第21話 行方不明者
「さて。じゃあ、帰ってお昼の準備を……」
しようか、と声をかけたとき、「おーい」という呼びかけと、近づいてくる駆け足に気づいた。
振り返る。
ちょうど自分たちが来た方向から、ふたりの男性が腕を振りながら近づいてきた。
まだ年が若い。三十代というところだろうか。
「あんたたち、この道をずっと歩いてたのか?」
太り気味の男の方が、肩で息をしながら志摩と奏斗に尋ねた。
「おばちゃんの雑貨屋で、さっきまでラムネを飲んでたんだ」
奏斗は知り合いなのだろう。気さくに話しかけ、首をかしげた。
「どうかしたのか?」
「
「忠司?」
奏斗と声がそろう。
「佐々木忠司。昨日の晩から姿が見えないらしい」
「昨日の晩、って……。あ⁉ もう、道が開通したのか⁉」
声を弾ませる奏斗に、男たちが首を横に振って見せる。
「まだだ。まだ、開通してない。それなのに、忠司がどこにもいなくって……」
「今、
「忠司って、新婚じゃなかったっけ? 奥さん心配してんじゃね?」
奏斗が尋ねる。男たちは顔をしかめた。
「まあなあ……。あれだけ忠司が惚れて、おれらも嫁取りに手伝わされたぐらいだから、失踪じゃないと思うんだけど……」
「へー……。あの真面目そうな男が大恋愛?」
奏斗が苦笑いする。
「大恋愛っていうか……」
「忠司の愛が重すぎるな……。あいつ、幼稚園の頃から好きだったんだろ?」
「
志摩からすれば、初恋を貫いたのなら、純愛だと思うのに、男たちはどうにも複雑な顔をしている。
「消防団で知ってるんだ。分団違うけど」
ひとり話題に取り残されたと思ったのだろう。奏斗が小声で教えてくれた。
「忠司って、真面目を絵にかいたような男だけど……。急に、村の女の子と結婚したんだよなぁ。なんか、ばたばたー、っと」
「まあ……。忠司が責任取るって形でな」
男たちが思わせぶりな目配せをしているが、奏斗は気づかないらしい。
「決まる時はあっさり決まるもんだなぁ。いいなぁ」
若干うらやましそうに奏斗が言うから、男たちはあきれて彼を小突いた。
「お前は責任とってないだけだろ」
「そうだよ。学生時代は、本当に次々と……」
「言い方悪ぅ。おれは責任取りたかったんだぜ? それなのに、女が逃げるんだよ」
奏斗の言葉を男たちは流し、再び顔を引き締めた。
「とにかく……。ひょっとしたら山狩りになるかも。そのときは、奏斗にも声をかけるから、よろしくな」
細身の男が両手を合わせて奏斗に頭を下げる。
「別にいいけど……。佐々木家が、失踪……ねぇ」
奏斗は眉を曇らせた。
「じゃあ、また」
戻っていく男たちをしばらく眺めていたが、奏斗に声をかけられ、志摩は彼を見た。
「なんか、変じゃね?」
「そうだね……。どこ行ったんだろう」
頷くと、奏斗は口ごもる。そのまま、歩き始めた。
「なに? どうしたの」
その後を追って尋ねると、奏斗は、がりがりと首の後ろを掻いた。
「いや……。みんな、本家だな、とおもって」
「なにが」
きょとんと目を丸くすると、奏斗は指をさす。
方角は、村の北東。竹林が目立つ山際だ。
「斜面を滑って竹で怪我した羽村のおっさん。そんで」
次に北へと指先を移動させる。
示すのは、同じく村の際で、檜林が並ぶ山裾。
「軽トラで転倒した安室のじじい。それから」
ぐるり、と身体をねじる。
次に奏斗の視線がとらえたのは、ドクターヘリが降り立った南西の放棄田。
こちらも直ぐ側にあるのは、岩場の目立つ山肌だ。
「加賀家の当主も昏倒してドクヘリ。おまけに……」
さらに身体を回す。
東南を指した。藤蔓の絡まる低木が広がる山。
「佐々木家もこうやって行方不明」
羽村、安室、加賀、佐々木。
奇しくも、〝厨子の祝祭〟を取り仕切る六家のうちの四家だ。
奏斗の言う通り、いずれも、本家。
六家は、村を取り囲む山の裾に点在し、村の住人は、この六家のいずれかの分家だ。
ぞ、っと背筋に冷たいものが走った。
思わず、村の南を見る。
そこにあるのは、祖母の家。
七塚家も、六家のひとつだ。
自分にも。
何か起こるのではないのか。
「変じゃないか? やっぱりこれ……」
「お厨子が……。関係してる?」
志摩は呟く。
六家を巡る厨子。
それは現在。
歩みを止め、七塚の家にある。
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