良い事なんて何もない人生だ。

 他人には馬鹿にされ、給料も安く、将来に希望もない。だから、俺は今日人を殺そうと思いたった。

 ドロドロと腐って煤けた感情に何年も支配されている。どうせこのまま生きていてもしょうが無い。それよりも何か世間に爪痕でも残して死にたいのだ。それが俺に残された最後の矜持と言っても良い。

 背負ったリュックサックには油にライター、それとアマゾンで買ったナイフが入っている。便利な世の中になったものだ。それを背中で感じながら、俺は公園のベンチに座った。

 珍しくガキ共が遊んでいる。鬼ごっこか、それに似た何かだろうか。1人の子供を数人で囲い込み冷やかしているように見えた。

 お前も俺と同じなんだな。と妙な共感をかってに抱く。からかわられては倒されるその少年は、その度に立ち上がる。それが妙に白く輝いて見えた。俺にもあんな時があったのだろうか。立ち上がれたのだろうか。今はもう思い出せない。

「もう放っておいて、隼也の家で遊ぼうぜ。」

 と、1人の少年が言い放ち、他の子供はそれに続いた。残されたのは、いじめられていた少年だけだ。

「偉かったな、坊主。」

「偉くねえよ。クソ!シャーペン取られたままだ。」

 少年の闘志は消えていなかった。

「次はおっさんも助太刀するよ。」

 と、呑気に答えたが

「信用できないね。」

 と返された。まあ、そうだろう。見ず知らずの怪しいおっさんの言う事など信用出来ない。それ以上に、なんて考える自分のような人間は信用してはならないのだ。この少年は、既にその事を知っている。

「なら、これをやるよ。」

 と、俺はリュックサックからナイフを取り出して見せた。

「要らねえ。」

 少年にナイフをつき返される。

「強いな。」

 と、思わず口から出た。

「強くねえよ。」

 と、返す少年は逞しく俺には写った。

「なら、かっこいいよ。お前は。」

「おっさんよりはな。」

「痛いところをついてくる。」

「自覚あんなら直せよ。」

「出来るかな。」

「知らねえよ。」

 と、言ったのを最後に少年は公園を後にした。俺もその場で立ち竦んでいたが、雲が空を覆い出し天気が荒れそうだったので、公園を立ち去る事に決めた。

 帰路は暗く今にも荒れそうな予感がしたが、あの少年を見習って前を向いて歩き出すことにした。

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黒と白の間で あきかん @Gomibako

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