エピローグ セオ27歳
見憶えのあるような、ないような。噴水のある庭園の向こうに建つクリーム色の建物は、記憶には残っていない。だが生まれて半年分までは、ここで育てられたはずだ。
梱包されて出荷される直前までは。
レンに連れられて中へ入ると、個室に通された。仰々しい機械が立ち並ぶ部屋かと思ったら、ソファとテーブルだけと言っていい簡素な部屋で、入室してきた研究員らしき男がノートパソコンを持っていただけだった。
アンプルのシリアルナンバーと、脳下垂体の穴にアンプルを刺してみて、それで終了。一歳、年を取ったところで再び抜かれた。
3月12日と決めてたんだがと内心残念に思いつつも、そんな簡単な検査だけで済んでしまったことの方が驚きで、逆に恐縮してしまう。すると、そんな俺の心境を理解したのだろうレンが「いいのよ」と声をかけてくれた。
「セクサロイドだというだけで、十分な身分証明だもの。これ以上、何をごまかす術もないんだから」
なるほど。
「では、こちらへ。声帯移植の手術をします」
セクサロイドは通常、生まれおちた時から声帯は設置されていない。内臓も然りだ。内臓などを取り付けるのは今さら困難でも、声帯の移植は可能と見える。
レンの話せていた理由が分かるというものだ。
手術着に着替え、麻酔を打たれ、気がつけばベッドの上で。指を動かしてみれば動き、腕を上げてみたら、上がる。触れた首筋には包帯が巻かれており、喉の奥に何やら違和感を感じる、これが声帯なのだろう。
白い部屋の、白いベッドで。
生まれたての格好で俺は寝かされていた。
かたわらに立つレンの笑みが、まるで母親か何かのようだ。セクサロイドが恋人に向けて艶やかに微笑むそれとは質が違う。仲間のような、友達のような笑みなのかも知れない。
「おはよう」
レンが言う。
俺もおはようと話してみるかと思ったが……まだ少し怖い。喉が痛い、気がする。おかしい。痛覚はないはずだ。
「もう声は出るはずよ。何か話してみなさいな。そうだ、あなたの名前を」
彼からもらった、もう正式に登録されているはずの、俺の名。
俺は窓の外に広がる青空を眺めながら、そっと舌に声を乗せた。
「セオ」
彼の死に際が脳裏に浮かんだ。住民カードを俺の手に握らせながら微笑んで、彼は言った。
『セオ・イェンダ、26歳。人生の始まりだ』
こと切れた彼の手が冷たくなるのを感じつつ、俺は心で反芻したものだった。
セオ27歳。
俺は産声を上げた。
~了~
ROZE C型 @rinyanzet
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