黒と白の間で

あきかん

 肉が腐った臭いがする。

 昨日、刺殺した人間が腐敗し始めたのだろう。甘く鼻につくこの臭いは夏の薫りだ。悪い気はしない。捨て忘れた生ゴミが溶けて黒ずみ虫が湧いて出てくる、あの懐かしい風景が頭をよぎる。

 

ザー…ザー…ザー…ザー…ザー…


 突然、雨が降り出した。熱せられた外気が雲を発達させて激しい雨をもたらす。ゲリラ豪雨や夕立といったこの現象は、今日現在も茹だるような暑さが続いている事を告げている。

 昨晩も暑かった。熱帯夜と言って良い蒸し暑い夜の廃墟のここで俺とこいつは会っていた。

 約束を破ったのはこいつか俺か、それとも二人共か。例のブツを持ってこなかった俺と、代金を踏み倒そうとしたこいつが言い争いを始めるまでに時間はかからなかった。

 昨日、俺がここへ来た理由は金の回収だった。金を払えばまた後日に用意する、とこいつに伝えたら逃げ出そうとした。それを必死に捕まえて抑え込む。しかし、大の男の抵抗を簡単に抑えられるものでもない。互いに罵詈雑言を叫びながらもみくちゃになって、俺は隠し持っていたナイフでこいつを刺した。

 最初は腹に刺した。その後は興奮して何度も繰り返し刺した。骨に当たったのか刃がボロボロになっていたのを落ち着いた時に確認し、上に事情を説明するために一報を入れた。

 返り血を浴びたから着替えもお願いします。と説明し終えると上の人間は次のように答えた。色々と準備があるから時間がかかること、刑務所に入る事も覚悟しておけ。と言って電話は切られた。

 現在、俺はこいつの死体を処理する人間が到着するのを待っている。先程降り出した雨はまだ止まない。

 なんとなく屋上へと向かった。ザー…ザー…、と雨音だけが廃墟に響く。屋上へと出るドアは運良く鍵が空いていた。

 ギー、と鈍い音を立てて開いたドアの先で見えたのは雨が止んで水が張った屋上と雲が裂けて光が差す空だった。俺は張った水を掬い顔を洗う。本当は身体に水をかけたかったが仕方ない。汗で張り付いたシャツを脱ぎ半裸になった。雨に濡れた街は雲の隙間から溢れてくる光で輝いている。その中で黒く塗られたワゴン車が、長く伸びた道の奥からこの廃墟に近付いて来ているのが見えていた。

 

 

 

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