第32話 造反者達
「心臓、を?」
そもそも魔王の心臓とは何なんだ。
「魔王の心臓とはぁ~、初代魔王陛下から代々受け継がれているアーティファクトなんですぅ~。絶大な魔力を生み出す力がありぃ~、歴代魔王は自分の心臓と同化させて魔王に就任するのでぅ~。それゆえに肉体的な強さが必要とされるのですがぁ~、時折適合しなくて死んじゃう魔王候補の方もいましたねぇ~」
「そんな危険物をずっと使ってんのかよ」
「あなたも~魔王様の魔力のスゴさ、見たんじゃないんですかぁ~?」
「……」
ムーナの言葉に怜人は閉口させられる。
確かにあれほどの力を発揮することが出来るなら、そう言ったデメリットにも目をつぶるようになってしまうかもしれない。
「この国で発生する魔獣の中には、魔王様クラスでなければ討伐できないほどのものが時折現れるのでぇ~、魔王の心臓は必要な物なんですよぉ~」
「つまり、ことと次第によってはミリアに死の危険があると言うことか」
エレイーナがあれほど強硬に止めようとしていた理由がようやくわかった。
確かにそんな可能性があるなら止めるだろう。
「だが、ミリアは確かセレスティアン王国にいた間心臓なしで生きていただろう。あれはどういう原理なんだ?」
ミリアへと視線を移すと、彼女はいつの間にかまた執務机の上の書類へと目を落としていた。
「原理も何もない。ただ体の血を筋肉で動かして生きていただけ」
「何ですのそれは!?」
どうやらエレイーナも知らなかったらしい。素っ頓狂な声が上がった。
「ボクの体には竜枝族の血が流れている。特別だから短期間なら問題ない」
「我々獣人族や魔人族にはぁ~、種族によって特別な特性を持っている者がいるんですよぉ~」
「……ずいぶんとまた、危険な橋を渡ったものだな」
「そうなんですぅ~。魔王様の出立に際しては誰一人として賛成しませんでしたからねぇ~。リナレス卿なんて血の涙を流しながら術式を掛けてましたからぁ~」
どうやら止めてくれる部下たちはいたらしい。わずかながら救いを感じてほっとする。
だがこうなってくると話は膠着状態だ。
「カザレに送る救援は、他に出せないのか?」
「空軍は数が少なく陸軍からの影響力も強いんですの。海軍は内陸のため無力ですわね」
「役立たずだな。そもそもミリアを降ろさせようとしているのは一体誰なんだ?」
4人いると言っていたはずだった。
「一人は陸軍大将カーレイド・サンダルフィンですわね。陸軍を統括している竜枝族の男ですの」
なるほど、陸軍が反乱まがいの事をしているのはその人物に問題があるらしい。怜人は頷く。
「二人目はリリカ・エレナーデ。小人枝族の財務大臣ですわ」
「財務大臣? なんでそんな奴が?」
「さぁ、わたくしにはわかりませんの。とにかくお金にがめつい守銭奴として有名な奴ですの。会ってもお金の話だけはしないことをオススメしますのよ」
「そうするよ」
イマイチ想像が出来ない相手だった。
「三人目は外務大臣のゾルダン・アースファイド。この人物はわたくしたちと同じで人族ですのよ」
「へぇ、人族もいるんだな」
てっきり議会は全て獣人族か魔人族かと思っていた。
「基本的には諸外国を外遊して回っていますのよ。もしかしたらどこか外国と繋がっているのかもしれませんわね」
「そそのかされた、と?」
「ゾルダンはぁ~。いつも脂ぎってて私も苦手ですぅ~」
ムーナの声にも若干の嫌悪感が見え隠れしているほどだ。
「なるほどな……で、あんたは?」
「ふぇ~?」
「あんたはどっちの立場なんだ?」
宰相ムーナ。
姿かたちは知らなかったために少しばかり戸惑ったが、名前だけは聞いたことがあった。
魔王ミリアリンデの右腕。
そう呼ばれるほどの知恵者だという。
元々はずっと以前の魔王から仕え続けている忠臣だというから、おそらくは見た目通りの年齢でも種族でもないのだろう。ユーノのように外見を魔法で偽装している可能性もある。
だが現状、ミリアは自身を支えてくれるはずの臣下に裏切られようとしているさなかだ。この場にいる以上、エレイーナは無害と判断したようだが聞いておかずにはいられなかった。
「ん~、私は誰の味方でもないかなぁ~。カーレイドくんはぁ~頭の中まで筋肉が詰まってるけど悪い子じゃないからねぇ~。この国をよりよく導いてくれるならそれはそれでって感じかなぁ~?」
「一応中立、とみていいんだな」
「ん~、これでも一応魔王様寄りのつもりなんだけどなぁ~」
うざい話し方をする奴だったが、どうやらこれで平常運転の様だ。ミリアもエレイーナも気にした様子がない。
「他に信用できる奴はいないのか?」
「一応今あげた人以外の大臣はこっち寄りか中立ですのよ。ただ、カーレイドもリリカもゾルダンも、それぞれが議会のメンバー内ではかなりの力を持った存在だから、他のメンバーが束になっても敵うかどうか」
「そいつらそんなに強いのか?」
「もちろん個人の戦力で言えばカーレイドさんだけが脅威ですのよ。彼は500年前一軍人としてスタートして功績をあげ、将軍の地位まで上り詰めた男だと聞いていますの。毎回魔王選出ノ儀においても上位に食い込むほどの実力者ですのよ」
「そんなにか……」
そうなるとカーレイドが一番魔王選出ノ儀を望んでいそうだ。
「リリカさんは小人枝族で戦闘能力はありませんが、彼女はドラグヘイム内の商業ギルドに多大な影響力を持っていますから、もし敵対するなんて言うことがあれば経済的に国を破滅させることは可能でしょう。あとは個人資産が魔王であるミリアさんよりもあるそうですから、傭兵を雇うと言うことも考えられますの」
「ゾルダンも同じかなぁ~。彼の場合は国外に支持母体があるっていう話だけどぉ~。彼の持つドラグヘイム内の情報は喉から手が出るほど欲しいって国ならいくらでもありそぉ~」
「最悪他国を介入させかねないってことか……そこまで行くともはや戦争になるぞ」
「それはゾルダンも理解はしているはず。重要な一線では流石に踏みとどまると思う」
「魔王様、それは人が良すぎるという物ですよぉ~。あの男は自分の欲のためなら何でもするタイプですぅ~。実際外務大臣就任もかなりグレーなことをしまくってますからねぇ~」
「なんでそんな奴が大臣なんだよ……」
とても国王とその宰相が執務室でする会話とは思えない内容だった。そこまで知ってるなら就任させるべきではないだろう。
「言いましたよねぇ~? 彼の支持母体は国外にあるってぇ~。彼の両親は神聖法王国の枢機卿の家の出で、向こうの国では教皇とも顔なじみなのですぅ~」
「ちなみに枢機卿は教皇に次ぐ位階ですの。わたくしの国で言えば侯爵あたりが妥当でしょうか? そう言えば、セレスティアン王国にも親類がいるのでしたか?」
「はいぃ~。伯爵家の当主がはとこだと聞いていますぅ~」
「通商連合国の方に、兄がいるとも聞いた」
「何なんだよそいつの一家は……」
どこぞの不思議な一家か。
「そう言う生存戦略を取っている家系なのですぅ~。個人ではなく血が残ればいいという考えなのでしょうぅ~」
「何だそりゃ。どこぞの王族か何かなのか」
「はいぃ~。恐らくそうなんでしょうねぇ~」
「は?」
「まぁ~彼の話はこのくらいでぇ~」
気になることを言っているムーナだったが、話しがそれているのも事実だった。今は今後の対策を考えなければならない。
「しかし……そうなるともう打つ手が無いんじゃないか? ミリアは救援要請のあったカザレとやらに行くしかないし、魔王選出ノ儀は避けられそうにない」
「ですから、あなたをお呼びしたんですのよ」
「どういうことだ?」
その言葉に、何故かエレイーナとミリアが視線を交わして頷き合う。
先に口を開いたのはミリアだった。
「レイト、ボクはあなたにカザレまで一緒に来て欲しい」
「は? 何をしに?」
ミリアの口から出た言葉は怜人にとって予想外の物だった。
「可能な限り敵を早く殲滅する。そして素早く戻ってくるために。あなたの力を貸してほしい」
「っ……!?」
自分の力を貸してほしい、その言葉は怜人の胸に深く突き刺さった気がした。
そんな力、自分にはない。
口から出そうになる言葉を押さえるのが精いっぱいだった。
「レイトさん、わたくしの考えは逆です。あなたにはこの地に残ってわたくしと一緒に大臣たちの企みを阻止する手助けをして欲しいんですの」
「お前もか……」
「ミリアさんが遠征に出てしまえば、もうこの都市の中にミリアさんのために動ける人間はいなくなってしまいますの。もしそうなれば、彼らがどんな手練手管でミリアさんを陥れようとするか……」
言いながら自分で想像したの身震いするエレイーナ。
確かに今の話に出た三人ならば、自分の目的を達成するために何でもしそうだ。決勝戦前に毒を盛るとか、不慮の事故とか……。
「ん? 3人? もう一人はどうしたんだ?」
そうだ、最初に造反をしたのは4人だと言っていたはず。もう一人は誰なのか。
そもそも彼らの話からは一人重要な人物が抜けている。
「おい、リナレスの奴はどうしたんだよ? あの魔王様大好き親衛隊長ならミリアと一緒に行ってあっという間に魔獣を討伐して終わりに出来るんじゃないのか?」
「リナレスさんはダメですのよ」
「どうして?」
「リナレスが、造反した4人目、だから」
その言葉に今度こそ怜人は言葉が出なくなった。
あの魔王様第一みたいな親衛隊長が造反?
そんなことあるのか?
「何でだ? 俺がミリアの家に居候するって言った時に、血の涙を流しながら悔しがるほどミリアの事が大好きな奴が造反? そんなことする理由なんかあるのかよ」
「あらぁ~ご存じないんですかぁ~? リナレスのお父上は先代の魔王陛下なんですよぉ~?」
ぞくん、と心臓が跳ねる。
おいおい、これ以上は心臓が持たないぞ。そう思いながらムーナの顔を穴が開くほど見つめてしまった。
「リナレス=ゾフ=グリンガーデンの父、アストレス=ジン=グリンガーデンは先代の魔王。そして、50年前の魔王選出ノ儀でボクが殺して心臓を受け継いだ相手」
ミリアの口から発せられた言葉には、後悔も慈しみも何も感じられなかった。
ただの事実。
いつもの言い方だ。
だと言うのに、今日はそれが怖い。
「わたくしもそれを聞いたときはさすがに驚きましたのよ。ですがそういう理由なら、彼女が向こう側につくのも道理という物ですの」
エレイーナの目は真剣だ。
まっすぐに怜人のことを見据えて話している。
「ですから、あなたに頼んでいるのです。あなたなら、信頼できるから」
そう話すエレイーナの首に、チョーカーはない。
ルシアンとの戦いの後、外したのだ。
この女はどうしてこうまで他人を信頼できるのだろうか。
自分を隷属させていた相手に話すようなことではないはずだ。
ましてや怜人はファームベルグにもルシアンにも勝てなかった。どちらもミリアの助力が無くてはその場で死んでいただろう。
足手まといだ。
確実に足を引っ張る。
そう考えて、だから怜人は口を開いた。
「俺は――」
だが、言葉を発するよりも先にミリアの目と目が合ってしまう。
そうするとどういう訳か口が言葉を紡げずにぱくぱくと金魚のように空気を吐き出すことしかできなくなるのだった。
そんな風にしている怜人の様子を見て、ムーナが大きなため息をつく。
「ざ~んねんですぅ~。時間切れぇ~」
「議会より連絡であります! 至急魔王陛下に円卓会議への出席を求めるものであります!」
下の階からそんな声が響いたのだった。
勇者として召喚されましたが、前の世界では『魔王』と呼ばれていました……え、お前も? 橘トヲル @toworu
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