第50話 修学旅行1日目−7

(なんだかやたらと昔のこととか恋愛関係のことを探られる1日だったな〜…疲れたぁ)


 俺は修学旅行初日の夜、風呂上がりに旅館のロビーで寛ぎながらそう思った。

 一緒に入ったクラスでも話せる間柄の大下、青木、そして三井は先に部屋に戻っていた。

 俺は汗掻きで、風呂の後はなかなか汗が引かないのもあって、少し涼んでから部屋に戻ろうとしたのだった。


 ちなみに田川雅子御一行を発見して逃亡した三井は、なんとか態勢を立て直して今一度話せるチャンスを作りたいと言っていたので、明日の軽井沢散策の時にでも力を貸してやろう、そんな流れになっていた。


 そんなことや、突然中1の時の黒歴史を持ち出してきた羽田結子についてとか色々考えていたら、不意に声を掛けられた。


「よお、…上井」


 声のした方を振り返ると、そこには最近距離を置かれていると感じていた村山が立っていた。


「おぉ。久しぶりじゃの、村山」


「ん…まあな。お前の姿は嫌でも見えとったけど」


「嫌でも、ってなんやねん。何か俺に話でも?」


「ちょっと…な。横、ええか?」


「ダメ」


 俺は村山が、多分重たい話をしたがっていると思い、ワザとそう返した。


「ダメじゃと言われても座っちゃる」


「じゃあ最初から聞くなっつーの」


 村山は俺が座っていたソファの隣に座った。しばらくは沈黙が覆った。その間も、奇数クラスの風呂上がりの生徒が、俺と村山の側を通り過ぎていく。女子が通ると、高校生にもなったからか、少し鼻腔を刺激する香りを漂わせている生徒もいた。


「…上井さ、最近どうよ?」


 久しぶりに村山と話したが、この聞き方をしてくる時はほぼ間違いなく村山に悩み事がある時で、しかも大抵は恋愛面の悩み事だ。

 最近は部活の時に、廊下にポツンと佇んで悩んでますアピールを見なくなったと思っていたが、そんなことをする余裕もなかったのかどうなのか?それとも恋愛面の悩みではないのか?とりあえず恋愛関係だろうと探りを入れるように、俺は答えを返した。


「最近かぁ…。まあ部活はご存知の通りで。あと恋愛は相変わらず縁遠い日々じゃ。村山は?船木さんの後に誰か好きになった女の子でもおるんか?」


「まあ、な」


「へぇ。良かったやん」


 この時点で俺は、村山が新しく好きな女子が出来たことを、率直に喜ばしく思った。俺と同じで、なかなか過去と決別出来ない性格だからだ。


「で、それは誰なん?俺に言えるような相手?」


 俺は少し慎重に探りを入れた。


「そうじゃのお…。もしカップルになれたら、お前に明かすよ」


 …この時点で俺は不思議な気持ちが湧いていた。だが敢えて突っ込まなかった。俺と同じような性格なのは分かっているので、村山自身もその女子の名前を明かして、失敗したら恥ずかしいと思っているからだろう、そう俺自身の中で納得させた。


「そうか。その報告しにきたん?なーんかそれだけじゃないような気もするけど」


「…やっぱりお前は鋭いな。最初に言うたじゃろ、お前は最近どうよ?伊野さんと話せたか?神戸とはどうや?」


「その2人のことか?…伊野さんはサッパリ。神戸…さんは少々」


「ふーん…。少々って、夏の合宿の時の会話のことか?」


「んー、まあ体育祭の時もちょっと…いや、あれは喋っとらんしのぉ」


「なんや?それは」


 そうか、俺自身村山との距離を感じ、前なら神戸と体育祭の日に手紙のやり取りをした、というようなことも話していたのに、そんなことも話していなかったということに今更ながら気が付いた。


 久しぶりに手紙のやり取りをしたが、お互い他人行儀な敬語満載の手紙が一往復しただけだ、ということを俺は村山に説明した。


「そっか。まだぎこちないんじゃの〜」


「多分、直接話したら、もう少し気楽に話せたかもしれん。でも先に敬語満載の手紙をくれたんはアッチからじゃけぇ、コッチとしても砕けた文章なんか書けんし」


「そんなもんなんか…。お前にとって神戸って、今はどんな存在や?」


「ん?今は?…そうじゃなぁ…」


 神戸とはいまだにギクシャクした関係だ。


 だが一生喋るものかと怒りに満ちていた1年前に比べると、怒りの気持ちは薄れてきたように思った。

 大村と付き合い始めて、もう1年以上経つのもあるかもしれない。


(あの2人には敵わない。こんなに長続きしとるんは、相性がええってことじゃろうし)


 半年で愛想を尽かされた俺なんかより、神戸にとって大村という彼氏は、充分に彼女の理想の彼氏なんだろう。だったらもう神戸に対する怒りも心に仕舞って、普通に話し掛ければ良いのかとしれない。だが…


「なんかもう、意地になっとる自分がおるよ」


「意地?」


「ああ。たった半年で俺をフッた元カノが、その後はやることなすこと全部上手くいっとる。それに対してフラれた俺はやることなすこと失敗ばかり。どうしようもない差、壁を感じるよ。じゃけぇ意地になって話さんようにしとるんかもしれん」


 俺は一気に思いの丈を喋った。但し、若本については言及を避けた。だが村山は意外なことを言った。


「お前、そんなに自分を見下すなや。まあ恋愛面では俺も責任を少しは感じるけぇ、アレじゃけど…」


「じゃけど…?」


「お前は頑張っとるよ。生徒会役員に吹奏楽部の部長に。後輩達とも上手くやれとるし。正直、お前が羨ましいけぇの、俺は」


「え?馬ヤラシイ?」


「アホか!…変わらんのぉ、そういう部分は。じゃあまだ安心じゃの、まだ…」


「安心なわけあるかよ。不安じゃけぇ、こんなこと言うとるんよ、俺は」


「そんなもんか?でもやっぱり安心じゃ、お前とこんな話するん、久しぶりじゃけぇ」


「まあ、そうやな」


 俺は村山に、ワザと俺と距離を作っていたのか、それとも成り行きなだけでしばらく話せなかったのか、よっぽど聞いてみたいと思ったが、止めておいた。


「お前に新しい好きな子が出来るんは、いつになりそうや?」


「へ?唐突やな」


 村山は突然そんな話を持ち出してきたが、本来はコレが俺に話し掛けてきた一番の狙いではないかと思った。


「最近、そんな話もしとらんかったけぇ、伊野さんや神戸を忘れさせるような子はお前の前に現れとらんのかと思うて」


「まあ…」


 俺はさっきは伏せた若本の二文字を言った方が良いのかなとも思ったが、村山の言葉を借りようと思った。


「もしカップル誕生ってなったら、お前にも教えるよ」


「なんかさっき聞いたような…」


「まあええじゃろ、そんなのは」


 俺はこの時、若本の名前を出すべきだったのか出さなくて良かったのか、分からない。

 分からないが、事態は予期せぬ方向へ動き始めた。


<次回へ続く>

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青春の傷痕 イノウエ マサズミ @mieharu1970

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