第24話 魔王城


 ドラグヘイム帝国の首都に当たる魔都ベゼルの町並みは、魔王の城の城下町に相当すると言うのにとても美しい街並みをしている――ようだった。

 と言うのも怜人たちはその光景を見ている余裕が皆無だったからだ。

 城壁に作られた巨大な鉄の門をくぐりベゼル内へと侵入を果たすと、城へと続く大通りをひた走った。ベゼルはおおよそ4層から構成されているのだが、層の内側に進むごとに政治、軍事関連の施設が増えるばかりで身分差に寄る構成ではないらしい。実際政府要人の自宅もほとんどが外周のエリアにあるという。

 3層目に入ると、いきなり目の前から大通りが消失する。一直線に魔王城へと繋がらないよう軍事的配慮によるものだ。だから怜人たちも道に沿ってわずかに円を描くよう回る。


「で、俺は何でお前の後ろに乗っているんだ?」


 怜人は馬の上で不満げな声を上げた。


「仕方ありませんでしょう。あなた、馬が扱えないんですもの」


 と、返してきたのは腰を掴まれたエレイーナだ。

 今怜人はエレイーナの操る馬の後ろに乗っている。不本意ながら怜人は馬を操ることが出来なかったのだ。


「くっ、チャチャバなら扱えるんだが」

「何ですのそれ?」

「二つの首を持つ爬虫類に似た生物で、俺が以前行った異世界での一般的な乗り物だ。キョゲェェェ、と鳴く」

「そんな不気味な生物絶対に乗りたくありませんの……」

「俺はお前がこんなにうまく馬を扱えることに驚いているがな」


 間違いなく運動能力に関しては低位に当たりそうなエレイーナが、相当に鍛えられた優秀な馬とは言えしっかりと扱って、前を行くリナレスにちゃんとついて行けているのが本当に驚きだったのだ。ちなみにリナレスの前にはほとんど意識のないミリアが座っている。



「これでも侯爵家令嬢として教養はありますのよ!? 余り舐めないで下さる!?」

「はいはい」


 耳元で喚かれるとうるさい、とぞんざいに扱うとキーッとよりうるさくなる。

 意識して無視を決め込むと、ようやく近くまでやって来た魔王城を見上げた。

 魔王城まではこの3層目と、2層目に当たる政府主要施設のある層がまだあるのだが、それでもなお大きい。外見から感じるのは強烈なまでの圧迫感と威圧感、そして無駄をそぎ落とした質実剛健さだった。

 外観からはっきりとわかるほど、魔王城は増築に増築を繰り返されていた。材質や色合いを似せてはいるものの、明らかに建てられた年代や様式に微妙な差異が見られるからだ。恐らく長い歴史の中で破壊されたことが一度や二度ではないのだ。それも戦いによるもので。

 だから街並みも戦場を想定して作られている。

 魔王城から街へ含めて質実剛健さをどことなく感じてしまうのはきっとそう言うところがあるからだ。


「おい、どこに向かっているんだ!?」

「あのぶっ壊れたところだ! 多分第3天空闘技場だな!」

「城の中に闘技場があるのか……」

「ここは魔王の城だからな! ちなみにその上のフロアが魔法図書館になってる」


 外観からは細い塔の上に玉ねぎのようなシルエットのフロアが二つ繋がっている状態だ。いったいどんな違法建築をしたらあんな構造体を作っておけるのかとはなはだ疑問である。


「ちょ、ちょっと待って下さいまし! もしあんなところで暴れられでもしたら上の図書館は……」

「最悪破壊されるだろうな」

「そ、そんなわけにいきませんのよ! 急ぎますわよ!」


 そう叫ぶなり、エレイーナは馬をさらに加速させた。

 最後の大通りを一瞬で抜けると、目の前に現れたのは長い階段だった。魔王城は城下町よりも一段高い丘の上に建設されているようだった。その丘をほとんど垂直に加工し、敵の進入路を狭めているのだ。

 侵入しようとする敵は、軍として進むには長く細い階段を延々登らねばならなくなる。それが進攻方法としてどれほどの下策かは火を見るよりも明らかだろう。


「ここを登るのか!?」

「そうだ、行くぞ!」


 中央には階段があり、その両サイドには平面の道路にレールが敷かれている。すぐそばに壁を取り払った電車のなりそこないのようなものがあったから、おそらく何かの動力で本来はそれが上と下を行き来しているのだろう。今はそのレール上の道を馬で走り抜ける。

 もし歩いて登ろうとすれば、それだけで体力の消耗は避けられない階段を馬で一気に駆け抜けた。開けた視界の中飛び込んできたのは正面に立つとこれまでよりもさらに威容を深めた魔王城の姿だ。


「こっちだ、急げ!」


 だが怜人たちはその全容を見ている暇はなかった。リナレスに急かされるまま、魔王城の前庭を馬で走り抜ける。その途中止めて来る兵士もいたが、リナレスの姿に道を開け、前に抱え込まれているのが自分たちの王だと理解した者はその場に膝をついた。

 怜人はそのすぐ後をエレイーナの操る馬で駆け抜けたのだった。


「ここからは歩きだ、入るぞ」


 リナレスが馬から降りてそう言ったのは、城に入って正面にあったおそらく本館から回り込んだ西側の建物だ。どういう訳か階層によって大きさが違う謎の建築方式を取り入れているようで、一部は本館と繋がっているようだ。さっきエルドリンデが突っ込んだと思しきフロアは4層目にある。


「ミリアは大丈夫か」


 怜人も慎重に馬から降りて、地面に散らばった瓦礫を避けながら駆け寄る。エルドリンデがぶつかって破壊した建物の欠片がそこかしこに散らばっているのだ。


「ボクは、問題ない」


 言葉とは裏腹に、声は蚊の鳴くようにか細い。

 焦燥を募らせた一行はすぐに建物へと駆け込む。中に人の気配はほとんどなかった。どうやら既に避難が完了しているらしい。


「こういう時の訓練は兵士からメイドまで全員行きわたってんのさ」


 誇らしげに言うリナレスの背中にはミリアがおぶさっている。そうでもしなければ天空闘技場とやらまでたどり着けそうになかった。中の構造はここまでと同じで外敵の侵入を想定しているらしくまっすぐには進めない、階段も3階層上がるために廊下を端まで走る必要があった。

 そんなだから思考が疑念に囚われるだけの余裕が出来てしまう。


「なぁ、なんでルシアンはここにやって来たんだ?」


 ルシアン・ペリュドレ。

 怜人と同時にこの世界に呼び出された勇者にして魔王の一人。

 初めてセレスティアン王国の王城で見た時には、その強力な魔法に圧倒された。そして同時にその異常なまでの魔法への執着を見た。


「そんなことは直接本人に聞いてくださいまし! 王城を出た後の足取りをわたくしは知りませんのよ。王宮は大混乱で誰もわたくしのことなど気にもしていませんでしたから教えてはくれませんでしたの。かろうじてあなたを追いかけるまでの間にルシアンとフラムはまだセレン内にいたことは知っていますけれど……」

「何を考えていてどこにいたのかは不明、ってわけか」


 情報が少なすぎる。

 街一つを簡単に消せるような力を持った奴の考えなんか分かりっこない。

 ましてや自分で消し飛ばしたはずの都市にいったい何の用なのか。


「おい無駄話はそこまでにしろ。エレイーナの言う通りそんなことは本人に聞けばいいことだろ」

「……そうだな」


 広い階段を駆けあがり、肉体美を誇示する戦士の像に挟まれた扉の前に立って頷く。

 向かい合った像の手には剣と盾。この先が天空闘技場なのだろう。


「行くぞ」


 リナレスが扉を開ける。

 繋がっていたのはどうやら観客席の様だった。小さなスタジアムのようにグラウンドを囲むように作られた段々には腰かけるスペースが作られている。

 闘技場の天井は星が瞬く夜空を写し取っており、もし完全な状態だったなら屋内だと言うことを忘れさせられるほどに美しかっただろう。

 だが今は、その天井と壁の一部が破壊され外の陽光がわずかに入り込んでいた。

 グラウンドの中央には黒い一匹の竜が横たわって、荒い息をしていた。


   ◇


 知識は助けになる、と彼の父親は言った。

 ルシアン・ペリュドレの父はその界隈では有名な魔法理論の提唱者だった。彼が作り上げた理論で車が動き、家に明かりが灯り、社会が動く。

 父の作り出した世界が子どもの頃ルシアンは好きだった。

 父に認められたくてルシアンもまた、魔法理論を幼くして覚えようと努力した。そんな我が子の姿を見て、優しく目を細める父の姿がさらに好きになった。


「知識は力だ」


 予想以上の天才ぶりを発揮し、幼くして父に追いつかんとし始めたルシアンを前にして父はそう言った。


「知っていれば変えられる未来がある。ルールを知らなければゲームにすらならない。この世界はそんな理屈で出来上がっている。私はねルシアン、世界に新しいルールを作り出しただけなんだ」


 そう言って頭を撫でてくれた父の姿を、ルシアンは今でもまだ思い出せる。

 それが父の顔を見た最後の日だったから。


「ルシアン様! お助け下さい!」

「……ん、またあなたか」


 短いまどろみからルシアンは目を覚ました。

 目を開けるとそこは彼にとって見慣れた図書館の中だった。周囲を囲む無数の本棚。そして机の上と足もとのいたるところに読んだままに散らかした本の林。自宅の裏に増設させた図書館の中だった。


「隣のスオーム連合国が戦争を仕掛けてこようとしているのです! わが国はこのままではかの国に太刀打ちできません。どうかお力添えを!」


 そう言って本の林の間に出来たわずかなスペースに膝を付き、額を床にこすりつけんばかりに下げているのはルシアンが住む国の国王だった。

 そのハゲ散らかした頭を見ながら面倒なことになった、とため息をつきそうになるのをこらえる。もしため息でもつこうものならこの憐れな国王の頭皮に残った希望を吹き消してしまいかねない。そこまでするのはさすがに気が引けた。

 父が死んでから、ルシアンは国から父の代わりになることを求められた。だがルシアンは父とは違って攻撃魔法に適性があった。国民の生活をより豊かにした父の魔法とは違い、ルシアンが生み出した魔法は王国の版図をより広げるためだけに使われていた。

 その結果、目の前にいるこのハゲ散らかした王が君臨する王国はわずか2年で国土を3倍に増やしたのだ。そしてそれ以外の国全てを敵に回した。

 まさしく愚王。そのため王国内には戦勝ムード以上に不安感が広まっていた。

 正直そろそろこの国にいるのも終わりにすべきかと考えている。生まれて、父と過ごした時間がかけがえのない物だが、王国首脳部はうるさくて知識をより深める思索の時間を邪魔する存在でしかなく、その上この国の吸えるだけの知識は吸い取ってしまったように思う。

 いや、一か所だけルシアンにも手つかずの所があった。


「ルシアン様が王国のために魔法を生み出して下さるならば、こちらは王立図書館の禁書庫を開きましょう」

「ほう……」


 まるで心を読んだかのようなタイミングで言われ、ルシアンも思わず興味を惹かれずにはいられなかった。

 王立図書館。

 それはこの国の叡智全てが集う場所だ。中でもその禁書庫にはこの国が誕生して以来生み出された魔法の中でも、特に禁術と呼ばれる物のみが納められた場所だ。そこへの立ち入りは国王ですらも制限される。

 父ですらも足を踏み入れなかった知識の倉。ルシアンが興味を惹かれないはずがなかった。


「いいでしょう。ではどういったものが必要なのですか?」

「っ! スオーム連合国は我が国に対抗する敵対国家の中では最大の勢力です。彼奴らを完膚なきまでに粉砕することで我が国への反抗の芽をすべて摘むことが出来ましょう! ですからそれが可能な魔法を……!」

「ではこちらを」

「は?」


 国王の長々としたセリフの間にルシアンはその辺にあった書き損じの紙の裏へさらさらとメモを書き込んで国王へと渡した。受け取った国王はぽかんとした顔をする。


「国一つ程度滅ぼすだけならその程度で十分でしょう」

「は、ハッ!? お、おい! 確認しろ!」


 紙だけ渡すと、まとめ途中だった資料を片付け始めるルシアン。その間に国王は背後に控えていた従者の一人を呼びつけて、ルシアンから渡されたメモ紙を確認させる。この国の王は魔法の知識が皆無なのだった。メモを受け取ったのは魔法省のお偉いさんだ。


「――おごごごぽぉぅ!?」

「な、どうした!?」


 だが、メモ紙を確認した男はすぐに口から泡を吐いて気絶してしまう。まさかの事態に慌てて国王がその肩を揺すっていた。


「では僕はこれで。禁書庫へ急がなければいけませんので。では」


 魔法省のトップが倒れたことで、それまでルシアンに気を使って遠巻きに警護していた黒服たちが一斉に駆け寄ってくるのをしり目にルシアンは手元に魔法陣を展開。中から一冊の本を呼び出す。

 この魔法はルシアンが自分で作った魔法を保存しておくために作った魔法だ。風もないのにパラパラとめくれたページが、一つの紙片で止まる。瞬時に展開された魔法で、ルシアンは今手に入れたばかりの閲覧権を行使すべく王立図書館へと飛んだのだった。

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