黒と白の間で
上が頼んだ掃除屋から替えの服を受け取り、俺は駅へと向かった。自ら出向いて事の顛末を報告しなければ、刑務所にいられるだけではすまされない。
あぁ、嫌だな。と天を仰ぐ。羊雲が走る空には馬鹿みたいに太陽が輝いている。
東京行きの快速急行に乗った。人はまばらで距離を保っている。律儀にソーシャルディスタンスを守っているのだな、と惚けていた。
駅に止まる。人が電車に入ってくる。ある人は椅子に座ってスマホを眺める。ある人は背もたれに寄りかかって寝始めた。それを見て俺は、みんなそれぞれ自分の物語を生きているのだろうな、と感傷に浸る。人を刺した後だからだろうか。こんな事ばかり頭に浮かぶ。
また駅に止まる。東京が近付いて来たからだろうか、席が埋まり吊り革につかまる人も増えてきた。楽しそうにスマホで喋っている若い女性が入ってきた。電車に乗ると通話を止めた。チャットに切り替えたのだろう。マナーが良い事だ。関心する。
それから次の駅で停車した時、挙動不審な男が乗車してきた。
その男は電車が発進すると背負ったリュックサックを下ろして漁る。男の少し離れた所にはあの若い女性がいた。
俺は嫌な予感がした。思わず立ち上がり女性の襟を掴み引き倒した。男がナイフを取り出して振りかざしたのとほぼ同時であった。
俺は男と向き合った。相手は目が充血していて焦点が定まっていないように思えた。きっと、俺もこんな顔をしていたのだろう。
ナイフが振り回される。俺は左腕を捨てる覚悟をした。気をつけるべきは突き刺しだ。下がる事も出来ない。右上に振り上げられたナイフの導線上に左腕をおいて男の顎を殴る。左腕は斬り裂かれ血が吹き出す。痛みが走る。それと同時に男は倒れ込んだ。
体育座りのような格好をした男に蹴りを入れた。昨日、殺した男が頭を過ぎった。興奮して真っ白な頭の中で、それが墨汁のように染み込んで灰色になる。混乱した思考と少し落ち着いた精神状態がこの男を殺すのを躊躇わさせた。俺の蹴りは顔を避け腹へと向かう。男が抱えたリュックサックが緩衝材となり男の動きを止めるまでには至らない。そして、俺は脚を刺されて動けなくなった。
ジタバタと足掻く中で、やっちまったな、こういうところが駄目なんだ、だから人生も上手くいかない。自業自得かもな。と、あきらめながら半生を振り返る。そして、俺はこの男に殺された。
本日、○△線快速急行で起きた殺傷事件では、死者2名、重症者3名、軽症者8名にのぼり、犯人は駆けつけた警察官に逮捕されました。
犯人は、「幸せそうな女を殺したかった。」と語っており、………
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