第4話 そのやり方は認められない
騎士から無理やりに聞き出したところ、ここは王城の敷地内にある魔法の研究施設らしかった。つまり研究の必要物資として魔力を回復する薬は常備されていた。
「ここか」
やってきたのは召喚の間の二つ下のフロアだった。埃っぽいその部屋の中には所狭しと様々な物品が押し込まれていた。奥の方に薬品棚があるのを見つけて進もうとした怜人だったが、がちゃがちゃと音がする。
「あんた、確かファームベルグ」
「貴様は……」
そこにいたのは召喚の間で出会った騎士団長ファームベルグだった。
だが振り返ったその顔を見て怜人は言葉を失う。
「あんた、その顔どうしたんだよ……」
召喚の間で見たファームベルグの顔は、大柄な体躯に反してとても整った容貌だった。だが今振り返ったその顔は左半分が爛れ、崩れ落ちている。グロテスクで奇怪な顔だ。
「ああ、これか。あのギードとか言う女の霧を浴びてからこうなってしまってな。これは呪いだよ。あの女め厄介なことをしてくれたものよ」
喉の奥で低く笑うファームベルグは、ぎょろりと突き出た左目も相まって恐ろしい雰囲気だった。
「だったらさっさと治療してもらえよ」
ゆっくりと振り返ったファームベルグの手には剣が握られていた。
「この呪いは城の医者たちでは治せん。だが、普段魔法師団が牛耳っているこの塔の倉庫になら、治療できる物もあるだろう」
「で、見つかったならさっさと出て行ってくれないか?」
「そのつもりだったのだが、なっ!」
ゴウ、と積み上げられた資材の間を駆け抜けてファームベルグが一気に距離を詰めて来る。
「いきなりかよっ!?」
咄嗟に怜人は背後に跳びながら指先から連続して光線を射出。弾幕を張るが、ファームベルグは体の前に構えた剣でいともたやすく防いでしまう。
「嘘だろっ!?」
咄嗟に張ったエネルギーシールドの盾で剣を受け止めるも衝撃を殺し切れない。フルスイングしたバットに弾かれるようにして背後に転がって壁に激突する。
「ふむ、いったい何を斬ったのかよくわからんが貴様、やるではないか。ハズレとは言えさすが勇者。人外の能力だな」
「そいつはどうも。光線を斬るとかあんたこそ人間じゃねえよ」
顔を上げると剣の一撃でそこら中にあった物資が全て吹き飛んで倉庫がガラクタ置き場の様になっている。ファームベルグがその中央で剣を手にこちらを見下ろしていた。
手に握られている純白の剣は質素だが纏う雰囲気が重厚だ。幾ら光線の威力があまり高くないとはいえ、簡単に弾かれるようなものではない。
「その剣、かなりの名剣だな」
「物を見る目はあるようだな。これはこの鎧と一対として力を発揮する《聖鎧剣・ニュルンヴォルグ》。貴様如き下賤の物を斬るには余りある名剣よ」
にぃ、と口元を歪ませるファームベルグ。崩れた顔も相まって壮絶な雰囲気を出している。
「おいおい、とても国王を守る親衛隊の隊長がしていい顔じゃないぞ」
「フン、元より戦働きこそが我が生きがいよ。敵を斬れるのならば陛下のことなど別の者に任せるさ」
「お前それでも親衛隊隊長かよ!?」
「そう、この私こそが親衛隊隊長ファームベルグである!」
再び駆け出すファームベルグに光線を一気に発射する。だがファームベルグは異常な動きで体に当たる光線だけを剣で受け止めはじき返した。
「ホントに人間か!?」
「指の向きと目の動きを見ればこの程度分かるとも!」
光線を前にして全く怯むことのないファームベルグ。足止めすらできず距離を詰められてしまう。振るわれる剣は豪速で、躱し続けられているのは奇跡に等しい。
状況を打開する手を怜人は見つけられずにいた。
光線の攻撃は剣で弾かれる。
シールドは受け止めこそできるものの、勢いを殺すことは出来ない。
ガラクタを踏みつけながらの回避はいずれ限界を迎えるだろう。
このまま逃げるしかない。
徐々にそんな後ろ向きの思考に染まり始める。
そもそもこんなところで戦っているのだって、あのミリアという少女に半ば脅迫されて戻って来たからに過ぎない。本来であればあのまま城を抜け出してこんな面倒な奴らとはサヨナラできたはずなのだ。
「こんな状況で考え事とは余裕だなっ!」
「しまっ!?」
振り下ろされた剣をとっさにシールドを展開して受け止める。だが恐ろしい力で振り下ろされた剣は、怜人の動きをそのまま拘束する。怜人の展開するシールドは、怜人の体から数センチの位置に平面に展開されるもので、その相対位置は必ず一定になる。故にシールドの上から押さえつけられると動けなくなってしまう。
「このまま目障りな盾ごと斬ってくれるわ!」
「くぅっ」
シールドに罅が入って怜人は焦る。
物理的なものではないシールドだが当然限界はある。このままでは間違いなくシールドが破られる。その時には怜人の体は真っ二つだろう。
逃げよう。
そう今度こそ考えた時だった。
吹き飛ばされた扉の入り口から叫び声が聞こえる。
「レイト!」
ユーノを背負ったミリアだった。
背負われたユーノは未だぐったりとして目を閉じたままだ。
「な、なんで」
思わず口走るが理由など分かり切っていた。いつまでたっても戻って来ない怜人に業を煮やして降りてきてしまったのだ。ユーノの容体は一刻を争う状況だった。それでも体を動かすのは危険だからと言って上に置いて来た。
「ほぉう、虫が増えたか。ちょうどいい。全員殺してやろう」
「あんた、狂ってるな」
「狂っているとも。長い間戦場に出ることもできず、ずっと鬱憤が溜まっていたのだ! 今ここで貴様らに八つ当たりしたとて誰にも咎められはせん。絶好の機会なのだからな!」
「そんなこと、させない」
「ぬっ!?」
入り口から飛び込んで来たミリアの気配を感じたのか、ファームベルグが離れる。振り下ろされた二本の短剣は空を切った。
「大丈夫?」
「ああ、悪いな。助かったよ」
ミリアに礼を言って立ち上がる。
「どこの誰かは知らないが、武器を手に立ちはだかると言うのならばお前も敵だ! この私の剣で裁いてくれよう!」
そう言って笑い声をあげるファームベルグにミリアが顔をしかめる。
「あれ、なに? 頭のおかしい人?」
「俺にもわからねえよ。多分それで合ってるだろ」
「死ねッ!」
ミリアとのやりとりに怒ったわけではないだろうが、ファームベルグの剣が今までで一番早く振り下ろされた。
それをミリアが交差させた短剣で受け止める。
ズン、という重音を響かせてミリアの足元の床が放射状にひび割れる。ファームベルグも大概人間には見えないが、ミリアも常人を逸脱している。
「ミリア!」
「ボクの事は良い。あの子を、ユーノを助けてやってほしい」
ミリアが剣を受け止めながら言う。その言葉は相変わらずあまり感情を感じさせない物だったが、微かに懇願するような響きがあった。
「だ、だけど……」
「はやく!」
ミリアの切実な叫びと共に、剣がいなされ床に勢いよく激突する。一瞬上がった土煙を裂くようにしてファームベルグとミリアが切り結びながら飛び出して来た。ファームベルグの剣の鋭さはさらに上がっているようだった。対するミリアは受け止めて弾くのが精いっぱいの様子だ。このままでは遠からず躱し切れなくなることは間違いないだろう。
「く、クソがっ」
ファームベルグの視線はもうミリアしか見ていない。真正面から戦って切り結べる相手を見出して、顔がさらに喜色に染まっている。
階段の上を見上げる。
寄りかかった状態で座らされたユーノは動く気配を全く見せない。ミリアの言う通りに彼を連れて逃げるべきなのか。
だがその場合ミリアは見殺しになってしまうだろう。ファームベルグは目の前の獲物を逃がしはしまい。
ミリアは紙一重で攻撃を躱し続けている。
だがそれは長くは続かないだろう。それでもミリアは必至でファームベルグに応戦していた。ユーノを助けるために。怜人を逃がすために。
自分のためではなく。ただ他人のためにだ。
ふっと、怜人はなぜか理解してしまった。
ミリアは自分が死ぬことを何とも思っていない。
彼女の目的は最初からユーノを救出することだった。今はそこに怜人も入っている。
「ふざ、けんなよ」
そう思った時に怜人の中に湧き上がったのは怒りだった。
そんな風に考えているミリアの甘さにイライラした。
まだ名前程度にしか知らない相手だったが、昔の自分に――異世界に転移して勇者としてもてはやされただ他人のために戦っていた頃の頃の自分に重なる。
力任せに振り上げられた剣がミリアの短剣を弾き飛ばす。ファームベルグが勝利を確信した笑みを浮かべそのまま剣を振り下ろす。
「ふっざ、けんなああああああああああ」
「ぬっ!?」
剣が振り下ろされるよりも先に怜人はファームベルグの懐に全力の体当たりをした。さしもの騎士団長も不意を突かれたようで、体が大きくよろける。
その隙にミリアの襟首をつかんで距離を開けた。
不思議なものを見る目でミリアがこちらを見上げて来る。
「なんで」
「何でもクソもあるかこの馬鹿が!」
感情のままに叫ぶ。
「何で助ける対象に自分の命を含めてねえんだよお前は!」
「ボク、の?」
怒鳴りつけられたにもかかわらず、ミリアはそう言われたことが理解できないような顔をしている。まるで自分の命など最初から全く価値を感じていないかのようだった。
その様子がさらに怜人の怒りに拍車をかける。再び叫ぼうとして、けれど力強く歯を噛んで抑える。何がそうさせているのかは分からない。
だがミリアにとってユーノの命が最優先で、自分の命にまるで頓着していない――その中に怜人の命も含まれている。ついさっき会ったばかりの怜人の命よりも自分の命が軽いのだ。そんな異常な考え方が怜人は許せない。
「いいから黙ってろ。今すぐお前もユーノも助けてやるから」
そう言ってファームベルグに視線を移すと、彼はニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「ずいぶん大きく出たものだな、この私を倒すと言うのか? お前の攻撃は私には全く効いていないと言うのに?」
「そうだな。できればこれは使いたくなかった」
キッ、と鋭い視線を向けるとファームベルグが顔を強張らせる。怜人の本気が伝わったのだ。今まで浮かべていたニヤニヤ笑いを引っ込めて、剣を正眼に構える。
「いいだろう。どんな攻撃だろうとこの《聖鎧剣・ニュルンヴォルグ》で切り裂いてくれよう」
「やれるもんならやってみな」
その言葉と共に、心臓の後ろ側に埋め込まれている《マナジウム結晶体》から全エネルギーを解放する。
あたり一帯の空気がピンと張り詰めた物に塗り替えられた。
それは正面に立つファームベルグもより隙を少なく剣を構えたことで分かる。同様に背後にいるミリアも体を強張らせ、怜人の背中を見つめてきていた。
後には引けない。
次の一撃で必ず仕留める必要がある。
怜人の中で最後の決意が固まった。
「見せてやるよ。俺の最強の一撃を」
「来るがいい!」
怜人の体を流れるエネルギーが全て右目へ収束する。力の高まりを感じて、怜人は発動に必要な最後の詠唱を一息に唱えた!
「喰らえッ! 《目からビィィィィム》!」
「は?」
「え?」
高まったエネルギーが指向性を持たされて、一気に放出される。
怜人の右目の瞳孔を起点として発射された光線は、眼前数センチの部分で膨張し極太の光線へと変貌。怜人の眼前全てを真紅の光に染め上げてファームベルグへ直進した。
「お、おおおおおおおおおお!」
一瞬怜人の口から放たれた詠唱に虚を突かれたファームベルグだったが、かろうじて心を持ちなおして全身に気合を漲らせ剣を振り下ろした。
だがまるで滝の奔流を直接受けるかのようにして一瞬でその体は消え去る。
真紅の光線は直進してそのまま塔の壁を破壊。エネルギーが拡散する百メートルまでを薙ぎ払ってようやく止まる。後には溶解した床と、風通しのよくなった塔の壁があるだけだった。
「……ヨシ!」
その光景を見て怜人が快哉を叫ぶ。
それと同時にすぐ目の前にファームベルグの剣が風を切りながら落ちて来る。大きな音を立てながら地面に突き立ったその剣は、あれだけの光線を受けながら全く曇りがなかった。
「レイト、今のは」
呆然とした顔でミリアがふらふらと寄って来る。
「言うな」
「何であんなダサい名前の攻撃なんですか?」
半眼でジト目を作るミリアに怜人が顔を真っ赤にして叫んだ。
「うるさい言うなって言ったろ! そう言う詠唱なんだよ!」
恥ずかしさをごまかすように《聖鎧剣・ニュルンヴォルグ》を地面から引き抜く。
「だからあの攻撃は使いたくなかったんだよ!」
怜人は剣を振り回しながら羞恥に悶える。
以前、異世界へ転移した時に女神からくじ引きでもらったこのハズレアイテム《マナジウム結晶体》は女神からのアイテムとして十分な力を持っていた。だがハズレアイテムとしての由来はその使いづらさにある。
基本的に攻撃力がさほど高くない光線しか出せないのだが、必殺技を出すためにはあのこっぱずかしい上にめちゃくちゃダサい技名の詠唱を毎回要求されるのだ。
詠唱なしで光線を発射すると、通常通りの威力しか出ない。
「なるほど、それで使いたくなかったと」
「そうだよ。だから使うのは今回だけだ。ほら、とっととユーノを助けられる薬を探すぞ。あの戦闘狂のせいであたり一面ガラクタだらけだ」
「そうだね」
ミリアは頷くとすぐさま倒れた薬棚の捜索に入る。ファームベルグが最初に漁っていた棚だ。顔の崩れを治すほどのアイテムが入っていたのなら、魔力を回復させる薬くらい入っていてもおかしくない。そう思って、怜人もその周辺を捜していたのだがほどなくしてミリアが見つけた。
「あった、これなら……」
手の中にある青い小瓶を大切そうに抱えながら、入口へと駆けてゆく。瓶にはラベルも張られておらず、怪しさ満点だったが今はミリアを信じるしかない。
「ユーノ、お願い。飲んで」
そう言って口元に瓶を当てるが、口は動かない。ユーノのその様子を見たミリアは一切ためらうことなく瓶の中身を口に含んだ。
そしてユーノの口を無理矢理に開かせると、自分の口を押し当てる。
口移しで無理矢理に飲ませたのだ。
一瞬、ミリアの行動に呆然とした怜人だったがユーノの喉が動いて薬を嚥下したのが分かるのとほとんど同時に、その小さな体の中でわずかばかりだが魔力が回復し始めたのを感じた。
薬を飲ませ終わったミリアが口を放して、自分の口元に垂れた薬を袖でぬぐう。そのしぐさに謎の色っぽさを感じてしまう怜人だった。
「魔力は回復し始めてる、大丈夫そうだな」
自分の抱いた感情を隠すためにそう告げるも、ミリアの視線は心配そうにユーノを見たままだった。
「……そろそろ城を脱出するぞ。塔の下の方に兵士たちが集まってるみたいだからな」
《マナ感知》で探れば、魔力がちらほらと感じ取れた。どれもファームベルグと比べれば小さい物だが数が集まれば邪魔にはなる。
「……うん、行こう」
頷いたミリアの脇からユーノを自分の背中に背負う。体は小さく重いとは感じない。かなり華奢な少年だった。
急にユーノを背負った怜人に一瞬驚いたようだったミリアだが、すぐにその顔を薄っすらと笑みに染めて口を開いた。
「レイト」
「何だよ」
「ボクは今まで誰かに守られると言うことをした経験がなかった。だから……あなたに助けられたのが嬉しい」
「……そうかよ」
ぞんざいに、答えると何故かミリアが少し声を出して笑う。
「でも《目からビィィィィム》は面白い。また今度見せて欲しい」
「バッ、馬鹿野郎! もうやらねえからな!?」
怜人の焦ったような声に、ミリアが今度こそ笑い声をあげた。
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