33話 感謝の気持ちに偽りはなく
シュドレー出身の英雄の子孫で、非合法なことを行っているエリックのいた世界では所謂ギャングのような組織のリーダーであるグズパド・チュダー。
「な、なんだよ。オ、オレ様がリーダーなのが、そんなにい、意外なのかよ。ひ、人を見た目で判断するな……」
口をほとんど動かず、吃音なのか、とこどころ言葉が詰まる。ぼそぼそとした声量のせいもあってか、聞きとりにくい。
「も、申しわけありません。チュダー様。えっと、わたしたちは……」
「オ、オレ様のことをチュダーっていうな……」
「えっ? あ、は、はい。すいません」
リリアは、困ったようにエリックを見る。だが、こちらとしても、情緒不安定な人間の対応はできればしたくない。
「申し訳ありません。助けてもらったにも関わらず、挨拶が遅れてしまいました。僕はロズウェルト・ルイス。何か無礼を感じてしまったのなら、どうか寛大な心でもって許していただければ幸いです」
エリックが黙っているとウェルが頭を下げる。
だが、グズパド・チュダーの反応は芳しくない。
「あ、あんたが、ロズウェルト王子か。ふ、ふん。どっかの貴族だとは思ったが、まさかいまルイス王国を衰退させているエスパード・ルイス国王の息子様だとは、お、思わなかったぜ」
「……父の非礼は、僕が代わってお詫びします」
「あ、あんたが謝っても、か、変わらないだろ。は、早く王様を止めてくれよ」
グズパドのいっていることは、正論ではあったが、ウェルだって何もしなかったわけではない。むしろ行動の結果が、現状を招いているといっても過言ではなかった。
「……はい。必ず」
しかし、ウェルは、反論の一つもせず、ただ非を認める。
「ど、どうだかな。く、口だけなら、な、なんとでもいえるもんな」
エリックは、その光景に微かだが、苛立ちをようなものを覚えた。自分にしては、めったにない不満のような感情。
同じやりとりが続いていれば、無関係だが、口を出していたかもしれない。
「こら。グズパド。あなた。少しいいすぎよ」
そうならなかったのは、仲裁するように間に入ったネラのおかげだった。
「な、なんだよ。ネラ。オ、オレは本当のことをいった、だ、だけだ」
「彼だって被害者なのよ。なのに、これ以上責めるなんて、英雄の子孫どころか、大人のすることかしら?」
「い、家のことはいうな。わ、わかった。これ以上は、な、何もいわなかったら、いいんだろ……」
グズパドは嫌そうだったが、ウェルを批難するのをやめる。
見た目からして二人の年齢は、ほぼ同じだろう。しかも、支援を受けている立場なら上下関係では、ネラのほうが下のはずだが、遠慮しているようには見えなかった。
ただ、注意している姿は、孤児院の子供を叱っているときとはまた違う。まるで
ネラに怒れたグズパドは、居心地悪そうに視線をそらすと、ベッドにいたエリックのほうを見る。
「じゃ、じゃあ。そいつが、騎士たちを殺したやつか……?」
「ああ。そうだが」
エリックは頷く。
「ひっ……!」
だが、なぜだろう。普通に返事をしただけなのに、相手にとても怖がられた。
「グズパドはエリック君が強いスキルをもっているから、急に攻撃をしてこないかって怖がっているのよ」
「……いや、攻撃するつもりはないが」
「う、嘘だ。オ、オマエは、その気になったら、オレ様なんて、簡単に殺せるんだろ?」
難しくはないだろう。まだ精神力は、完全に回復はしていないが、拳銃を出せるくらいは、可能だ。
「敵対する理由がない。あんたが抜け道を作るスキルをもっているなら、ウェルを街へ入れたときと同じ方法で、連れ出してほしい」
エリックは殺人に
「な、なんだよ。オ、オレ様に、め、命令でもするつもりか」
それでも、グズパドは納得がいかないらしい。あるいは、子供に正論をいわれことで、余計に機嫌を損ねてしまったのかもしれない。
人は筋の通った理論だけで動くわけではない。むしろ、個人個人の中にある感情に左右されることのほうが多い。
グズパドは、気弱ながらも子供に舐められるのを嫌うプライドの高い性格をしている。数分ていどだが、言葉や態度から、エリックは、そう判断した。
この場合、さらなる正論や挑発は逆効果になるだろう。強引な脅しは一定の効果はあるかもしれないが、失敗すると前述よりも状況は酷くなる。
(苦手なことは、あんまりしたくはないが、しかたがないか……)
エリックは内心で呆れながら、小さく咳払いをする。
「命令しているつもりはありません。ただ、ウェルが長い間孤児院にいるのは、危険だ。どうか力を貸してほしいだけです」
口調を改め、立ち上がり、そのまま頭を下げる。
意外な行動だったのだろう。ウェルはともかく、自分の人柄をあるていど知っているリリアやネラからの驚いたような視線を感じる。
何も不思議なことはなかった。エリックが平坦な口調をしているのは、こだわるようなプライドはなく、自然体でいたいだけ。必要があれば、敬語だって使う。
ただし、エリックは、善良な心などもってはいない。誠意などこめてはおらず、礼節な態度もあくまでも表面上だけ。
ただ、グズパドに協力してほしいという気持ちにも偽りはなかった。
「若。彼のいう通り、ロズウェルト王子を一旦、外の拠点に移動させたほうが……」
「わ、若っていうな。ま、まあ、ここから、王子がいなくなったほうが、いいことくらい、オ、オレ様だって、それくらいのこと、も、もちろんわかっていたけどな」
大男に促されたグズパドは、眉間にシワを寄せながら、得意気にこたえる。
エリックの言葉に効果があったのかは、定かではないが、どうやら協力してくれる意志はあるらしい。
「じゃ、じゃあ、す、すぐに行くぞ。お、王子様だからって、特別扱いはして、や、やらないからな」
「え、ええ。わかりました」
うっとうしそうにグズパドはそういうとウェルも戸惑いながら、あとへ続き、部屋には二人しかいなくなる。
「待ってください。エリック様はどうして、一緒にいこうとしているのですか」
そうどさくさに紛れ、一緒に部屋の外に出たエリックにリリアが声をかけた。
あまりにも自然な流れだったのだろう。前にいた三人はもちろんリリアに呼び止められなければ、まだ部屋にいたネラも気づかなかったかもしれない。
「エリック様。酷い怪我が治りましたが、まだお体は万全ではありません。ベッドで休んでいてください」
笑顔で丁寧だが、どこか威圧するような口調。既視感がある。エリックが何度か体験したリリアが怒りを隠しているときの姿だった、
「あらあら。優秀なお医者さんから、ストップが出たみたいね」
二人のやりとりを微笑ましい光景を眺めるように苦笑するネラだが、当事者としては、たまったものではない。
エリックは、頭の中で、瞬時にいいわけを考える。
「もしかして、ウェル様と一緒にシュドレーの外へ出かけるつもりですか? 以前と同じように」
「さすがに、一緒に外へ出るつもりはない。それに俺は、グズパドのスキルに頼らなくても、正攻法を使えばいい」
エリックが首元にあった通行証をリリアに見せる。
「あっ。そうでしたね。ですが、それなら、なぜついて行こうと?」
「グズパドのスキルに少し興味がある。できれば、一度見ておきたい」
「あの、エリック様の気持ちはわかりますが、まだ万全ではないみたいですし、もう少しベッドで休んでいたほうが……」
「ベッドの中にいるのも体が鈍る。軽いリハビリもかねて、少し一緒に歩いてくる」
いつまでも会話をしているわけにはいかない。エリックも同行することに気づいたのか、廊下では三人が待っていた。
中でもグズパドだけは、不快な顔を惜しげもなく見せ床を何度も蹴っている。こうしている間にもいつ歩き出してもおかしくはなかった。
「……もう。わかりました。ですが、すぐに帰ってきてくださいね?」
納得はしてないもののリリアも長い間会話をするのは、まずいと思ったらしい。最終的には、諦めたように唇を尖らせる。
「ああ。約束する。怪我の治療をしてくれて助かった」
献身的な彼女ににエリックは礼をいい、部屋から出て行く。
感謝の気持ちに偽りはない。
けれど、この場に戻るつもりなど、一切なかった。
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