第7話 オレは知っていたんだ
カンナがゆっくりと目を開けると、見知らぬベッドの上だった。自分が倒れてしまったことは覚えている。意識が遠くなる時、レナルドが駆け寄ってきたことやマリ様が何やらさけんでいることも記憶に残っている。しかし、ここは、、、
あたりを見渡すと、こちらを覗き込んでいる女性と目が合った。
「お目覚めですか、お嬢様は疲れが溜まって倒れられたようなんですよ、今日は起き上がらないようにとお医者様からの指示がありました」
「お医者様、、、そう、最近あまり眠れなかったから。その、ここはどこでしょうか」
「カフェ・ベルンの向かいにあるホテルの一室です。マリ様が全部手配をしたので、心配なさらないでください」
「ああ、マリ様にご迷惑を」
「大丈夫ですよ。わたくしはマリ様付きの侍女ですから安心してくださいね。マリ様は今日はご公務がありまして、代わりにわたくしがいるのです。なんでもおっしゃってください。それよりも、お腹は空いていませんか?とりあえずお水を」
なんとか上半身だけ起こして、女性に渡されたお水を飲む。上等な寝間着が着せられているが、これもマリ様の指示だろう。
「ありがとうございます。食欲はないんです、それより、、、早く帰りたいんです」
女性は、ベッドの側の椅子にすわりながら、言いにくそうに口を開いた。
「あの、お嬢様のお家のことなんですが、今は帰れないんです」
「どうしてですか」
「昨夜、お家に賊が侵入して、家の中を荒らしました」
「なんてこと!」
「何かを探していたようです。すぐに捕らえられたのですが」
「すぐに?」
「実は、前々からお嬢様のお家は、マリ様の命令で常に兵士が監視しています。彼らがすぐに動いたので、特に被害はないと思われます」
「・・・そう、、、」
「不快に思われるかもしれませんが、こういうことも想定されていました」
「オレから、その続きを説明してもいいだろうか」
レナルドの声が部屋の中に響いた。
女性は「本当に我慢が出来ないのですね」とつぶやきながらレナルドに席を譲り、「一応軽いお食事を用意してまいります」と部屋を出て行った。
「大丈夫か?」
「はい、色々ご迷惑をおかけしたようで申し訳ございません」
「いや、そんなことはない、なんなら全責任はマリ様だしな」
「そういえば、私はどのくらい寝ていたのでしょうか」
「君が倒れてから丸一日ってとこかな、よほど疲れていたんだろう。色々驚かせてしまって申し訳ないと思っている」
なんだかしょんぼりしているレナルドは、濡れそぼった子犬のようだ。いつもの威圧的な態度もどこかへ行っている。
「あなたが私に近づいてきたのは、ルージュが危険だからなのですね」
「そうともいえるし、そうでないともいえる」
「ちゃんと答えてください、どこまで知っているんですか」
レナルドはカンナの顔をちらりと見ながら続けた。
「駆け落ちした二人がいただろう?口紅で相思相愛が判明したとかで」
「ええ」
「その時点で、マリ様はとんでもない事をしたと気がついた」
「そう、、、確かに私もそれを聞いてもうやめようと、、、」
「問題が大きくなる前にと、マリ様から相談を受けたときに、口紅のこともすべて聞いた。でも、関わった女性たちの顔ぶれを見ると、とても公にはできなかった。王太子だって関わっていたしね。
それに、作った魔女の真意も分からなかった。もしかしたら、マリ様を利用して何やら企んでいるのかもと怪しんだ。そもそもあれは感情を支配するものだから」
「はい、今ならわかります。疑われてもしょうがありません」
顏を項垂れながら、カンナは小さな声で答えた。
「それでオレが単独で調べることにした。もちろん、マリ様は君には悪意がまったくないと主張した。なんなら試してみたらと言ってきたんだ、君を守るためにね。オレも、どのくらい危険なのか検証したかったし」
「それで、、、突然夜会に来るように言われたのですね、、、ある男性からルージュの秘密を書いたメモを取り返してほしい、と」
「まあ、そんな雑な依頼で来るのもどうかと思ったけど」
「マリ様は、たった一人のお友達なんです。数回しかお会いしたことはありませんが、それでもはじめて魔女じゃなくて私本人に興味を持ってくれた方なんです。舞台を語り合える人が出来るなんて思ってもみなかった。その、おこがましいですが、、、
だから、マリ様が困っているなら何でもやろうと。そう思ったんです」
レナルドはハンカチを取り出して、ポロポロ流れているカンナの涙を抑えた。カンナの涙を拭くのはもう趣味のようなものだ。
「言い方が悪かった」
「いえ、大丈夫です。そう、あの夜会、、、私と2人で会ったことは、その、記憶があるんですか」
「あるよ。毎日思い出している」
傲慢な騎士様を魔女のルージュでメロメロに!〜魔法は消えたはずなのに、どうしてグイグイ来るのですか? 柴犬 @maruyoko
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