第49話 修学旅行1日目−6(野口視点)

「上井くん、やっと思い出した?」


 と、アタシの隣にいる友達は言った。


 2年生になってからは、1年生の時のような感じでは上井くんと話せなくなっていたけど、この修学旅行みたいに上井くんが普段の役職を離れて過ごすようなイベントなら、何処かで話せるかな?とは思っていた。


 でもいきなり初日の夕方、1人でお土産通りを歩く上井くんに遭遇するとは思わなかったな。アタシと同じで、クラスの友達はあんまり作ってないのかな?

 普段の部活で他の部員と楽しく話してる


「確か、緒方中では…というか、高校でも一緒のクラスにはなってないよね」


「ほうじゃね〜。でも上井くんはアタシのことをよく知らんと思うけど、アタシは上井くんのこと、よぉ知っとるよ。ずっと隣のクラスじゃったけぇね」


「そうじゃったっけ?まぁ自分は、中学の時はそんな目立っとらんし、今も出来るだけ目立たんように…」


「アハハッ!どーこーがー?中学の時は体育祭で実況しよったじゃろ。あれ、ぶちウケたけぇね」


 えっ?上井くん、中学の時にそんなことしとったん?だから喋りとか上手いんかな?


「あ、アレは…。古舘伊知郎のマネしただけで…。でも、よぉ覚えとるね」


 上井くん、汗を掻いてる。こんな所は変わらないな。


「それに生徒総会!ワザとか偶然か分からんけど、挨拶した後に椅子からコケたじゃろ?」


「まだそんなこと言われるかぁ~。アレは黒歴史じゃけぇ、忘れてほしいんじゃって…」


 そんな会話をしているアタシの隣にいる女子の友達は、2年のクラス替えで一緒になった子。


「でも上井くん、凄いよね。中学に続けて高校でも吹奏楽部の部長しとるんじゃろ?」


「よ、よくご存知で…」


「だってマユが教えてくれるんじゃもん。ね?」


「はいっ?あ、そうそう、そうなんよ」


 なんかアタシまで汗掻いてきた。


「逆に羽田さんのことをもっと知らなくちゃ失礼ですよね」


「やーっと名前で呼んでくれた!でもまた敬語に戻りよる!ワザとじゃろ〜」


 夕食前の自由時間、お土産屋さん巡りに付き合ってくれたのは、2年のクラス替えでアタシの真後ろに座っていて話すようになった、羽田結子ちゃん。

 話してる内に緒方中卒業ってのが分かって、じゃあ上井くんって分かる?って聞いてみたら、よく知っとるよ~、でも多分アタシのことを上井くんは知らんかもしれんけど、って教えてくれた。


 5組には何故か吹奏楽部の女子が集まってて、アタシの他に太田さん、広田さん、そしてチカがいる。でも何故か男子の吹奏楽部員はいない。

 部活の時はチカ、太田さんとパートが一緒だからよく話すけど、クラスでは羽田結子ちゃんとよく話す。

 お互いに下の名前で呼び合ってて、マユ、ユウ、って呼ぶけど、今は上井くんの前だからなんか恥ずかしかった。


 ユウは、上井くんとチカの間で起きた中学の時のことも知っていた。


『だからアタシ、神戸さんとは相性が悪いかもしれん』


 って遠巻きに、上井くんの味方のような物言いをしてたな、4月頃は。


 そんなことを思い出していたら、上井くんとユウは少しずつ会話の歯車が合ってきたみたい。


「高校でもバスケ部なん?羽田さんは」


「アタシの部活、知っとったん?」


「ま、まあ。卒業アルバムは、よぉ見返すけぇね」


 そうなんじゃ?

 上井くんはアタシには、中学の時のことは失恋したこと以外は殆ど喋ってくれてないけど、チカ関係の他にも思い出はあるだろうしね。


「アタシのことは知らんのじゃろって思うとったけど、知っとってくれたんじゃね?高校ではバスケ部どころか、どの部活にも入らんかったんよ。じゃけぇ今は帰宅部」


「んー、それはなんか勿体ないような気がする…」


 2人の会話のテンポ、結構弾んでるな~。去年はアタシもあんな風に上井くんと話せてたのに。


 …でもいつも大体アタシが、忙しそうな上井くんのカッターシャツを引っ張ったり、体操服を掴んだりして無理矢理に話し掛けてたんだよね。

 上井くんは元来恥ずかしがり屋だから、上井くんの方からアタシに話し掛けてくれたことの方が少なかった。

 最初に上井くんに話し掛けたのも、須藤部長の告白を断るためにアタシの仮の彼氏になって、っていう変なお願いをしたくてだったしな〜。

 …上井くん、よくアタシの無茶なお願いを引き受けてくれたなぁ、今更ながら。


「ね、マユってば、上井くんって吹奏楽部でもこんな感じ?なんか掴み所がないというか、でもホンワカしとるような、照れてるような」


 ユウが笑いながらアタシに問い掛けてくる。


「え?うーん、ほうじゃね〜。…練習熱心で真面目な時とか、部員を笑かそうとしよる時とか、色んな場面があるかな。ね?上井くん?」


「いや…。俺は明るく楽しい部活の雰囲気作りを公約に部長になったけぇね。みんなの前では笑かしモードになっとる方が多いかな?」


 上井くんはちょっと涼しい松本市で、大汗を掻いていた。アタシは溜まらず、スカートからハンカチを取り出して、上井くんに渡した。


「あっ、ありがとう、野口さん」


 上井くんはハンカチで汗を拭ってからアタシに、ごめんね洗濯もせずに、と言いながら返してくれたけど…


「えっ?マユ、自然にそんなことが出来るん?」


 すかさずユウが突っ込んできた。


「いや、アタシ?アタシは…その、上井くんとは…」


 何故かそこから先が言えないアタシがいた。

 ストレートに友達以上の存在って思ってるから、とか言えば良いのに、何故か言えなかった。


「もしかしたらアタシ、2人の邪魔者?」


「そんなことはないよ」

「そんなことはないよ」


 見事なまでにアタシと上井くんの声が重なった。


「えー、付き合っとらんの?って言いたくなるじゃん!今のなんて綺麗にハモっとったし。さすがブラス!って思うたけどな〜。上井くんも辛い思いを沢山しとるんじゃけぇ、マユに癒してもらいんさいや」


 アタシは上井くんの表情をそっと見た。

 明らかに戸惑ってる…。

 アタシがなんとかしなくちゃ。


「ね、ユウ?」


「なに、マユ」


「あの…さ。さっき上井くんが中学の時、辛い思いを沢山しとるって言うたじゃろ?アタシがユウに話したこと以外にも、他にも上井くんって辛い思いをしとるん?」


 なんとかアタシは、ユウの関心をアタシと上井くんの関係から離したかった。


 アタシは上井くんからもチカからも、中学の時に起きた出来事を聞いている。

 勿論お互いに言い分があるから、微妙に相違点があったりするけど、それでも上井くんとチカがこれまで、とてつもない緊張関係の上で同じ空間で過ごしていること自体、凄いことだと思っている。

 だからアタシは、上井くんとチカの間で中学時代に起きた出来事については、2人の共通の友人としては一番把握してる、って自負がある。


 でもアタシはユウには、アタシが知っている上井くんとチカの間で起きた事全ては話していなかった。


 だからユウは、中学時代の上井くんについて、チカとの出来事の他にも何か知っているのかとワザと尋ねて、アタシと付き合うだのなんだのという話題から話を逸そうとしてみた。


「んー、そうじゃね…。マユと話したこと以外じゃと…。上井くん、吹奏楽部は2年生で途中入部したんじゃけど、それは知っとる?」


「え?」


 知らなかった。上井くん、吹奏楽部は中1から始めたんじゃなかったんだ…。


「羽田さん、よぉ知っとるね、俺のこと」


「だってアタシ、中1と中3の時、村山くんと同じクラスじゃったもん。上井くんのこと、よく聞かされたけぇね」


 村山くん繋がりってのもあるんだ、ユウは。そう言えば最近、上井くんと村山くんが話してるのを見なくなったな。喧嘩でもしたのかな?


「あと上井くん、中1の時は新聞部じゃったんよ。ね?」


「う、うん…」


 えっ、それも初耳だわ、アタシ。なによ、アタシよりユウの方が上井くんのこと、よく知ってるじゃん…。同じ中学校だからかもしれないけど。

 ちょっとだけ嫉妬心が芽生えちゃった。


「でもユウ、上井くんが1年の時は新聞部で、吹奏楽部には途中入部ってのが、上井くんには辛い過去なん?」


 アタシはその経緯が、なんで上井くんには辛い過去なのか分からなかった。

 しいて考えたら、上井くんは中学校の吹奏楽部でも部長しとったって聞いとるから、途中入部で部長なんかやるなんて、みたいなことを言われたりしたのかな、とアタシは思った。


「上井くん、2年生の時、元新聞部の3年生から陰口言われとってね…」


「羽田さん、それは…思い出したくない、かな」


 驚いた!

 上井くん、そんな経験までしとったん?


<次回へ続く>

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