32話 大事な大事な話しあい

 エリックが寝ていた部屋は、子供二人が使っていたらしい。その部屋に四人も集まっているのだから、少し手狭に感じる。しかも一人は大人だった。

 

「エリック。平気かい?」

「ああ。リリアのおかげで無事完治に向かってる」

「そうだね。彼女のおかげで、僕も治療できた。ここまで性能の高い回復スキルは見たことないよ」

「あ、ありがとうございます。王子様」

  

 リリアは、頭を下げる。いつもよりもさらに深いように思えるのは、相手の立場ゆえだろうか。

 彼女に名前を呼ばれたウェルは、照れくさそうに笑う。

 

「王子、か。ワーマワのいっていたことは、どうやら本当らしいな」

「ロズウェルト・ルイス。それが僕の正式な名前だよ。ウェルというのは、ニックネームみたいなものさ」

「それで、一国の王子が、どうして、騎士たちに追われていたんだ」


 エクスのアドバイスには、これといった保障はなかった。しかし、ウェルのことを知るのは無意味ではないだろう。

 

「エ、エリック様。王子様にたいして、もう少し丁寧に喋ったほうが……」

「口調を改めたほうがいいのなら、変えるが」

「構わないよ。エリック。僕としても仰々しいのは、苦手だからね」

「ほんとうにいいでのしょうか……」


 リリアは首を傾げているが、本人が笑顔で頷いたのだから、問題はないだろう。エリックも丁寧な口調は慣れていないため、できるならば自然に話したい。


「僕がどうして騎士たちに追われていたのか、だったね」


 ウェルはエリックの言葉を反復する。


「理由だけなら簡単さ。彼らは、父……国王からの命令によって、僕を捕縛しようとしていたんだよ。手足の一本くらいなら犠牲にして構わないってね」

「……捕まるようなことを何かしたのか」

「したのかもしれないね。国王に逆らうのは、立派な大罪さ」


 ウェルは力のない笑みを浮かべる。

 

「いまの国の情勢に少しでも目を向けてほしい。僕としては、立場をわきまえた中での進言のつもりだったんだけどね」

「それだけで、国王様のお怒りを買ってしまったと……?」


 それは逆らうというには、あまりにも些細なもの。だが、進言の代償はウェルが想像していたよりもずっと大きかったらしい。


「石牢の中で一ヶ月ほど幽閉ゆうへいされていたよ。一部の配下たちが助けてくれなかったら、いまも監禁が続いていただろうね」

「脱出に協力した仲間は?」

「……途中ではぐれた仲間もいたけど、ほとんどは殺されたよ。一人になった僕は、森の中で、口にした果物のどれかで体を壊してしまって……」


 そこからはエリックたちもわかっている。孤児院に運ばれ、数日経ったあと追っ手であるワーマワたちと戦闘になった。


「……みんな、すまなかった」


 ウェルは全員へ向かって頭を下げる。 


「エリック。君の力がなければ、ワーマワに勝つことはできなかった。君の勇志に敬意を」

「敬意を払われようことはしていない。ただ障害を排除しただけだ」


 急な褒め言葉をもらっても そもそも勇志なんて大層な志をエリックはもってはいない。

 次にウェルの視線が、リリアへと移る。


「リリア。君のスキルのおかげで、犠牲を出さずに済んだ。僕の治療もだ。献身的な行動に感謝を」

「さっきもいいましたが、わたしは自分にできることをしただけですから……」


 リリアが戸惑っていると最後にウェルは、ネラのほうを見る。

 

「ネラさん。僕を助けてくれたのに孤児院を戦いの場にしてしまったこと。あなたや子供たちにも不必要な恐怖を与えてしまったこと。迷惑をかけてしまって本当にす申しわけありませんでした」


 ウェルは頭を深々と下げている。一国の王子という立場にも関わらずだ。おそらく人柄が善良なのだろう。


「あなたは何も悪くないわ。ウェル君。いいえ、ロズウェルト王子」

「ウェルでいいですよ。ネラさん。僕がみんなを傷つけたわけじゃない。だけど、僕が原因なのは、間違えない。だから、謝罪をするのは、当然のことです」

「子供を騎士に命じて乱暴に捕まえようとするなんて。国の王である前に父親としての資格すらないわ」


 ネラの声から伝わってくる強い怒りと嫌悪感。事前にいまの話を聞いていたのだろう。ずっと黙っていたのは、怒りを隠していたのかもしれない。

 

 ウェルの急な礼と謝罪。それは彼にとって必要なことだったのだろう。

 しかし、エリックにとって重要なところは、もっと別にある。  


「ウェルはここからすぐに離れたほうがいい。居場所を知られているなら、すぐに次の追っ手がくるぞ」


 ワーマワたちが孤児院にきたのは、ウェルの居場所がわかったから。であれば、ずっと同じ場所にいるのは、デメリットしかうまれない。 


「すぐに追っ手がくる可能性は低いわ」

「根拠はあるのか」

「本当なら、もっと大勢の人間がきていたはずよ」


 一部の人間しかこなかったのは、数ある情報の一つの確認か、あるいは、ワーマワしか知らなかったのか。

 ネラのいっていることも的外れということもないだろう――しかし。


「情報の出所がわかっていない以上、絶対に安全だという保障もない」


 仮に居場所を伝える人間がいるのなら、こうしているいまも油断はできない。一刻も早くウェルは、ここから離れるべきだ。


 だが、エリックの反論を聞いても、ネラは、笑みを崩すことはなかった。


「問題ないわ。原因はもうわかっているもの」

「本当か?」

「ええ。闇医者よ。ウェル君を診察したとき、上等な身なりが気になって情報屋に漏らしたみたいね」

「……だったら、孤児院にいるのがウェルだっていうのはバレてないのか」


 ネラの話を聞きながら、エリックも次第に状況を把握してくる。


「ワーマワはウェル君がここにいるって確証があるようにいっていたけど、確信があったわけでもなかったと思うわ」


 情報が流れた人物を探すさい、孤児院を支援している人間か治療を行った闇医者を疑ったというのは、何もおかしいことではない。容疑者は充分絞られる。

 だが、エリックは別の疑問も覚えた。


「よく素直にその医者が口を割ったな。拷問か?」


 他人に漏らした情報を被害者たちへ簡単に明かすことはまずない。それでも教えたというには、なんらかの手段を使ったと考えるべきだ。


 リリアとウェルは顔をひきつらせたが、質問をされたネラは、なぜか苦笑する、


「拷問はしていないわ。会話をして、相手が嘘をついていたのがわかったのよ」

「……会話だけでか?」


 相手はよほど表情に出やすいタイプだったのだろうか。あるいは、尋問に長けた人物でもいたのか。


「ところでエリック君。切れた右腕はもう治っているのよね?」

「ああ。問題はないが……」


 いきなりの話題が変わったが、エリックは平然と嘘をついた。 

 本当は、まだ多少の違和感はあったが、わざわざ無駄なことを伝える必要はない。そう判断してのことだった。

 

「リリアちゃん。エリック君の右腕はまだ完治していないみたいよ」


 なのにまさかノータイムで、見破られるとは思わなかった。


「本当ですかッ! エリック様、いますぐ治療します!」

「せ、正確にいえば違和感を覚えるくらいだ。多少のリハビリをすれば完全に回復する。だからリリア。いますぐスキルを使うのをやめろ」


 詰め寄りながら、両手を光らせたリリアにエリックは早口で説明をする。

 その様子を笑いながら眺めていたネラ。それでようやくエリックは、とある可能性に気づいた。


「ネラ。スキルを使ったのか」

「ええ。私のスキル。『ライオワツルース』は、相手の嘘を見抜くの」

「……みたいだな」


 当てずっぽうの可能性も完全には捨てきれないが、いまネラが嘘をつく理由がない。エリックを信用させるにしてももっと別の手段があるだろう。

 

「あら。信じられないかしら?」

「いや、ただ、予備動作やスキルを使ったとき、特に何も起こらなかったからな」


 エリックも嘘を見破られたという自覚はなかった。ネラのスキルの特性故なのか、使われた対象は、彼女が何もいわなければ、スキルを使用されたことにすら気づかないだろう。

 

 それにネラが嘘を見抜くスキルをもっているということは、別の点で、腑に落ちることもある。 

 嘘を見抜くスキルは、取引や交渉など駆けひきのある場において高い価値がある。ネラがシュドレーのとある組織から支援を受けているいうのもスキルで協力していると考えれば合点がいく。


「便利なスキルだな」

「大したスキルでもないのよ? 使える回数は日に数度だし、相手に知られて備えられてしまったら、効果がないの」

「そうなのか?」

「精神に作用するスキルは、相手の心が強固なほど効果が発揮しづらくなるんだよ」


 ウェルは補足するようにそういう。リリアのリカバリーもそうだが、どんなスキルも完璧とはいかないらしい。


「いいのか。ネラ。ライオワツルースだったか。スキルのことを俺たちに教えて」

「私の言葉が真実だって信じてもらうためよ。どう? エリック君?」

「それでもウェルが、ここから離れることは、早いにこしたことはないと思うがな」


 あくまでも、エリックは最初の意見を一貫して変えなかった。

 ワーマワたちが戻ってこないことは、遅かれ早かれ気づかれる。だったら、彼らの行き先がシュドレーだと知られるのも時間の問題だろう。


 人によっては、慎重というよりも心配すぎだと思われるかもしれないが、しつこいくらいが丁度いい。最悪の事態に陥ったときに後悔しても遅い。


「僕もエリックに賛成だよ。傷も回復したいま長居しようとは思っていない。準備ができたらすぐにここから去るつもりだよ」

「……ずっとここにいてもいいのよ」

「ネラさん。あなたのご厚意は、うれしいけれど、甘えるわけにはいきません」


 ネラの優しい提案をウェルは首を横に振る。


「それに僕には、なさなければならない使命がある」


 静かだが、はっきりとした声。口にした使命を絶対に果たすという意志。 

 

「……そう。わかったわ」


 ネラはため息をはく。するとなぜか部屋の扉を開き、顔だけを外に出す。


「入ってきて」 


 その声と近づいてくる誰かの足音。

 廊下でずっと待機していたのだろう。室内が狭かったせいか、入口で立っていたのは、エリックが見たことのない坊主で大柄の男。

 

「だったら、ウェル君が、無事に脱出してもらうために、力を貸してもらいましょう。ハシワタシに」


 ウェルは通行証をもっていない。ハシワタシ。それは、たしか街を抜け道を案内する業者の名前だったはずだ。

 エリックは大柄の男を見る。


「その男が、ハシワタシなのか」

「そ、そいつじゃない……」


 大男の口が開いたわけではなかった。

 巨体に隠れていたが、もう一人男がいた。中背中肉。なんというか、背中を丸めているようなところ以外は、これといった特徴がない青年だった。


「な、なんだよ。オレ様はずっとここにいただろ。だ、だいたい、年上にはま、まず挨拶をすべきだろ。べ、ベッドで寝ているやつなんて、こっちなんか睨んでるし……」

 

 もっとも見た目に反して、ほとんど動かない口は饒舌じょうぜつだったが。


 エリック、リリア、ウェルは、彼にたいし、どういえばいいのか返答に困る。

 

 そんな中、ネラは少し呆れたようにいった。


「グズパド・チュダー。シュドレーの英雄の子孫が、シュドレーの非合法組織『ワイルドレッド』のリーダーであり、そして、抜け道を作るスキルをもつハシワタシよ」
















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