第3話 同行者の謎


 塔の入り口から中をのぞき込むと見た限り人の気配はない。

 その様子を見たミリアが悠々と中へ入ろうとするのを手で制す。


「何」

「ちょっと待て」


 不機嫌そうな顔をするミリアを止めて、怜人は気配を探る。感覚をどんどん広げていく感じだ。すると塔の上の方に巨大な魔力を持った数人の気配と、一般人よりは多い魔力を何人も感じる。これは他の召喚者達と騎士達だろう。だが先ほどまでに比べると動きがほとんどない。そう言えばさっきから戦っているような物音もしなくなっていた。さらに感覚を広げるとずっと遠くから集まって来る小粒の魔力を感じる。恐らく先に塔を脱出した国王が呼んだ援軍だろう。

 《マナジウム結晶体》は周囲のエネルギーを敏感に感知できるのだ。


「上にまだ面倒な連中がいるな。あとは遠くから多分兵士が何人もここを目指してる」

「何故分かる」

「俺の能力みたいなもんだよ。《マナ感知》だ。自分以外のエネルギーとか魔力に敏感なんだよ」

「それは便利。上のはどうする?」

「構わないが厄介だぞ? あいつらも俺と同じ召喚者だ」


 一人はもういないが、後3人いる。

 この内ルシアンの魔力は意識を集中させるまでもなくビンビンに感じるほど強い魔力を放っていた。


「あんなのがいる中でどうやって助けるか……」

「全員殺せばいい」

「短絡的だな」

「とは思うがボクは今諸事情で力が制限されている。あなたと同レベル以上の相手だと言うのなら、少し考える必要がある」


 と、短剣をちらつかせるミリアにため息をついたところで頭上から爆発音がする。思わず二人そろって首を竦めるほどの大音量だった。

 見上げると、塔の上部分が吹き飛んでいる。頭上までその瓦礫が向かってきていることに気が付いた怜人はとっさにミリアの腕をつかんで塔の中へ押し込んだ。

 すぐ後ろで地面に落ちて来た瓦礫が幾つもバウンドして転がっていく。まるで瓦礫が雹のようだ。そして同時にバリバリと言う大きな音と振動が足元から伝わって来る。


「な、なんだありゃ!?」


 怜人が口をあんぐりと開けてみた先で、地面を突き破って小型の帆船が浮かび上がってくるところだった。その帆船は、綺麗に整えられていた庭園を下から破壊し上へと昇って行った。

 《マナ感知》で見ていた限りならば、塔の上の方で召喚者の一人を乗せてどこかへ飛び去って行くようだった。

 小型の帆船が完全に遠のいたところでようやく怜人は安堵の息をついた。


「あっぶな……大丈夫だったか?」


 そう訊ねて振り向くと、なぜかそこでミリアはぽかんと口を開けている。


「おい、どうした。怪我でもしたのか?」

「い、いえ。大丈夫」


 慌ててミリアの体に怪我がないか視線を走らせると、何故か顔を赤らめて口ごもる。


「そうか? ならいいけど」


 疑問に感じながらも、怜人はそれ以上追及することはなかった。そんなことより今がチャンスだった。


「行くぞ。今の爆発で上にいた連中がほとんどいなくなったからな」

「いなくなった?」

「爆発した直後、遠くに飛んでくのが見えた」


 帆船が上に上がったタイミングでもう一度見た時にはもうマナ感知に召喚者たちの気配はなかった。数人、魔力の反応があるだけだ。

 行くなら今が好機だった。

 塔の中は中心に円形の部屋があり、その周囲を長い螺旋状の階段が取り囲んでいる様式をしている。正面一階の扉は閉ざされており、気配を確認した限りでは人はいなかった。


「よし、行こう」

「どこまで」

「一番上だ」


 その言葉と共にミリアが猛ダッシュする。階段を二つ飛ばしで走っていくのだ。

 怜人はその背中に引き離されまいとスピードを上げる。ミリアの動きはネコ科の動物を思わせるしなやかなもので、その速度は常人ではありえないものだ。

 怜人もまた《マナジウム結晶体》からマナの供給を受けて身体能力を強化してどうにか後に続く。一瞬だけミリアがこちらを振り返り、満足そうにうなずいて速度を上げた。

 途中いくつか扉の前を通り過ぎて、ようやく階段が途切れる。


「ここね」

「ハァハァ……お前、速過ぎ」


 開け放たれた扉の前に立ち、部屋の中を見回しているミリアの後ろにようやく追いついた怜人は肩で息をしながら抗議するが、ミリアは一切気にすることなく部屋へと足を踏み入れた。

 部屋の中は惨憺たるありさまだった。

 天井は消失し、壁もほとんど吹き飛んでいた。天井を支えていたいくつかの円柱があちこちで崩れ、床に描かれた魔法陣を埋めていた。そして怜人の《マナ感知》によれば、その瓦礫の下に何人か生き埋めになっている騎士がいるようだった。


「まぁ死にはしないだろ」


 そう考えて見過ごすことにする。

 今重要なのは、部屋のあちこちを不用意に触って確認しまくっているミリアの友人とやらを見つけることだ。


「いたか?」

「いない」


 わずかにしゅんとした表情。

 少しだけミリアの感情が読めるようになってきた。


「あなたの感知で見つからない?」

「……気配はないな。もし魔力を完全に失っているなら俺の《マナ感知》じゃ見つけられないぞ」

「まだ生きてるなら、完全に魔力を喪失してはいないはず」


 そう言ってこちらに目線を送って来るミリアに「分かった分かった」と言いながら改めてマナ感知を使う。

 周囲の床、瓦礫に埋まって数人の小さな魔力の気配これは無視した。

 しかし隣に立つミリアの魔力は全く感じられない。そのことに動揺しかけるも、今はそれを気にしている場合ではないと考え直す。さらに集中して調べた怜人は、床の下に本当にわずかだが小さな魔力を感じることに気が付く。


「そこだ」


 怜人が指さすと、ミリアが一瞬で飛びついて床を調べ始めてすぐに呼んでくる。

 床にかがみこんだミリアが指さしている場所には取っ手があった。どうやら引くタイプの様だ。


「あなたはあっち」


 少し離れたところにある同じものを指さすミリア。どうやら目的の人物はこの召喚の間の床下に埋められているらしい。


「せーので引く」

「分かった」


 グリップに手を掛ける。


「せーの」


 ミリアの言葉と共にグッ、とグリップを引き上げた。

 すると目の前の床が蒸気を噴き上げながら持ち上がり始めた。円柱状に切り取られた床が上昇し、その下にあった物が姿を現す。

 それは巨大なガラス製の円筒容器だった。ありていに言えばSFで出てくるような培養槽か何かだ。

 その培養槽の中に一人男の子が倒れている。


「ユーノ!」


 ミリアが上昇を止めたポッドに飛びついて扉を開ける。


「しっかりして。ユーノ」


 ぐったりと横たわった男の子を抱き起すミリア。男の子は7歳くらいだろうか。顔つきがまだ幼い。ミリアに体を揺すられるがユーノと呼ばれた男の子は目を固く閉じたまま反応することはなかった。ミリアは青白い顔に手を触れて、冷たさに驚いたようだった。慌てて口元に耳を当てて、さらに顔を青ざめさせる。


「どうしよう。ユーノ、息してない」

「……馬鹿言え、まだしてるっての」


 泣きそうに顔をゆがめたミリアの隣に座って、ユーノの口元に耳を寄せると微かに息をしているのが分かった。


「でもこのままだと本当に死ぬかもしれない。原因に何か心当たりはないか?」

「それは、多分魔力枯渇。ヒトは魔力がないと死ぬ」


 その言葉に息をのむ。目の前のミリアこそ、全く魔力を持っていないのだから。


「……確かにこいつの魔力はほぼないが、お前もないだろ?」

「僕はちょっと特別。今は魔力を使い果たしてるけどその内戻る。この子とは……体の造りが違うから」


 そう言ってミリアは目を逸らす。

 どうやらミリアも普通の人間という訳ではないらしい。


「あんまり参考にはならなそうだな。んで、魔力枯渇になった人間は普通どういう対処をするんだ?」

「普通は魔力が回復するまで魔力を使わなければ自然に治る。緊急の場合は魔力を回復する薬を使うけど……今はない」

「そうか。……他人から魔力を分けてやることは出来ないか?」


 怜人の《マナジウム結晶体》ならばそれが出来るかもしれないと思った。

 だがミリアは首を横に振る。


「ダメ。拒絶反応を起こして普通は死ぬ。よほど魔法の腕がなければ無理」


 確かにルシアンが騎士の手から魔力を流して確認していた。魔力を流された騎士は体中から血を流して死んだのを思い出す。


「……なら、どうにかその魔力を回復する薬とやらを手に入れるしかないか」


 ここは召喚をするための塔のようだ。もしかしたら研究のためにそう言った道具もどこかにあるかもしれない。そうじゃなくても国王が召喚者達を連れて行こうとしていた城の方には医局くらいはあるだろう。王城内の医局ならそのくらいあってもおかしくない。

 だが、ユーノの様子を見れば事態は一刻を争う。できればこの塔の中にあって欲しい。

 怜人は感知を使って瓦礫の下に倒れている騎士を引きずり出す。


「うっ、た、助かった……」

「おい、まだ助かってねーぞ」


 そう言いながら怜人は指先に収束させたビームを発射する。光線は鎧の首元の部分を溶解させた。騎士の視線がそれを見て大きく開かれる。


「この塔のどこかに魔力を回復させる薬があるだろう。場所を教えろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る