同じ勇敢な意志を宿した素晴らしいかたです。そしてあなたに反抗の意志を示した国の敵」

「……」


 返事はない。いいや、わずかに金色の瞳が光ったような気がしたが、変化といえば、そんな些細なことだけ。


「それでどういたしましょうか」   

「…………人員を増やせ。…………必要なら、帝国との国境線にいる総隊長も使え」


 小太りの男がもう一度質問をするとエスパードの口がのろのろと動く。


「それでは帝国への警備が手薄になりますが?」

「………………生きてここにつれてくれば、それでよい」

「承知いたしました。すべては王のおっしゃるままに」

「…………つまらぬことで、時間をとらせるな」

 

 エスパードは玉座から立ち上がり、のろのろとした足どりで広間から出て行く。

 

 広間に残った小太りの男――


「とんだ茶番だな」


 だけではなかった。  


 声の発生源。玉座の後ろから出てきた人物の両手は、薄らとだが煙りのようなものが立ちこめている。


「はっ」


 彼は、吹き出したように笑った。まるで、おかしなことを我慢していたが、堪えきれなくなったような。


「ははっ。はははっ」

 

 口角がどんどん釣りあがり、ついには、口が大きく開いていく。 


「はははははっっ!」


 がらんどうの玉座で、男のどす黒い笑い声だけが、響いていった……。


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