第21話 騎士と神官
意識が戻ったのは背中からゴトゴトという衝撃を感じたからだった。
浮上する感覚。うっすらと目を開けると陽の光に目がくらむ。
「う……ここは?」
「やっと目を覚ましましたのね」
「エレイーナ、か?」
口から出た自分の声がやけにしわがれていて、驚く。怜人は自分が硬い長椅子のようなものに寝かされていることを理解して体を起こすと、そこへエレイーナが水筒に入った水を差しだしてくれた。
一口含んで、かなり喉が渇いていたことにようやく気が付く。
「落ち着いて飲んでくださいな。あんまり急ぐと、どこか変なところに入ってしまいますのよ」
そう言われながらも怜人は飲むのをやめられなかった
「プハッ、ありがとう。なんだか生き返った気分だ」
「それは良かったですのよ。まぁ実際生き返ったようなものですし。あなた、3日も眠っていたんですのよ?」
「3日?」
そう言われてあたりを見回すと、そこはどうやら小さな部屋の様だった。
木でできた床に、寝かされていた長椅子が二つ壁にくっついて向かい合っている。片方は怜人が横になって占領し、もう片方にエレイーナが座っていた。向かい合えば吐息が掛かりそうな狭さ。壁の両方に格子のついた小さな窓があり、寝起きに見た光はそこからの物だったようだ。
そして長方形の部屋の片方にはこれまた小さな格子のついた扉。
床から定期的に伝わってくる振動も合わせて怜人は自分がいる場所を理解した。
「ここは、馬車の中か?」
「半分正解。ここは罪人を運ぶ護送車の中ですのよ」
「は?」
膝の上に乗せた腕で頬杖を突きながら言ったエレイーナに聞き返すと、無言で扉に付いた小さな格子を指さされる。腰をかがめながら格子まで歩いてのぞき込むと、そこからは護送車に続いて一糸乱れぬ隊列を組む騎士達の姿が見えた。
一様に同じデザインの鎧を身に纏う彼らだが、その姿形はまちまちだ。
猫の耳を生やした者。
背中から翼の生えた者。
顔がライオンのような者。
長い鼻を持つ者。
もちろん普通の人間に見える者達もいる。
だが共通して全員が騎士としての仕事を全うしてようとしているのは雰囲気で感じる。皆黙々と、疲れた様子すら見せず足を動かしているのだ。
怜人は彼らが関所を通り抜けた時に見た騎士達だと、見覚えのある鎧からようやく理解した。
「何でこんなことになってるんだ?」
「さぁ? わたくしに聞かれてもよくわかりませんのよ」
「……分かってることだけでいい」
そう言うと、エレイーナは少し考えるように虚空を見上げてから口を開いた。
「レイトさんが倒れてから、ミリアさんはすぐにどこかへ運ばれて行きましたの。わたくしたちはその日は朝まで治療を受けながら近くの建物に押し込まれて……翌日命の危険がなくなったことだけ確認されるとすぐこの護送車に乗せられて出発しましたの。1日三食出してもらってますし、休憩の度に神官の方が様子を見にいらっしゃってあなたの治療をしていきますのよ。で、今日にいたるわけですのよ」
「ミリアは……ユーノ達は無事なのか?」
「分かりませんわ。彼らはわたくしの言葉に耳を貸しませんのよ」
怜人の言葉にミリアは顔を曇らせながらそう答えた。
あの日、怜人たちはファームベルグら異端審問官を振り切るために分かれた。そのあと国境を超えるまでの間まったく足取りを見つけられなかったことは気になる。
無事に国境を越えられていればいいのだが、もし向こう側にまだいるのだとしたら――
「っ!」
ガン、と大きな音を立てて怜人は頭を硬い扉に打ち付けた。
「な、何をしていますの!?」
突然の奇行にエレイーナが叫ぶが怜人の耳には入っていない。
「おい! ここを開けろ!」
そう言いながら力ずくで突破しようと試みる。だが扉はびくともしない。と言うよりも体にほとんどマナが循環しておらず、体の強度が普通の人間並みに戻っているようだった。
「クソッ」
「あ、ダメですのよ!」
怜人が《マナジウム結晶体》から魔力を引き出そうとしたのを感覚的に察したのか、とっさにエレイーナが制止の声を上げるが間に合わない。
「っが、ハッ!?」
《マナジウム結晶体》から引き出されたマナは、体の中を一瞬で巡り――ズタズタになったマナの通り道の中で無秩序に暴れ出した。
その激痛は怜人の意識を一瞬で刈り取るほどの物で、目の前が暗くなったと思った時には怜人の体は既に床の上にあった。
「だから止めましたのに。あなたの体は外見的には治りましたけど、中身はボロボロのままですのよ? 魔力が循環する経脈がぼろ雑巾のようになっていて、そんな状態ではとても魔力を扱えませんの。自殺行為ですのよ」
床に倒れた怜人の体を起こしながらエレイーナが言った言葉は怜人が実際に感じたことに合致する。確かに今のままではマナを使うことはほぼできないだろうと思われた。
「だけどっ、それでも」
「周囲を囲んでいる騎士たちの練度は並の物ではありませんのよ。明らかに本来の国境を警備している警備隊の力量ではありませんのよ」
「どういうことだ?」
「恐らく、彼らは……」
エレイーナが自身の予想を口にしようとしたとき、それまで定期的な振動を伝えてきていた護送車の動きが止まった。
そしてすぐに固く閉ざされていた護送車の扉が開く。
反射的に振り向いた怜人は、目に入って来た光に目を細めた。
否、陽光だと思ったのは女騎士の金の髪だった。
すらりとした女性としては長身の体に纏う鎧は白と金を基調としたきらびやかな印象をあたえるが、その実かなりの強度を誇る逸品だと察せられた。扉を開けて入って来た佇まいには隙が無く、まるで抜身の刃を突き付けられているような緊迫感がある。金糸の髪が結い上げられており、わずかに流された一房が細く尖った耳にかかっていた。するりと引き寄せられた視線が、女騎士の藍色の瞳に吸い寄せられる。橋の上ですれ違った女騎士だ。
怜人はその瞳に怒りと、なぜかわずかながら羨望を感じた。
今にも腰に佩いた剣を引き抜きそうな気配と相まって、怜人は口を開けずにいた。
「あー、良かった。目が覚めたんですね」
だがそんな空気を破ったのは女騎士の背後にいた若い神官の男だった。声が高く、まだ少年と言ってもいい年に見える。彼は柔和な笑みを浮かべると、未だ殺気を放っている女騎士の脇を何でもないようにすり抜けて、床に腰を落としたままの怜人の隣に膝をつく。
「すごい生命力ですね。僕たちの王みたいだ。いや、あなたは普通の人間の様ですから神の思し召しですかね。我らが神アッカドもお喜びでしょう」
「……何であんたの神が喜ぶんだよ」
いささか以上に、この状況を飲み込めずにいた怜人が口に出来たのはそんなどうでもいい疑問だけだった。
だが半ば以上神官に喧嘩を売るような言葉に少年は怒るどころかより笑みを深める。
「僕らマウシー枝族が奉じる神アッカドは豊穣を司る神です。その教義は『皆で富め』『殖えよ』なのです。この地上がより多くの生命で満ちることを彼の神は推奨しているのですよ。故にあなたが生き延びたことを我が神アッカドもお喜びだと思ったのです」
「ずいぶんと、おおらかな神様もいたもんだな」
「ええ。先に国境を越えて来た2人の子どもたちが無事に生きていられることも、彼の神の思し召しでしょう」
「あいつらの事を知っているのか!?」
少年の言葉に怜人は叫ぶ。あのタイミングで子どもといえばユーノ達以外にはありえないだろうつまり二人は無事なのだ。
怜人の問いに、少年は深く頷く。
「二人とも無事ですよ。大きな怪我もありません。疲弊はしていましたけど、今は別の馬車に乗っていますよ」
その言葉に怜人はようやく肩の力を抜いた。
どうにかなった。
胸の中を安堵が満たしていく。
しかし同時に冷たくわだかまったものがある。
ミリアの怪我と――レザックの死だ。まだ幼いアーニャに何と言えばいいのか。
そんな内心に渦巻くもやもやとした感情を一気に吹き飛ばしたのは、ガシャリという重厚な鎧のぶつかり合う音だった。
「あの方が認めたほどの人物だと言うから期待してみれば、この程度か」
「――あぁ? 喧嘩売ってんのか」
さっきから全く殺気を隠そうともしない、とげとげしい気配。女騎士のその言葉は怜人の短い導火線に火をつけるのに十分だった。
「サルめ。そんな低俗な反応しか返せないのか」
「おたくがどんな高貴な生き物だか知らねえが、いきなり喧嘩吹っかけて来る単細胞な耳長種族ほどアホじゃあないね」
「……ダボが」
「うん?」
金髪エルフの口から低い声で漏れた言葉が聞き取れず思わず聞き返す。
「テメェ表出ろや! ケツからこの剣ぶっさして奥歯ガタガタ言わせたるわ!」
そう言いながらしゃらりと剣を抜いて怜人に突きつけたのである。
怜人はと言えばいきなり口調が変わり過ぎて声も出ない。
つい先ほどまでエルフの貴人然としていた姿とは全く違う。般若のような形相。そして口調がガラの悪いヤンキーか何かの様だ。
しかしそんな血が昇った状態の女騎士に、神官の少年が慣れた様子で割って入る。
「まぁまぁ落ち着いてくださいリナレス様。まだ自己紹介もしていないじゃないですか」
「うっせぇ! アタシらエルフを小馬鹿にされて、このまま引き下がれるかってんだ!」
「えーっとですね。僕はマウシー枝族の神官でマルファスと申します。こっちは騎士団長のリナレス様」
「おい話を聞けよ!」
ぺこりと頭にかぶっていた帽子を脱いで頭を下げるマルファス。その頭には丸い耳が付いている。ネズミのような耳だ。そして神官服の裾からは細くて長い尻尾。どうやらそう言う亜人種族らしい。
「わたくしはエレイーナ。そっちの短気はレイトさんと言いますのよ」
「おい何勝手に自己紹介してんだよ」
「ちょっと黙っててくださいですの。話が進みませんのよ」
そう言ってエレイーナは立ち上がってマルファスと目線を合わせる。とは言ってもマルファスの身長はエレイーナより若干下くらいだ。エレイーナからは少し見下ろすことになる。
「僕たちは今、魔都ベゼルへ向かう途中にあります。色々込み入った事情がありまして、あまりゆっくりしている時間はありません。あなたたちの事は向こうに付いたらゆっくりと話すことになるでしょう」
「それについては分かりましたわ。それよりもユーノさんとアーニャさんに会わせていただくわけにはいきませんの?」
「申し訳ありません。それも出来かねます。あなたたちの正体がいまいちよく分かりませんので」
マルファスの顔には申し訳なさそうな笑みが浮かんでいた。
「どういうことだ?」
「這う這うの体で逃げ込んできた亜人種の特徴を持つ子どもの後を追うようにして駆け込んでくる人間族。片方は王国の貴族の上何故か首には隷属の首輪。もう片方は人間のように見えるが人間ではない。となれば怪しむのは当然だろう?」
フン、と鼻を鳴らしながらリナレスが不満そうに言う。
「人間に見えるが人間ではない?」
「てめェの周りにいる精霊が言ってるんだよ『普通じゃない』ってな」
リナレスの藍色の瞳は、未だ床から立ち上がっていない怜人の周囲をさまよっていた。怜人もそのあたりに視線を巡らす物の、そこに何かあるようには見えなかった。
「なるほど。エルフ枝族は半精霊種と聞いたことがありますの。それならば精霊の声が聞こえてもおかしくありませんわね」
「ああ、コイツの周囲には全くと言っていいほど精霊が寄りついていねェ。そのくせアタシに聞こえて来る声はどれも不思議がる声ばっかりさ。――おめェ、何者だ?」
リナレスの目に剣呑な光が再び宿る。
もし、彼女の意に添わぬ回答をすれば直ちに斬るとばかりに。
「彼はわたくしが異世界から呼んだのですわ。いわゆる勇者召喚ですのよ」
だが答えは怜人が口を開くよりも先にエレイーナの口から明かされた。
なんとなくそれが不満でじとっとした眼を向けるが、リナレスの反応はそんな感情を吹き飛ばす物だった。
いきなり大声を上げて笑い出したのだ。それまでの剣呑な空気など最初からなかったかのように大口を開けての破顔だった。しかも礼儀正しい神官らしいマルファスまでもが笑いをこらえられずにいる。
「はっ!? 勇者召喚だァ? セレスティアン王国はそんな怪しげなものに頼ってんのかよ。んなもん小説の中だけの話だぜ」
「なっ!? 王国を馬鹿にしないでくださいですの!」
「だってよー、なァ?」
「ええ。勇者召喚と言いますとあれですよね? 異世界から世界を救ってくれる力を持つ人を召喚するって言うおとぎ話の」
「おとぎ話ではありませんのよ!?」
エレイーナが目を怒らせて反駁するも二人はより大きく笑うだけだ。
キーッ、と奇声を上げるエレイーナの様子を見ながら、怜人はどうやらセレスティアン王国外ではそもそも『勇者召喚』事体がおとぎ話や幻想の産物として捉えられているらしいとようやく理解した。
「はァはァ、分かった分かった。つまりこいつが勇者召喚された勇者だから精霊がいねぇってワケか。ふーん、こんなさえない顔の奴がねェ」
リナレスの無遠慮な視線にはさすがに怜人も腹が立つ。とは言え睨み返すくらいしかできないが。
「しかし、もし勇者だと言うのなら王国は何のために召喚したのでしょうか。いえ、まあ分かってはいますが」
マルファスが笑いを収めると冷静な声で話し出す。その声は外見に似合わぬ落ち着いた声だ。だが、その言葉は怜人とエレイーナに緊張を起こすに足る考察だ。
「あァ? 何だよそれ」
「王国がわざわざ勇者なんてものを呼ぶ理由ですよ。魔獣対策でなければそんなもの一つだけです。我らがドラグヘイム帝国を滅ぼすため、いえ――魔王陛下を殺すため以外にありますか?」
マルファスの、冷たい視線がエレイーナを突き刺す。そして怜人は自分の首元に本当に冷たい物が当たっていた。一瞬で降り抜かれたリナレスの剣の先端だ。
「おい、心して答えろよ? マルファスの話が本当ならこの前ウチのベゼルに隕石を降らせた魔法、アレはお前の仕業か?」
「ッ!」
ツー、とわずかに突き立てられた先端によって怜人の首元から血が一筋流れ出る。
リナレスの目は本気だ。もし「自分だ」と答えれば間違いなくその瞬間に剣が一閃され怜人の首は飛ぶだろう。また、わずかでも嘘を言った気配があっても同じだろうと容易に想像がついた。
怜人は視線だけ、エレイーナに向ける。彼女もまた、マルファスの視線によって動けない様子だったがわずかに首肯してくる。
ここは素直に話した方が良さそうだ。
「やったのは勇者だ。でも俺じゃない」
「へェ? じゃあ勇者ってのは複数呼ばれたってのか」
「そうだ。俺を入れて5人。どこに行ったかは知らねえけどな」
それは事実だった。セヴィアスを出てから怜人は勇者の行方を聞かなかったし、エレイーナが握っていた情報も勇者たちが王都で行方を晦ませた後だった。
「なるほどな。マルファス」
「嘘は言っていない、と思いますよ。神官としての勘ですが」
「チッ、そうかよ」
そう言ってふいと剣が下ろされ鞘にチン、と音を立てて戻された。
「なんだ、八つ当たりくらいしてくるかと覚悟したんだがな」
「ケッ、んなダサい真似するかよ。アタシらの魔王陛下の名を汚すことになっちまう」
「……自分たちの国の首都を破壊された割には冷静なんだな?」
「あァ? 何言ってんだ。ベゼルは破壊なんかされてねェぞ。魔王陛下が間一髪で守ってくれたからな」
「な、なんですって!?」
その言葉に怜人とエレイーナは少なからず動揺する。
あの時、ルシアンはベゼルに《隕石爆撃》を行ったと言っていた。数十個の隕石を降らせたと。しかもその時に数百キロ離れていたセレスティアン王国の王都まで地震が伝わって来た。それほどの威力だったはずなのだ。
だと言うのにベゼルは無事だと言う。
その反応に気を良くしたのか、リナレスが饒舌に話し始めた。
「あの方はなぁ、いつもアタシらを守ってくれるのさ。この国はいたるところに魔獣の群生地があるから生活は危険と隣り合わせだ。その上魔獣に対抗するためにこの国じゃ力の強ええ奴が偉いって風潮がある。荒くれ共が多いこの国にあってあの方が魔王でいてくれるようになってからどれだけ争い事が減ったか」
途中から恍惚としたような表情で話すリナレスの姿に若干引き気味になる怜人とエレイーナだが、隣に立つマルファスは苦笑しているだけだ。やはり慣れているらしい。
「あの方が戴冠した50年前からこの国は変わった。お前らが何人勇者を召喚しようともあの方は負けやしねェ。あの方がいる限り負けやしねェんだからな!」
「……あの方、ね」
「レイトさん?」
ご高説を聞きながら、何故か怜人の胸の中にはもやもやとした感情が芽生えていた。
エレイーナの呼びかけはそれを察したからだったが、怜人の耳には届いていない。
「50年もおもりをさせられてるなんて、魔王様とやらも存外不憫な生き方をしているようだな」
「あァん!?」
ビシリ、と一瞬で額に青筋を浮かべるリナレス。右手が剣にかかっていたが、その手の上からマルファスが押さえていた。マルファスが押さえていなかったら今のは間違いなく抜きざまに首を狩られていただろう。鍔がガチガチと音を立てていた。
「どういう意味ですか? レイト殿?」
鼻息を荒くして剣を抜こうとするリナレスに代わって訊ねるマルファス。声こそ相変わらず落ち着いたものだが、目が真剣だ。
「言葉通りさ。さっきそこの脳筋エルフが言った通りなら、50年も一人で戦わされてる魔王様とやらが不憫だと思っただけだ。お前ら、見たところ国の中でも精鋭の部隊なんだろ? そんな連中が、国王の武力を一番あてにしてるなんてどんだけおんぶにだっこ何だと思ってな」
「テメェ……!」
ガチガチと鍔元で音が鳴る。さらに抜く力を籠めたようだ。
「大体王様ってのは国の運営が仕事じゃないのか? そんな王がいち武将みたいな仕事までさせられて、誰か代わってやろうって言う奴とかいないわけ? 本当にクズみたいな国民を持っちまった魔王様とやらに同情するよ」
「その首叩き落とす!」
リナレスが叫ぶのと同時、怜人の目の前で甲高い音が鳴る。
怜人の目の前には真紅の正六角形の
リナレスよりも恐ろしい速度で錫杖を突き出しているのは、マルファスだった。
「取り消しなさい。我らが魔王様への侮辱は許しません」
「おいおい、神官がしちゃいけない顔してるぞ。と言うより神官が殺生なんかしていいのか?」
「ご心配には及びませんよ。我らが神アッカドは『富み、殖えよ』という言葉と共に、そのためならば『敵を討て』とも説かれておいでです」
「それはまた物騒な神様もいたものだな」
剣呑な笑みを浮かべるマルファスの顔は、既に優し気な神官の物ではない。どう見ても捕食者の笑みだ。
「……おいマルファス! そいつはアタシの獲物だぞ!? 横取りするんじゃねェ」
「すみませんが騎士団長と言えどここは譲れません。魔王様を侮辱したものに罰を与えねばなりませんから」
「あー、めんどくせえ。二人一緒に相手してやるから外に出させろ」
言い合いを始めた2人に怜人はそう言い放ったのだった。
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