35話 リリア・トリフィは知っている

「やっぱり、思った通りでした」


 リリアは、ため息をはく。けれど、怒っているというよりは、呆れたような表情を浮かべている。側には、旅をするための荷物が置かれていた。


(……俺が出ていくのに気づいたのか)


 だが、いつ? 不審な挙動はしていなかったし、荷物も手にしてはいなかった。 

 そう思っているとある可能性が、エリックの頭に浮かぶ。


「……ネラのスキルか」


 嘘をついた瞬間、見破られないように精神が乱れないようにしていたが、スキルの力が上回っていたのか、あるいは、やはりネラにだまされたのか。


「違いますよ?」


 しかし、リリアは小首を傾げ否定してきた。


「だったら、どうしてわかったんだ」

「えっと。エリック様なら、きっとわたしを置いて一人で出ていくんだろうなって。」   


 一部分だけを強調しながら、リリアはいう。

 スキルでもなんでもなかった。パターンを読んで、予測された。行動を先読みされた。つまりは、そういうことだ。   

 

(最初から信用されていなかったということか)

 

 いや、黙って出ていったり、嘘をついた時点で、信用されていなかったと思うのは、身勝手にもほどがある。いまの状況はエリックがリリアにたいする行動の積み重ねた結果だった。


「リリアに懐いている少女がいただろ。……クラだったけか。彼女が悲しむぞ」

「エリック様が寝ている間に説明はしておきました。彼女だって、わたしが本当の姉ではないことは幼いながらも最初から、理解していましたから」


 リリアは、寂しそうに微笑むと地面に置いていた荷物を掴む。


「じゃあ、行きましょうか、エリック様。って、いっても、わたし、どこへ向かうのか、ぜんぜん知らないんですけどね」

「……本当に俺と一緒にくるつもりか」

「はい。もちろん」   


 再度質問しても、リリアの答えは変わらない。

 一体なぜ、彼女がここまで自分と同行したがるのだろうか。


「払えるお金はないぞ。ほとんどネラに渡した」

「またそのお話ですか? わたしはお金なんていりません」

「今回のことで、ここが安全じゃないと思ったのか」

「絶対に安全な場所なんてありませんよ。今回のようなことが孤児院でまた起こるなんて、わたしは考えたくもありませんけど……」

 

 エリックは、様々な可能性を考え、たずねるが、リリアはすべて否定してくる。


 ウォルター家に義理や恩があるのだろうか。

 あるいは、元々のエリックに、彼女は、特別な感情を抱いていたのだろうか。    

 

 

 自分が、エリック・ウォルターではないと明かせば、彼女は諦めるだろうか。


「リリア。俺は――」


 エリック・ウォルターではない。


「エリック様」


 けれど、正体を伝えようとした直前、彼女の力強い声に遮られる。


「わたしは」


 そこで言葉が詰まり、リリアは、何もいわなくなる。

 

 だが、沈黙はわずかな間だけ。


 一度だけ深呼吸するとゆっくりと続きを紡いだ。


「わたしは、知っています。あなたが、エリック・ウォルターではないことを」


 エリックが寸前にいおうとしたことを彼女は、先に口にしたのだ。


 完全に虚をつかれたといってもいい。動揺を悟られまいとエリックはつとめながらも、内心では混乱を隠しきれずにいた。


(いつからだ……?)


 記憶喪失だという発言を信じていなかったのか。あるいは、似ているだけで、顔つきや肉体に本物との相違点があったのか。


 いや、もっと前――出会ったとき。エリック・ウォルターが死んでいたことをリリアが最初から知っていたのなら? 


 だが、その場合、疑問は解消するどころか益々深くなってしまう。 

 

「……なおさら、わからない。俺と一緒にいる利点がお前には何もない」


 当初明かさなかったのは、エリックのスキル。デッドコピーを道中の護衛に使うためだったと判断できる。 

 けれど、孤児院に到着し、お金を渡したことで、最低限の安全と衣食住は確保できたはずだ。


「簡単なことです」


 いくら考えてもわからなかった謎への解。


「いまのエリック様は、すぐに自分の体を危険にしますから。そのとき、わたしのスキルがきっと役立ちます」


 それは、自分ではなく、他人であるエリックを思った彼女らしい答えだった。

 

「……俺と一緒にいると危険な目にあう。命の保証はできないぞ」

「構いません。そのためにわたしはついていくんですから。もちろん、スキルを使うことがないほうがいいですけど」


 論理的にいえば、リリアのスキルは、重宝する。本人だって、同行したいといっているのだから、断る必要もない。


 けれど、自分が原因でリリアが死んでしまったとしたら?


(……ああ。そういうことか)


 エリックは、薄らとだが、リリアを遠ざけてようとした理由がわかりつつあった。

 自分は彼女に死ぬリスクを背負ってほしくなかった。孤児院で別れようとしたのは、そのほうが、安全だからだ。


 しかし、リリアは、孤児院に住むことよりもエリックと旅をすることを優先させた。彼女の意志は、強く、とどまるように意見を変える方法を思いつかない。


 説得は難しい。だったら、残る手段は、限られてくる。


(……手荒な真似はしたくないんだが)


 そこで、気づく。したくないと思ってしまった時点で、ほぼエリックの負けだということを。  

     

「……一つだけ、条件がある」

「条件ですか? あの、わたしにできることでしたら」


 渋るように出るエリックの声。もはや半ば観念している。最後の抵抗といってもよかった。


「呼びかたを変えてもらいたいだけだ」

「あっ。エリック様でないなら、本当のお名前があるんですよね。あの、教えてもらえますか?」

「……自分でも名前はわからない。記憶がないことは嘘じゃないからな」

「えっと、だったら、どう呼べばいいのでしょうか?」


 条件の意味がわかりづらいのだろう。リリアは、困惑したように小首を傾げる。

 

「様づけをやめてくれ」

「……はい?」

「途中で慣れるかと思ったが、どうにもむず痒い。エリックでいい」


 嘘ではなかった。敬語はともかく、様づけは違和感がいつまでもつきまとう。これからも同行するのなら、せめてこれくらいは妥協してもらいたい。


 リリアは、何度か瞬きをすると、固まっていた表情が途端に笑みへと変わる。小さくだが、吹き出すような。そんなくすくすとした笑いだった。


「口調は、お屋敷で働くようになってから自然と変わっていったんです。特に気にしてはいなかったんですけど……」


 リリアは他の人間にも同じようなしゃべりかたをしていた。様をつけないのは、まだ年端もいかないくらいの子供くらいだったか。


「わかりました。えっと、じゃあ……エリック。これで、いいですか?」


 エリックの名前を呼んだリリアの顔は赤らんでいた。呼び慣れないせいで、少し恥ずかしかったのかもしれない。


「ああ。問題ない。よろしく頼むリリア」

「はい。エリック。こちらこそ。よろしくお願いしますね」


 シュドレーでは、様々なことが起こり、多少の進展とエリックとリリアとの関係にも小さな変化があった。


「ところで、街から出て、どこへ行くんですか? お急ぎみたいでしたけど」

「まずは、ウェルと合流する」

「あっ。やっぱりそうなんですね。なんとなく、そう思っていました」

「ああ。いまの王を殺すためにな」

「えっ!? ま、また物騒なことをいいだしました。ま、まあ。エリックさ……ごほん、エリックならやりそうなことですが……」


 けれど、二人は、きたとき同じように街から出て行った。

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