最終話 ティホンVSティホン#2。そして……。

 スサノオ計画の作戦行動が始まった。

 本部の急ごしらえの作戦司令室に灯が点った。

 能力者達はティホンという幽霊とどう戦えばいいのか。『ノロイ』をかけるというのは全ての能力者が嫌がった。オカルトではノロイは自分より格が上の相手には効かず、またその反動も恐ろしいものがあるという。人を呪わば穴二つ掘れ。ティホンの様な神の如き存在にノロイをかければどうなるかは自明で、更にはこの期に及んで自分の良心で拒む者も多かった。

「ティホン#2を出す! 相手の存在が見えれば行ける!」

 再びエナジードリンクを飲み干した乙郎は、ティホンを生み出したプログラムのアップグレード版の仮想生物コンピュータ・シミュレーションを現在世界最高速のスーパー・コンピュータで走らせた。

 勿論、ティホンに対抗する仮想生物データを虚時間宇宙にセットアップするのが目的だったが、今度の宇宙怪獣ティホン#2は戦闘用に特化してあった。戦える。そのはずだ。

 ティホンが誕生時よりどれだけ成長しているかは推測でしかなく、それに今度この新仮想生物が暴走したらどうなるかは保証がない。多分、破局的な結末を迎えるだろう。

 このティホン#2を導いてコントロールするのが、科学者達が期待した能力者達の真の役割だった。

 因果順序がない虚時間宇宙で、能力者達は総動員して結果を祈念し、その通りに物事が進む様に『操作』した。能力者達は未来を視た。完全なる予知は、量子場においては操作なのだ。因の前に果を作りだす能力が今や人類側にもあった。

「イッツ・ア・マジック!」と、乙郎は巨大モニタに映されたティホン#2のセットアップ画面とステータス表示を観ながら叫んだ。

 虚時間宇宙。二次元の情報宇宙でまず暗黒エネルギーの巨大な背ビレが持ち上がり、ついで本体が三次元像として励起し、宇宙に跳ね上がった。

 ティホン#2の姿は、銀河サイズの巨大な肉食鮫だった。荒削りの刃の様な鮫肌。ヒレさえ刃だった。

 巨大宇宙怪獣同士の対決。ティホンが全身を震わせた唸りを挙げて対応した。唸りは量子場を媒質にして宇宙広くに伝搬し、時空震を起こした。

 激闘。二次元の情報宇宙に励起した巨大怪獣の三次元像は、最終戦争の様相さえ呈した壮大な戦いの様を見せた。鋭利に並ぶ牙がティホンの触手を喰いちぎり、触手が鮫の鱗を剝ぎ取って、胴をくびれさせた。時空を引き裂く、壮絶なる野生が銀河規模でぶつかりあった。

 指示されていた通り、能力者達は二頭の戦況を実況する者と、ティホン#2をコントロールする為に祈念統一する者に分かれた。

 二頭の怪獣は超巨大規模の立体映像の様に宇宙を透過している。それでも虚時間宇宙内では互いを物理的に引き裂けた。

 『情報』が二頭の宇宙怪獣の傷口から噴き出た。それは噴射の如く周囲の環境を撃ち崩し、巨大な重力影響が銀河の形を乱した。

 ティホンの傷から『幽霊』が漏れ出した。疑似時間順序の流れの影響を受けて『時間』を得た集合無意識の残滓だ。時間を得て動き出した幽霊はあるものは生前の姿を取り戻し、時空の傷口から実時間宇宙へと流れ出した。微弱な電磁気や重力を操るそれらの誕生は、乙郎達のコンピュータ・シミュレーションにおいては予想範囲内だ。

 能力者に操作されるティホン#2の鮫状の大顎が、不定形のティホンを猛猛しく噛み砕いた。傷口から大量の断末魔の『情報』を噴き出し、痙攣する触手を振り回す。

 ティホン#2は能力者達の祈念に応じ、大顎に更なる力を込めた。

 科学者はある者は冷静にデータを映すモニタを見つめ、ある者は想いを乗せる様に戦闘映像を映す巨大ディスプレイに声援を送った。

 幽霊である鮫の顎が、幽霊であるティホンの身体を喰いちぎった。

 ティホンの動きが止まる。不定形の身体に固体の様なひびが入り、外郭がめくれる様に剥がれ落ちていく。情報の分解だ。ティホンは構成情報を崩壊させ『無意味』に近づいていく。

 一瞬、ティホンが周囲に眩いほどの爆発光を放ち、その身が百片の小肉塊に砕け、破裂した。破裂した肉塊は速やかに暗黒エネルギーの残滓となり、それは瞬く間に虚時間宇宙に溶けていった。

 能力者によるティホン消滅の報告を受けて、作戦司令室に詰めていた人間達が沸いた。

 天の川銀河は、地球は、救われたのだ。

 実時間宇宙に影響する暗黒エネルギーと暗黒物質は現在、ティホン#2の存在によって維持されている。やがて宇宙の拡大や銀河の回転エネルギーは元の様に回復するはずだ。

「終わりましたね。人類の勝利です」

 乙郎に、対ティホン国際科学者チームのリーダーが握手を求めてきた。

「いえ。この作業が残ってますよ」

 乙郎はコンピュータにパスワードを打ち込んだ。

 虚時間宇宙のティホン#2は傷ついた身をまるでウロボロスの蛇の様に大きくくねらせた。自分の尾を自分の口に呑み、身体を丸く、ついには輪郭を溶かした球体の様になった。

 そして、ティホンが破裂した様に眩い爆発光を発生せた。音も熱もなく、千片もの破片が飛び散った。

 その破片はすぐそれぞれが集まり、まるでクリオネを連想させる小個体の群へと変化した。

 ティホン#3。

 ティホン#2を自壊させて、その破片を再生変化させた虚時間生物の群だ。これも生きている暗黒エネルギーで、総量は実時間宇宙の構造を維持させるだけのポテンシャルを持っているが一つ一つは大した事がない。疑似時間の流れの中で生きていくが、ティホンの様に暴走する事もないだろう。してもすぐに抑えられる。

 小さなティホン#3は、真空湧出するエネルギーや、デブリや小惑星の時間を食べて平和に生きていけるはずだ。

 しかもそれぞれは虚時間宇宙の情報の傷を修復してエントロピーを減少させる能力を持っていた。

 一匹一匹がこの作戦司令室にいる能力者に紐づけられていた。これをコントロールするのが、これからの能力者達の人生の任務だ。ティホン#3は、彼、彼女らの人工精霊として虚時間宇宙の集合無意識を観察するのだ。

 人類の観測域は虚時間宇宙にまで広がった。

 科学者達と能力者達の連合によって、宇宙は更に解明されていくだろう。

 制御出来る暗黒エネルギーは、エネルギー危機や遠距離宇宙旅行の突破口になるかもしれない。

 そして虚時間宇宙の過去や未来の情報を手繰る事が出来るかもしれない。

 人類史は新たなるパラダイムシフトを迎えたのだ。

「そう言えば実家に五〇年漬けた梅干しがあったな」

 戦勝記念にパーティが行われると聞いた乙郎の脳裡に、食事という連想からふとそんな記憶が思い浮かんだ。

 五〇年という時間をかけて熟成させた逸品。乙郎は口の中に美味を想像し、あふれる唾を呑み込む。

 自宅にはたくあんも丸ごと残っている。あれを齧りながら茶を飲むと美味いんだ、と乙郎の頭は既に食欲でいっぱいになっていた。

 地球の各家庭でTVのスイッチが入れられる。

「おはようございます。昨夜、各国首脳による同時発表があった通り、世界の終わりは無事に回避されました」

 翌日の早朝。乙郎がファンであるニュースキャスターは、番組の冒頭でまずその一報を視聴者に伝えた。

 乙郎は消化薬を準備し、本部のロビーのソファに横たわって寝息をたてていた。彼は食べる事にかけてはティホンの様に貪欲だった。子は親に似たのかもしれない。

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宇宙怪獣ティホン -食欲- 田中ざくれろ @devodevo

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