34話 完璧な人間はどこにもいない
宿舎の外に出るとエリックは、いつもと違うことに気づいた。
見たことのない男女の姿が十名ほど。年齢は全員ではなかったが、ほとんどの人物が、武器を装備している。
「警備か」
「ふ、ふんっ。ま、また騎士たちがこないようにだ。オ、オレたちだって、いざってときには、子供を逃がすことくらいできるんだよ……」
エリックがぽつりと呟くとグズパドは、自慢するように鼻を鳴らす。
懸命な判断だ。追っ手がいつくるともかぎらない現在、いざというときに備え警備を導入すべきだ。
本当なら、子供たちを全員孤児院から避難させるほうがよい。しかし、そうしないのは、数十名もの子供を受け入れる場所がないからだろう。
それにウェルさえいないことがわかれば、追っ手も手荒なことをする理由がなくなる。騎士が全員ワーマワのように人を傷つける快楽主義者ではないはずだ。
グズパドの横暴な態度を先に見たからか、孤児院に起こったことを放置せず、人員を割いたことにエリックは意外に感じた。
街の外にいる孤児を保護している以上見捨てるのは、罪悪感でもあったのかもしれない。……そこまで考えたとき、エリックは、一つ疑問に覚えたことがあった。
「孤児たちはよく抜け道を作ってもらえる金があったな」
「は、はっ? あ、あいつらが金をも、もっているわけないだろ。タ、タダに決まってる」
やはりか。非合法の組織を作っており、誰が見ても屈折していると思われる性格をしているとはいえ、グズパドは悪人ではないのだろう。
「か、金なんて、もってるやつはたくさんもってるからな。そ、そいつらから、ふ、ふんだくればいい。子、子供はオ、オレ様をそ、尊敬するしな。う、うひひ……」
しかし、見た目といい喋りかたといい、グズパドからは、
「あ、あと、お、お前。ま、また口調が元に戻ってるぞ」
「すみません。今後は気をつけます」
「わ、わざとらしいから、やっぱり普通にしゃ、しゃべれ」
これである。苛立ちこそはしないが、エリックはグズパドとの会話が
庭には、子供たちの姿もちらほらと見かける。全員ではないが、怖がっているようにワイルドドックの人間を見ている。武器や人相が原因だろうか。
その中比較的エリックと年が近い子供とふと目があう。
「ひっ!」
そして、エリックを見ると化物でも見たように腰を抜かし、全力で逃げていった。
「……お、お前。ど、どれだけ、怖がられてるんだ」
ついでに、グズパドにも恐怖される。エリックはため息をはきながら、口を開く。
「詳しい経緯は、ネラから聞いたんだろ。必要なことだった」
「い、いろいろな武器を、つ、使うらしいな。え、英雄みたいなスキルじゃねえか」
「英雄? ただ殺すのに役立つスキルなだけだ」
拳銃や手榴弾など使用し、場合によっては死体を盾にする。戦いかたが冷酷なことはエリック本人も自覚している。目撃した人間が
仮に英雄という言葉が当てはまるとしたら、きっとウェルのほうだ。
木剣や剣を
グズパドはなぜか出口のある礼拝堂のほうではなく、食堂のほうへと向かう。
ついたのは、小さな地下室。狭く、少ないが、食料の
エリックは訝しげに眉をわずかにひそめる。地下室の存在は知っているが隠し通路はなかったはずだ。
「孤児院の中から街の外に出られるのか」
「ち、近いほうがいいだろうが。こ、こっちに設定したばかりだから、新しい地点を更新するのにじ、時間が、か、かかるんだよ」
グズパドの不機嫌な声。エリックは質問のつもりだったが、何かしらの反論だと思われたらしい。
(いいかたからすると抜け道は時間をかければどこでも作ることができるのか)
エリックとしては、孤児院以外のほうが都合がよかった。しかし、出入り口が既に決まっているのであれば、しかたがない。
グズパドが石の壁に手をつける。明確な変化はすぐに起こった。
壁に裂け目が走り、どんどん亀裂は増していく。しかし、石は崩れない。
(……破壊しているわけではないのか?)
グズパドのスキルが壁に干渉させているのだろう。壁に裂け目が走る現象は、リリアがリカバリーを使ったさい、手が光るのと同じだと思えば納得がいく。
ヒビの範囲は拡大していき、ついには、形が保てなくなったのか、ガラスを割ったような音が響く。
奇妙なことだが地下室の壁の先にあったのは、アーチ状の橋だった。正確には橋は長いためか形状は途中までしかわからない。
「ほ、ほら。は、早く行くぞ。ひ、開ける時間は、少ししかないんだからな」
「あ。は、はい。わかりました」
グズパドに急かされるとウェルは曖昧に首を縦に振る。
「エリック。君も早く――」
「いいや。俺は抜け道を使うつもりはない」
エリックは平然と返事をするとウェルは、悲しそうに顔を伏せる。
「……そうだね。見ず知らずの君にこれ以上助けを求めるのは、横暴かもしれない」
「ウェル?」
「ここでお別れのようだね。エリック。ありがとう。君が身をていして騎士たちに挑んでくれたことを僕はきっと忘れないよ」
別れを惜しみながらも受け入れようとするような発言。
おかげで、彼がすぐに勘違いしていることがわかった。
「抜け道を使わないだけだ。一緒に行動するつもりはある」
「じゃ、じゃあ。エリックは、僕に力を貸してくれるのかい……?」
「嘘はつかない。微力だが、協力させてくれ」
「あ、ああ。ありがとう……」
あまりにもあっさりと返答したからだろうか。ウェルの二回目のお礼も半ば困惑ぎみだ。
エクスにもいわれたことだが、ウェルと同行することは、世界を滅ぼす原因を見つける手がかりになるかもしれない。そのため最初から、別れることをエリックは考えていなかった。拒否をされたのなら、説得をするつもりでもあった。
なので、この場合、ウェルたちと同行しないのは、理由がある。
「俺は通行証をもっているから、普通に出るつもりだ」
「だから、合流場所を決めて、そこで落ちあう」
「オ、オレ様に指図するな。ちっ。ど、どのみち、お前は、店員オーバーだからな。と、特別に教えてやる」
そういうとグズパドはもっていたシュドレー近辺の地図に印をつけ、渡してくる。
エリックが視線をウェルに戻すと彼は快活に笑っていた。
「君のお父上の勇志は、僕の耳にも届いていた。息子である君が力になってくれればこれほど頼もしいことはないよ」
ウェルは、感謝のつもりでいったのだろう。だが、エリックは無言でいることしかできない。
父親を例に挙げられても困る。自分の体はエリック・ウォルターだが、決して本人ではないのだから。
それにあくまでも世界を救うという目的のためにエリックはウェルとの同行を決めたのだ。自分の利益のために他人を利用する。およそ褒められた行動ではない。
「ほ、ほら、早くしろ。は、話すなら、あとから話せ」
苛立ったようにグズパドは壁を蹴る。
「坊ちゃん。重量オーバーでしたら、私が残りますが」
「お、お前がいなかったら、だ、誰がオ、オレ様を守るんだよ。お、おい。王子様。お、置いてきぼりにされたくなかったら、さ、さっさとこい」
「わかりました。エリック。またすぐに再会できることを楽しみにしているよ」
グズパドに促され、ウェルたちが裂けた壁の奥へと進んでいく。
(俺もすぐに向かったほうがよさそうだな)
三人がいなくなったと同時に裂け目が閉じた。エリックもすぐに外に出る。
庭から礼拝堂へ。呼び止めてくる人物はいない。
こうして、エリックは孤児院から出た。最初と同じように一人で。
そう思っていた。だからエリックは珍しく心の底から、驚いた。
「お待ちしていました。エリック様」
入口で、リリア・トリフィがいたことなど思ってもいなかった。
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