エピローグ

 結論から言えば、先輩は助かった。 かなりの出血で一時は危なかったらしいが何とか一命は取り留めたそうだ。


 守口先輩はその後逮捕された。 菅居はそれでも先輩のことを諦めないで時折は拘置所まで面会に行っているそうだ。


 大学も辞めたが、ときおりメールで近況は伝え合っている。 


 安雄は安雄でしばらくはふさぎこんでいたが、やがて復活して僕とはまた昔のように同じ友人関係を続けている。


 それでも安雄も菅居も塚原先輩のことを口に出すことはない。 あまりにも今回のことは大きかったのろう。


 僕も口に出すことはない。 いまさら話すこともないのだから。


 そして数ヶ月の入院の末、塚原先輩は大学を辞めた。


 元々、先輩の行動は問題にはなっていたそうで、今回のことで大学側も動き出したことで自主退学となったそうだ。


 結局、あれから僕は先輩とは会っていない。 


 先輩の消息はたまに噂として、傷が元で死んだとか、外国に留学したとか、地元の先輩と結婚したとか、どれも有りそうで無さそうな話だけが思い出しように聞こえてくるだけだ。


 やがてそれも秋が来て、冬が終わり、そして新入生の入ってくる春にはすっかりと聞こえなくなった。


 まるで先輩が最初から居なかったように誰の口の上にもあがることはない。


 そしてその間に僕の方はというと恋人が出来た。


 ゼミの後輩でたまたま飲み会で隣の席になって話すようになって、僕の方から告白して付き合い始めた。


 彼女のことはもちろん好きだ。 セックスだってした。


 いまはたまに泊まりに来るので半同棲のような間柄になっている。


 それでも僕は塚原先輩のことを忘れられたことはない。


 いま思い返してみてもやはりあの人のことは理解はできないし、一生理解できることはないだろう。


 なのに雨の日なんて、特に思い出してしまう。

 

 でも塚原先輩はやってくることはない。 当たり前だけれど。


 ときたま雨が降ると、彼女と一緒に居るときでさえ、あの人が来訪してくるんじゃないかと考えてしまうことがある。

 

 いつものようにノックをして、酒を買ってきて『久しぶり~、元気だった?』なんて言いながら。


 けれど同時にあの人とは二度と会わないという確信もあった。


 だってあの人は刻みつけたのだから。 僕の心に。 あの人自身を。


 それを叶えてしまったのだからもはや僕は用無しだろう。


 それをホッとしつつもなんだか寂しくも思えてしまうからこそ、彼女は永遠に風化することはないのだ。


 まさにあの人の望みどおりに。


「ねえ、煙たいから窓を開けてよ…」


 エアコンを少しだけかけて、涼しくもからっとした部屋の中に満ちる煙と香りに彼女がまどろみつつそれを嫌がる。


「ああ、ゴメンゴメン」


 上体を起こして窓を少し開けた。


 途端に湿った空気と雨の匂い。 そして雨音が強くなる。


「ねえ、雨が降るとやたらタバコを吸うけど…なんで~?」


 何も知らない彼女がうっとりとした瞳で僕を見上げている。 


 僕は何て答えればいいのだろう? 少しだけ考えて、こう答えることにした。


「雨の日はさ、なんだか寂しくならないかい?」


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『塚原先輩は雨の日に』 中田祐三 @syousetugaki123456

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