第9話 繋がれた鎖と首輪


 連れ去られていた人々の大半は城の地下牢で見つかった。彼らは衰弱していたがひどいけがをしている者もおらず、すぐに自分の足で牢屋を出ることが出来た。

 城の地下も地下、長い階段の先の隠し部屋のさらに奥にあるこの場所にはさすがにその声は届かないが、地上では再会を喜び合う民たちの声が響いているだろう。

 だが見つかったのは連れ去られた内のおおよそ半分程度。問題は残りの半分だった。


「これは……坑道か?」


 そう呟く怜人の前にはぽっかりと穴が広がっていた。地面の上には古びたレールがずっと奥まで伸びている。明らかに自然にできた洞窟ではない。人の手によって掘られた人工物だった。


「そうですの。調べて下さった方の話ではグラウラス山脈の西側まで続いているそうですの」

「街から向かって南西の方に伸びてる……獣王国の方ってことか?」

「……ええそうですわ」


 不機嫌さを隠そうともしないエレイーナ。だがそれも当然だろう。獣王国の方までこの坑道が伸びていると言うことは――


「人身売買、それも国外相手にか……」


 獣王国は獣人種が多く住む国だ。そして奴隷制が採用された国なのだと言う。

 坑道は明らかにここ最近作られた様子ではない。つまりギンドロが最近始めた偽教団の活動以前からこの領地では獣王国を相手にした人身売買がまかり通っていたと言うことだ。


「この領地の異常なまでの安定具合はこれが理由ってわけだな」

「ええ。恐らく元々飢饉の折にはここから領内の人間を獣王国へ送り込んで代価を受け取っていたのだと思われますわ」


 吐き気を催すような所業を想像して怜人は顔をしかめた。

 この一月で誘拐された人間の半分は見つかっていない。恐らくここから既に「出荷」された後なのだろう。


「今さっき、アーデ姉さまに連絡をしましたわ。本来であれば国境から離れられないアーデ姉さまですけれど、この国の将軍であるアーデ姉さまならばこの手の汚職等の制裁もお仕事の内ですの。ましてや他国も絡むこの事態、行方不明者もアーデ姉さまに任せておけば安心ですのよ」

「そうか……なら、もう俺達がやることはないな」


 そう言って振り返ると後ろに立っていたミリアが頷く。


「これで満足か?」

「また、レイトに助けられた。感謝する」

「だったらもうこういうのはなしにしてくれよ。俺達は追われてる身なわけだからな」

「それは無理」

「おい」


 即答だった。


「ボクのこの生き方は変えられない」

「生き方?」


 ミリアの顔は真剣だ。怜人が思わず聞き返してしまうくらいに。


「ある人から教わった。『力ある者は力なきものを守る義務がある』と。そして『力はそのためにあるのだ』とも」

「それは、確かに間違いじゃないが……」


 ミリアの言っているのは間違いじゃないが理想論だ。

 そのことを怜人は嫌というほど知っている。

 人間は際限なく堕落する生き物だ。守ってもらえると分かれば寄りかかり続ける。守ってもらえないと分かれば声高に糾弾する。

『どうして守ってくれなかったのか』と。

 瞼の裏に、考えうる限りの罵声を浴びせかけて来る無数の人々の姿が映る。誰もかれもが怒りに目を染め、絶望に涙している。

 耳にこびりつく無数の声を振り払うかのように頭を振って、大きく息を吸う。そこまでして怜人はようやく自分が今いる場所を思い出す。あの日から続く、怜人を縛り付けている鎖の形がこれだ。

 だから怜人は人と関わることをやめた。

 誰にも期待しないし、期待されたくなかった。

 だがそれをミリアに言ってどうなると言うのか。怜人はミリアと出会ってまだ数日しかたっていないのだ。自分の人生観は自分の物だ。ミリアに押し付けるべきではないだろう。


「だけど」


 ミリアの口から洩れた言葉はなぜか嬉し気で意識を持っていかれた。


「ああやって皆で力を持つ、というのは想定外。やったことがなかった。そのおかげで、捕まった人達、何人かは助けられた。だから、感謝」


 そう言ってふんわりと笑うのだ。

 怜人はその笑顔が綺麗で、固まってしまう。


「ちょっとあの~、わたくしもいるんですのよ? お忘れにならないでくださいまし?」

「あ、ああそうだったな」


 エレイーナの言葉に我に返ると、ミリアの表情はいつも通りに戻っていた。

 急にああいう表情を見せるのは反則だと思う。


「そんなことよりも、そろそろこの首輪外してくださいな! 言われた通り協力しましたでしょう!」

「そうだったな」


 実際エレイーナの情報は役に立った。

 ギンドロの事も、城の地下に何らかの抜け道があるだろうと言うのもエレイーナからの情報だった。曰く王都にもあるから、らしいが。

 そしてこの騒動を収めるためにはきちんとした地位のある人間が必要だった。その伝手をエレイーナには頼んだのだ。


「ほらほら、早くしてくださいまし」

「分かったって。……ところで誰を呼んだっていったっけ?」


 いそいそと首に巻いたスカーフを外そうとして、きつく結んでしまっていたそれに悪戦苦闘するエレイーナに尋ねる。


「それはもう、最強のカードでしてよ! アーデお姉さまは我が王国最強の将軍ですの」


 胸を張ってそう主張するエレイーナ。


「ほぉう。それはすごい姉なんだろうな」

「ええ、もちろんそうですの! 鉄血将軍とまで恐れられているお姉さまですから不正は絶対許しませんわ!」

「なるほどな……で、俺の事は?」

「もちろんもう話してありますの! この街の領主の他にも大罪人がいることを!」

「へぇーえ」

「……ハッ!? 誘導尋問ですの!?」

「お前がべらべらしゃべっただけだろうが!」


 そう叫ぶとともに怜人は足早に歩き出す。


「ちょ、ちょっとどこへ行くんですの!?」

「今すぐ街を出る。ミリア、ユーノを連れて街の入り口で集合だ。俺は不足してる物を買ってくる」


 ミリアはコクリと頷くと足早に駆けて行った。

 怜人もそのあとを追おうとして、急に服の裾が重くなる。


「何掴んでるんだよ」

「あ、ほら。しっかりと仕事を果たしたわたくしにご褒美がございますでしょう?」


 そう言いながら首に巻かれたチョーカーを指さしてくる。


「ざけんな! 王宮から適当な奴に伝えて代官を呼べばよかったのに余計な奴まで呼びやがって、誰が外すか馬鹿!」

「ば、バカ!? 馬鹿ですって!? この高貴なるわたくしに向かって何たる言いぐさ!」

「うるさい付いてくんな!」

「離れられないんですの! チョーカーのせいで! ですから早く外してくださいまし!」

「外したら俺の邪魔をするだろうが。誰が外すか!」

「あーもう、どうしろってんですのよ!?」


 喚くエレイーナと共に、怜人は階段を昇り始めた。

 どこか人気のない場所でエレイーナを撒く算段を立てながら。

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