第6話 異端審問官


 続けてガンガンという荒々しく戸を叩く音。声の下へ視線を向ければ、そこにいたのは紫のローブを着た集団。揃いの仮面で顔を隠した彼らは、開かないドアに対してもはや殴打と言っていい強さでノックをしていた。


「何だ、あいつらは」

「あれは《教団》の異端審問官たちですのよ」

「人族以外をこの国から追放するために活動しているっていう、あれが?」


 怜人が指さして確認する先で、ついに異端審問官を名乗る者が扉を蹴破った。最初から打ち合わせてあったのだろう、他の異端審問官たちが速やかに家の中へと押し入っていく。

 それと同時に家の中から悲鳴と共に、まだ10代くらいだと思われる年齢の少女が引きずり出されてくる。目に涙を浮かべ、抵抗を続ける少女。大きな声で「放して!」と叫ぶもその頬に異端審問官の平手が飛ぶ。


「口答えをするとは何事か! 我らはこの地の領主オルバス・ルスタ様の勅命で動いているのだ。その御意志に反すると言うのであれば家族もろともにこの場で反逆罪に問うてもいいのだぞ!」


 恫喝するような男の声だ。少女は「ヒッ」と短い悲鳴を上げ、ガタガタと歯を鳴らすことしかできないでいる。その様子に満足した異端審問官が周囲を固める他のメンバーと、外周から固唾をのんで見つめている野次馬に視線を移した。


「いいか! 我らはこの地のために人族以外全てを排斥するのだ! 我ら由緒ある《教団》の名の下、この活動は領主様と国王陛下もお認めになっておられる! 従え!」


 その叫びに周囲を囲む野次馬たちは顔を曇らせながら俯く。中にはこぶしを握って震わせている者達も多い。

 その中の一人が「由緒って……せいぜい10年くらいじゃねーか」とポツリ呟く。

 ピタリと動きを止めた異端審問官が、その顔を愉悦の笑みに歪めたのが仮面越しでも分かった。


「んん? 羽虫が何がほざいたか? ああ、貴様も下等な亜人種の仲間だな!? 今この場で裁いてくれよう。抜剣許可!」


 その号令と共に異端審問官たちが一斉に剣を抜く。全員の視線が声の上がった辺りを向き、その周辺にいた人たちが我先にと逃げ出した。


「これでは誰が言ったか分からんな。仕方がない。国王陛下に対する反逆だ、許すわけにはいかぬ。逃げる者全員を殺せ!」


 号令をかけられた異端審問官たちが一斉に動き出す。仮面を着けていても分かる。彼らの目には明らかに暴力に飢える光が宿っていた。


「あいつら……!」


 その理不尽な様に怜人は怒りを覚える。たとえ国王が許したのだとしても、人の命をあんな風に奪うなどあってはならない。異端審問官に追い立てられる人々の姿が、以前の異世界で魔物に襲われる人々に重なった。

 だが怜人は指先にマナを収束させようとしたところで止めてしまう。

 本当に今手を出していいのか? それは彼らの救いになる行動なのか?

 疑念が不安へと代わる。

 ここで彼ら異端審問官の横暴を止めることが出来たとして、その先彼らを助けることが出来るのか。自分たちは急ぐ旅をしている。ましてや追手もかかっているのだ。

 幸い異端審問官たちが追い立てている群衆は怜人たちが立つ方とは逆だ。このままひっそりと立ち去ってしまえば見咎められることはないだろう。


「ミリア、ユーノ。今のうちに行くぞ――おい?」


 返事がなく振り向くと、すぐ傍に居たはずのミリアがいない。


「ミリアは?」

「あ、お姉ちゃんならあそこです」


 そう言ってユーノが指さした方向は野次馬たちの向こう側。


「ハァッ!」


 異端審問官たちのただ中だった。


   ◇


 ミリアの振り下ろした短剣二刀はあっさりと市民に振り下ろされようとしていた剣を弾き飛ばした。


「は?」


 呆けた声を上げる異端審問官。目の前に立つミリアと、剣が消えた自分の手元で視線を往復させている。そんな相手にミリアは容赦なく蹴りを食らわせて吹き飛ばした。


「ぐぇっ」


 蹴り飛ばされた異端審問官が引きつぶされたカエルのような声を上げるよりも先に、ミリアは走り出しすり抜け様に他の異端審問官たちも打ち据えるか剣をはたき落としていった。

 その様を見て怜人は肩に重たいものが乗ったような疲れを感じずにいられなかった。


「あいつまた……!」


 この街に来るまでの途上でも、盗賊に襲われている馬車や野生の獣に襲われている旅人などをミリアは気が付くと助けに走っていた。どうやらそう言う者を見過ごせないらしいことを理解するのにかかった時間は3日ほどだ。

 仕方なく怜人はいつでも加勢に入る準備をしながらミリアの動きを観察することにした。


「な、何者だ!?」


 ようやくバラバラに民衆を追いかけていた異端審問官たちが襲撃者に気が付いてまとまり始める。誰何の声に、けれどミリアは全く反応することなく異端審問官の群れに飛び込んだ。

 ようやくと言っていいほど今更にミリアへ向けられる剣は、けれど全く届かない。ミリアの動きが異端審問官たちの動きの倍は素早く動く上、両手それぞれに握られた短剣が別々に動いて異端審問官たちをあっという間に伸していくからだ。

 とは言えこの状況はミリアが強いからではない。

 異端審問官たちが弱すぎるのだ。

 遠目に見る怜人からしても剣はほとんど手入れされていなかったし、どいつもこいつも明らかに体を鍛えている人間の動きではない。


「あいつら本当に領主直属の異端審問官ってやつなのか?」


 そんな疑問を抱くほどだった。


「ええい! 軟弱者どもめ! これではギンガロ様に申し訳が立たん。娘、貴様だけでも連れて行く!」


 無理やり少女の腕を引っ張ろうとした異端審問官の動きが止まる。見れば足元に頭から血を流した中年の男がひっついていたのだ。


「お願いでございます……娘を、娘を連れて行かないで下さい」


 かすれ声での嘆願。

 返答はぎらつく刃だった。


「この私に汚い手で触れるな下民風情が!」

「お父さん!」


 少女を掴むのとは反対の手で、剣が振り下ろされた。

 だが――


「ぐぅぉっ!?」


 怜人の手から放たれた光線がその剣を弾き飛ばした。


「さすがにこれ以上は見てられないか」

「もうとっくに介入するつもりだったじゃないですかレイトさん」


 群衆から一歩出て、手を押さえる異端審問官に近づいていく怜人。隣を歩くユーノの顔には仕方ないなぁという笑いが浮かんでいた。じろりと視線を送るとユーノが「だってこの街に来るまでもそうだったじゃないですか」と笑う。確かに結果的にミリアを追って怜人も助けに入ってばかりだったが、怜人自身は誰でも助ける主義があるわけではない。

 ただ、目の前で理不尽に殺されそうとしているのを見過ごせなかっただけだ。


「きさっ、貴様らッ!」

「はい、うるさい黙る」

「うぐぉぇっ!?」


 ひゅんひゅんと飛んでいった光線が少女を掴みあげている手に当たり、離れると同時に反対側の肩を撃つ。半身が後ろに下がったところで今度は腰、足、また肩、腕と撃っていくとまるで壊れたマリオネットの様に体がぐらぐらと後ろへ後ろへ下がっていく。

 当然光線の威力はかなり控えめにしてある。ほとんど非殺傷設定だ。ミリアも怪我はさせているようだが誰も殺してはいないようだし、ここで殺すのも後々揉める原因になりそうだから気を使うことにした。


「この、馬鹿にしおって!」


 怒鳴り声を上げながら異端審問官は剣を失った手で短杖を引き抜いた。恐らく魔法を発動するための物なのだろう。

 屈辱に塗れた怒りで震える異端審問官だったが、その背後から風の様にミリアが駆け抜けて来る。


「よう。終わったか?」

「終わった」


 怜人の問いにミリアはコクリと頷きを返してくる。


「なっ、は?」


 その背後で怒りに震えていた異端審問官が自分の手にしていた短杖が半ばから切り落とされているのを見たのか硬直した。と。同時に顔につけていた仮面も真ん中からぱっくりと割れる。

 仮面の下から現れたのは20代くらいと思しき男の顔だった。どこにでもいるような普通の顔。


「あ、あいつイルディアム子爵家の三男坊だぞ!?」

「ああ、あの最近うるさく女の子に付きまとっていた」


 仮面の下から現れた顔を見て、周囲の野次馬が騒ぎ出す。どうやら意外と顔の広い男の様だった。それもあまりよくない意味でだ。

 そんな周囲の声を聴いて自分の不利をようやく悟ったのか、イルディアム子爵の三男は少しでも顔を隠そうと腕で顔をかばう。


「きょ、今日の所はこれくらいで勘弁してやる! くそっ、貴様ら道を開けろ!」


 そう捨て台詞を吐きながら、異端審問官はどたどたと走って行く。


「あ、おい。こいつらも連れてけよ!」


 ミリアが伸して、意識を失って地面に転がっている他の仲間たちを指さすが、イルディアム子爵の三男は全く振り返ることもせずに去ってしまった。


「ま、いいか。起きてる奴らに何とかさせれば」


 武器を半ばからへし折られて、精神的にも折れた連中を見て怜人はそう呟く。


「あ、あの」


 そこへふと声をかけられた。ついさっき引きずり出されていた少女だ。


「助けてくれてありがとうございました」

「いや、俺はただ成り行きで手伝っただけだから」


 そう言ってミリアの方へと視線を向けると同時、周囲にいた野次馬がわっと声を上げてミリアへ駆け寄って行った。


「お前さん強いな!」

「いやぁスカッとしたぜ」

「あいつらいつもあんな横暴でさ!」

「ありがとう。ウチの旦那も連れてかれちまって戻らないんだ。ありがとう」

「おねーちゃん強いね!」


 群衆の声は皆明るい。まだその辺に教団の連中が倒れていると言うのに全く気にする雰囲気はない。どうやら連中に対して相当鬱憤が溜まっていたようだ。

 そんな群衆に囲まれてミリアはただ冷静に、


「出来ることをしただけ」


 というだけだった。


「本当に、助かりました」


 ミリアではなく、怜人にかけられたその言葉に振り向くとユーノに肩を貸された中年の男がいる。


「お父さん、大丈夫!?」

「なんとかな……」


 頷く父親の脇でユーノが怪我を見て顔をしかめた。


「レイトさん、こちらの方の怪我を治療したいんですけど」

「分かった」


 そう頷いてやると、ユーノは父親に肩を貸して彼の家の中へと向かった。


「あの、良ければ中へどうぞ。そちらの子も」


 少女にそう言われて、怜人も後に続いた。

 ミリアだけは群衆から抜け出るのに時間がかかっていたが。

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