第48話 修学旅行1日目−5

 山中に、笹木と付き合え!みたいなことを広島駅で言われるという、なんやそれは…というスタートになった修学旅行だが、俺は瞬間的に笹木と付き合ったとしても、神戸と同じような事態になると思った。

 要は、彼氏、彼女という間柄になったらこれまでのように話せなくなる、そう思ったのだ。

 今はお互いに異性の親友的な存在だと思っている…と確信し、


「それは、うーん。…恋愛対象とは…違うかも」


 と、なんとか答えを捻り出して山中に答えたら、笹木は


「上井くんとは恋愛関係になるとヤバい」


 とスパッと答えていた。


 …ちょっとだけ寂しかったが。

 でもヤバいって、なんのことを指しているんだ?


 とりあえずその場は収まり、新幹線で名古屋まで移動し、名古屋からはバスで長野県松本市へとやって来た。

 修学旅行のしおりを確認したら、予定よりも早く旅館に着いたみたいだ。


「ウワちゃん、夕方の自由時間、どっか行く?」


 クラスでは少数派の俺が話せる数少ない友達、三井が声を掛けてきた。


「いやぁ…。特に考えとらんけど。本でも読んどろうかな?」


 夕方の自由時間というのは、初日は俺たち7組のような奇数組の時間だ。

 偶数組は、男子も女子も夕飯前に風呂に入るようになっていて、奇数組は夕飯後に入るように決まっていた。

 反対に2日目の明日は、奇数組が先に夕方に風呂に入るようになっている。

 今は予定より早く旅館に着いたため、夜7時からの夕飯まで3時間近く時間が空いてしまったのだった。


「じゃあさ、女子が行きそうな所へ散歩しようや」


「なに、それは」


「アレだけ鬼教官に女子の部屋に行ったらダメだとか言われたら、楽しみを奪われたようなもんじゃろ」


「そう?」


「修学旅行の楽しみは、女子とお近付きになりたい!これが一番じゃろ。ウワちゃんは違うん?」


「うん。俺、モテないし。近付きたい女子もおらんし」


 正確に言えば、2人も失恋相手がいる同期生の女子にはもう近付きたいとは思わない…になるのか?


「覚めとるのぉ。ワシは、この修学旅行中に田川さんと近付きたいと思うとるんよ」


「田川さん?…なんか春先に三井さんから聞いたような…」


 田川雅子。俺とは2年生になって同じクラスになったが、共に生徒会役員だったので去年の11月から知り合いだった女子だ。放送部の部長で、何時でも快活明瞭、周囲には友達が絶えない。男子相手でも平気で下ネタを話すような、俺がこれまで出会ったことのないタイプだった。

 その性格から俺にもすぐに話し掛けてくれ、あっという間にフレンドリーに話せる間柄にはなった。

 それに男子からの人気も高くて、よく告白されるけど、全て断っている…らしい。らしい、というのは田川の友人、柴田から間接的に聞いた話だからだ。

 三井が田川さんってええなぁ…的なことを言っていたのは、春先の生徒総会頃だったような気がする。


「ウワちゃんは生徒会でも一緒じゃろ。じゃけぇ田川さんとよぉ話しよるじゃん」


「まあ、クラスで話せる女子の1人ではあるよ」


「なんとなく分からん?散歩の目的。田川さん探しの…」


「へ?なに、俺と散歩に出ようってのは、田川さんとのラッキー遭遇を狙うてかい?」


「正解!」


「それなら俺みたいな恋愛疫病神より、もっとモテる大下とか…」


「ウワちゃんに頼んどるんは、そういう外見じゃのうて、中身なんよ、中身」


「中身?」


 三井が言うには、田川とクラスで一番話している男子は俺らしい。

 俺は全くそんな自覚もなかったし、田川は他の男子とも別け隔てなく喋っているのを見ているのだが…。


「そう。じゃけぇ、部屋でこう話しよる間にも、田川さんは何処かへ出掛けとるかもしれんし」


「まあ、女子の部屋に行くな!ってあれだけ鬼教官に釘刺されたら、女子フロアに様子を見に行くって訳にもいかんよな」


「そうと決まれば散歩、散歩!」


「三井さん、元気じゃねぇ」


 俺は苦笑いしながら、急ぎ足の三井の後に付いて行った。


 旅館近くの商店街のような、お土産屋が並んでいる辺りでは西高生が既に沢山外出しているのが見えた。男子よりも女子の方が多く外出しているようだ。


「…で、三井さん、この通りを何往復かする予定なん?」


「いやぁ、地図も案内も何も持たずに出てきてしもうたけぇ、この通りくらいしか賑やかな所は分からんね」


「ま、俺も似たようなもんじゃけど」


 しかし三井という奴も、もしかしたらクラス替えした春先からずっと田川のことを密かに思い続けていたのだろうか。


 なんとなく俺は三井のことを応援したくなってきた。半年もの間、ずっと変わらず一人の女性に思いを馳せるなど、なかなか出来ない。


「今の時間は、偶数組が風呂じゃろ?奇数組は自由じゃけぇ、外出しとる可能性が高いじゃろ」


「まあ同じ部屋の男子は先を争うように出てったよな」


「パッと見、出歩いとるのは女子の方が多そうじゃけぇ、偶然田川さんとすれ違えんかな、って思ってさ」


 そう言った時だけ、三井は顔を赤くした。本当に田川雅子のことが好きなんだな…。

 今の俺は若本のことが一番気になっているが、好きだ!と言っても良いのだろうか?友人に相談出来るほどだろうか?まだ心の何処かで怯えがあるのではないか?


「あっ!」


 三井が思わず叫んだので俺のモヤモヤも吹き飛んだが、三井の見据える方向に、田川とその仲間達という感じで、女子5人のグループが歩いているのが見えた。


「田川さんじゃん。三井さんの頼みじゃけぇ、コッチに来たら声掛けようか…」


「いや、今はええわ」


「はい?何のためにフラフラしとるんよ」


 逆に俺がイラッとしてしまった。


「だって5人も固まっとったら、ヤバいって」


 今朝からヤバいって単語ばかり聞いてる気がする。


「別に俺はなんともないけど?」


「いや、ここは引き返そう。作戦練り直し!」


「さっきまでの威勢の良さは何処へ…って、早いな!撤収が」


 三井が先に早足で、旅館の方へと戻り始めていた。

 俺は戸惑いながら少し後を追うように歩いたが、予想以上に三井の足は速い。

 俺は元来の運動嫌いもあってか、三井からどんどんと離れてしまった。


(…ま、いっか。旅館まで迷子になることもないし)


 そう考えて、何故か速足で消え去る三井をゆっくり見送り、俺はお土産屋さん通りをゆっくり歩いて旅館へ戻ることにした。


 多分、今日と明日の2連泊する旅館は、全国の修学旅行生をよく受け入れているのだろう。だからその近くのこの通りは、いかにも高校生辺りをターゲットにしたような品揃えの店が目立つ。


(なんかフラッグでも買うかな〜)


 ボーッと外から店の中を眺めていたら、西高の制服を着た女子が出て来た。


(もう何か買いよるんじゃ。早っ)


 その女子は、手から何か土産物が入ったビニール袋をぶら下げていた。

 だか次の瞬間…


「あれ?上井くんも何か買うん?」


 とその女子が俺に話し掛けてきた。あまり顔を意識して見てなかったな〜、誰だ?


「わ、野口さん?」


「久しぶり〜。って、顔は見てたけど。話すのはいつ以来かいね?」


 野口真由美と、横には恐らく同じクラスの友達女子だろう…が、俺には名前が分からない女子がいた。


「体育祭で…話した…よね?」


「そう、よく覚えてました!アタシ、チカと上井くんの間の伝令しとったんよ?もう忘れた?」


「あっ!そ、そうじゃね。他人行儀な手紙を書くはもらうはで…その節は…誠に…」


 神戸から俺に対して手紙が来たのだが、他人行儀感満載の手紙だったので、どのように返事したらよいか分からず…がキッカケだった。

 今も1vs2という環境で、特に野口の横に立つ女子が未知の存在のため、どう振る舞えば良いのか全く分からない。


「ププッ、上井くんの話し方が…。なんでそんなに賢まっとるんね」


「いや、野口さんはお友達と2人じゃけど、俺はツレに逃げられたけぇ…」


「なんなん、それは!理由なのかどうなのかも分からんけど」


 俺は嫌な汗が噴き出てきた。


「のっ、野口さんはもう土産買ったんです?」


「だーかーらー、なんでアタシに敬語使うんね、可笑しいんじゃけぇ、上井くんってば」


「いや、人間って突然予想もしない事態に遭遇すると、こんな感じになっちゃうのがよく分かりますね」


「もー、やめて~」


 野口は爆笑していたが、野口の隣の女子が気になってしまい、嫌な汗をかきつつ変な喋りになっている。その自覚はある。


「…そろそろアタシのこと、思い出したかな?上井くん?高校でも面白いんじゃね~」


「へっ?」


 野口の隣に立つ女子が、突如笑いながらそう発した。


「多分、気付いとらんよ。アタシと話すのでもこんな感じじゃけぇ」


 俺は野口の隣に立つ女子の顔を、やっと真正面から見た。


「!!」


 思い出したが、えっ?同じ西高に通っていたのか?


<次回へ続く>

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