第19話 暴力の矛先
「ギュギャ、ギャギィ?」
「うむ? どういうことだ?」
狂ったように笑い声を上げていたファームベルグだったが、ニルゼググが奇妙な声を上げたために笑いを止めた。
まるで会話するような雰囲気。だがニルゼググは剣だ。まともな人間がこの場にいれば奇妙な光景に見えただろう。
「魔力が食えないだと? だが確かに心臓を喰ったはず……いや、こいつはまさか……」
驚きに目を開いたファームベルグが、地面に倒れ伏したミリアへと手を伸ばす。その時だった。
「ああああああああああああ」
地面を蹴って宙に踊る怜人の顔は、怒りで我を失っているように見える。
その様子に落胆のため息をつく。
「破れかぶれの特攻か。見苦しいぞ」
そう言いながら右手のニルゼググを持ち上げた。
左腕は魔力で止血しているが失われたままだ。だがどこから魔力の光線が発射されるか分かっている上、光線はニルゼググが吸収できる。片腕でも余裕を持って倒すことが出来ると確信していた。
あっという間に距離を詰めた怜人の周囲に星のように無数の光点が生まれ、その全てから無差別に地上へ向けて赤い光線が放たれるまでは。
◇
自分へと地表を舐めながら照射される光線に、ファームベルグは迷わず後退した。ニルゼググで防ぎ切れるような数ではなかった。
「今までのは本気ではなかったと言うことか?」
鞭のようにしならせたニルゼググでいくつかの光線は受け止めたファームベルグ。そこへ一瞬の躊躇もなく怜人が飛び込んできた。
「ああああああああ!」
「ぬぅっ」
その瞬間、二人の間から火花が散り金属同士が噛み合うような音が響く。
赤く照らされたそこには、怜人の手から円形に伸びた赤色の光線が高速で回転し、チェーンソーのようになってニルゼググを削らんとしている光景があった。チャクラム、あるいは円月輪のようなそれは、確かな刃となって火花を散らしている。
「ふは、はははは! そうか、やはりまだ力を隠していたのだな!? ならばまだまだ戦えるな!」
「っガアアアアアアアア!」
怜人は手に握った円月輪でニルゼググを振り払う。
「この私の遊びに付き合うと言うのなら何でも構わんぞ! やれ、ニルゼググ! 喰らい尽くすがいい!」
その叫びと共に、怜人の手の中の円月輪がニルゼググの剣と当たって火花を散らしているところへ口腔が移動してくる。
「ギョギョギョギョ」
ガッチリと咢に円月輪が噛み合わさり、ニルゼググがそのマナすべてを喰らい尽くそうと試みて来る。
円月輪を構成している赤い光は強まって眩いほどだ。
ニルゼググはそれを噛み喰おうと乱杭歯をぎちぎちとさせる。
だが――
「――何故だ!? 何故喰えない!?」
円月輪の光は強まるばかりで全く喰われる気配を見せないでいた。
むしろその逆。
怜人の体に纏っているマナの量はさらに増えている。激増したマナは怜人の体を血管の如く這いまわり、赤い魔力光を放っていた。
「バカな、こんな速度で吸収されて生きていられるはずがない! 全身の魔力を吸い上げられて干からびるのがオチだぞ!?」
正気か!? というファームベルグの問いは、怜人の獣の如き叫びにかき消された。
「グオオオアアアアアアアアア!」
円月輪を振りながら、肩の少し上に展開させた光点から光線を発射させる。手元の円月輪をニルゼググで防ぎながら、ファームベルグは軽やかな足取りで無差別な軌道を描く光線を避け続ける。
「もはや本当に正気ではないというわけか……くははははははははははははははは!」
いきなりファームベルグが顔を押さえながら大声で笑い声を上げる。
同時にニルゼググがファームベルグを中心に円を描くように大きく広がった。勢いに押されて怜人は弾き飛ばされる。
「よい! よいぞ! 貴様らは二人とも私を楽しませる天才だな! よかろう、貴様がまださらに強くなると言うのならば私もより強くならねば失礼という物だな!」
そう笑いながらファームベルグのすぐそばに、ぷらりとニルゼググにつり下げられたそれを持ってくる。
斬り飛ばされたファームベルグの左腕だ。
「喰っていいぞ」
「ギャギャギャギャギャギャ」
ニルゼググが奇声を上げながら、口の中へファームベルグの左腕を着いたままだった手甲ごと放り込む。
バリボリと音を立てながら腕が咀嚼される。ごくりとかみ砕かれた腕が飲み込まれると、ニルゼググの金の双眸が激しく光る。
「ふはははははははははは!」
「ギャギャギャギャギャ!」
それと同時にニルゼググの刀身に無数の光点が生まれ、次の瞬間には長く伸びた剣のいたるところに目と口が並んでいた。ギラギラとした金の瞳と、すべての口腔に収束し始める黒い光が怜人を出迎えた。
「さぁ、これで同じだな?」
一斉に解放された黒い光線に、怜人も赤いマナの光線を放って受け止める。だが威力は向こうの方が上だ。ニルゼググから放たれた光線に《マナシールド》を張るものの、耐えられるのはほんの一瞬。脆くも崩れ去るシールドの陰から逃げることしかできない。
今や雨あられと光線の爆撃を受けているのは怜人の方だった。
「さぁ、私を倒して見せろ! 私を楽しませろォ!」
「ギャギャギャギャギャ!」
「ガアアアアアアア!」
再び獣のように咆哮を上げ、ファームベルグへと襲い掛かる怜人。
だがその視界に、ファームベルグとニルゼググ以外の物が映って一瞬硬直する。
同時に、ファームベルグの口から空気が漏れるような声が上がった。
「は、ァ?」
「ギャゲッ!?」
ずぶり、と沈み込むような一撃が背後からファームベルグを襲っていた。脇腹から、短剣が一本突き出してきている。ファームベルグが無理矢理に首を背後へ動かして、可動域の限界から目だけを後ろへ向けて、そこに黒髪の少女がいることに瞠目する。
「ミリ、ア……」
怜人の口からその名が零れ落ちる。
その瞬間、怜人の体からすべての力が抜ける代わりに真っ白だった視界が元に戻った。
頭の中は混乱でおかしくなりそうだった。まるで全身が鉛になったかのように重い。首をわずかに動かして、ファームベルグたちの方を見るのがやっとだった。
「貴様ッ……やるではないか」
ファームベルグの口から出たのは称賛の言葉だった。口元の笑みを凄惨に浮かべている。
背後に立つミリアの表情を怜人は見ることが出来なかったが、手にはしっかりと短剣が握られている。胸にこみ上げるのは安堵だった。
死んだと思った。
もう助けられないのだとも。
助かるはずのない傷だと言うことは、怜人にもわかっていた。だがそれでもそう考えずにはいられなかった。もし迷わずにミリアと一緒に戦っていれば、助けられたかもしれない。
その後悔の念が、限界を無視した無謀で理性を失った攻勢へと怜人を駆り立てていたのだ。
(立てよ、俺……! ここで助けなきゃ、何のための力なんだよッ!)
だが内心に反して体は全くいうことを聞かない。
理性を失った突撃のために、怜人は《マナジウム結晶体》から限界を超えた量のマナを吸い上げた。だがそれは体の耐久限界を超えた酷使だ。体は本当に動かない。
「さぁ、続きだ! 私はまだこの程度では死なんぞ! 貴様も貴様もかかってくるがいィ!」
あたりを滞空するニルゼググの剣から、無数の口腔がファームベルグの背後に立つミリアへ照準を向ける。
一斉に黒い光が放たれようとして――ぐらり、とミリアの体が傾ぐ。
「あァ?」
ファームベルグの間の抜けた声とは無関係に、ミリアの体は数回転がってファームベルグと怜人の真ん中までやってくる。
「あ、あ……」
怜人の口から嗚咽のような声が漏れる。
ミリアの体は、ひどい有様だった。
目は石を感じさせないまま半開きで、どこにも焦点を結んでいない。胸の真ん中に空いた風穴からは、未だに血が少しずつ流れ出ていた。それでも胸はわずかに上下していて、ギリギリ生きていることが見て取れる。
そんな状態で、ファームベルグを背後から刺したのだ。
なぜそこまでできたんだ、という怜人の疑問は微かに動いたミリアの口元から理解した。
にげて。
音にすらなっていないそれを怜人は理解してしまった。
こんな状態になってもまだ、ミリアは怜人たちを守ることを諦めていない。
「何で、だよ……何でそこまでするんだ」
出会ったのはわずか数日前の事だ。
ここまでしてもらうような関係はないつもりだった。目の前の光景が涙でにじむ。蚊の鳴くような声を漏らしながら怜人はわずかでもと手を伸ばすがミリアの元までは届かない。
だが、ファームベルグはそんなことは微塵も興味がない様子だった。力強く地面を蹴りつけてありったけの言葉を叫び出した。
「ここまで盛り上げておいて? おいおい、それはないだろう!? ふざけるなァ、ふざけるなよォ!? ここから私たちは死力の限りを尽くしてお互いを殺しつくす場面だろう! だと言うのにどうして今ここで力尽きてしまうんだ!? こんなのイく直前でお預けを喰らったようなもんじゃないかァ! やり直しだ! やり直しを要求するぞ! さぁ立てェ、立ってこの私に光線を浴びせろ! ナイフを突き立てろォ! 憎しみのままに臓物を引き出すのだァ!」
その叫びは、けれど空しく草原に響くだけだった。
怜人もミリアも何の反応も返せない。
「つまらン、つまらんつまらん! 期待外レ――ゴフッ!?」
ファームベルグが口上の途中でこみあげてきた血を吐き出したのだ。
それも当然と言えば当然。脇腹には未だにミリアの短剣が突き刺さったままなのだから。
「ぐ、ゴフッ、ゴホッ……く、ははははは。期待外れではあったが……貴様らの剣、確かに届いていたようだ」
そう言いながら、ニルゼググの長さが縮む。スルスルとファームベルグの手元へと戻って行き、最後には通常サイズの剣になった。双眸と口腔の数も一つだ。
そしてその一つに黒い光が収束する。
向こうも限界なのだと、霞む視界で怜人は察した。
だが、その一撃があれば二人分の命を奪うことは造作もない。
ファームベルグが幕引きを確信して再び口元を吊り上げる。
その時だった。
「うわああああああああああ」
「きゅおおおおおおおおおん」
大声を上げながら、すぐ脇を白い毛玉が駆け抜けていく。
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