眠りからの目覚め
Jack Torrance
第1話 眠りからの目覚め
うとうと、うとうと。
これは睡魔?
何だか混濁して朦朧として行く意識。
浅い呼吸。
この感覚。
何?何?何?
何だか薄気味悪い黒い背広を着たおじさん達があたいを担架に乗せて川辺に向かって運ぶ。
「おじさん達、あたいを何処へ連れてくの?」
薄気味悪いおじさん達の中でも最も薄気味悪いおじさんが言った。
歯は前歯に1本しかなく、目はぎょろ目で、顔は染みだらけで、傴僂のおじさんだった。
「お嬢ちゃん、あんたの行く所は良い所さ。そりゃあ、あんた、パラダイスってなもんだよ」
あたいは、その薄気味悪いおじさんに言った。
「おじさん、あたいはその前歯を抜いて総入れ歯にした方がいいと思うわ」
「そうだな、お嬢ちゃん。わしもラムチョップの肉が食い辛くて困っとったんじゃよ。是非、そうするよ」
そう言い終わると薄気味悪いおじさん達が担架を川に向けてひっくり返した。
あたいは川に流された。
それは、とても暑い夏の日だった。
川で涼めてあたい嬉しいわ。
あたいは海へ続く川下に向かってスイスイと平泳ぎしていた。
滅茶快適ー。
海に入る直前だった」
「おーい、お嬢ちゃーん」
憲兵みたいなおじさんがあたいを呼び停めてきた。
〈俺は憲兵みたいなもんさ〉とプリントされたTシャツをズボンにたくし込んでズボンの裾もブルーの靴下の中にたくし込んでいた。
靴下を履いているのに憲兵みたいなおじさんはビーチサンダルだった。
よく見ると靴下は5本指の靴下だった。
「ちょっとこっちに寄ってくれんかねー」
あたいは気だるそうに言った。
「あたい、このままドーバー海峡まで遠泳するつもりなんですけどー」
「悪いがそこんとこを何とか曲げてこっちに寄っておくれー」
あたいは渋々とその憲兵みたいなおじさんのとこに寄った。
「悪いね、お嬢ちゃん」
にかっと笑った憲兵みたいなおじさんの歯はギザギザに尖っていてすきっ歯だった。
「ところで、お嬢ちゃんの名前は?」
あたいは、ブスくれて答えた。
「ジョイス“キャロル”オーツ」
憲兵みたいなおじさんは目を丸くして驚嘆した眼差しであたいを見て言った。
「えっ、あのノーベル文学賞にも名が挙がる有名な女流作家のジョイス“キャロル”オーツ?」
「はー、おじさん、あたいの年齢であの巨匠ジョイス“キャロル”オーツに見える?」
「ううん、見えない。ちょっと揶揄っただけだよ。それにしても、おかしいなー。お嬢ちゃんの名が見当たらないなー」
帳面のノートを真面目くさって見定めながら憲兵みたいなおじさんが言った。
「ちょっと済まんが会ってもらいたい人がいるんじゃがのう」
そう憲兵みたいなおじさんが言った。
「はー」
あたいは吐息を漏らす。
憲兵みたいなおじさんがレモネードとチョコチップクッキーを出してあたいをもてなしてくれた。
機嫌を良くしたあたいは満面の笑みで憲兵みたいなおじさんに話し掛けた。
「退屈なお仕事でしょ?」
「ああ、でもそれが現実ってもんさ」
憲兵みたいなおじさんが純銀の楊枝を口に銜えて遠い海の向こう側の地平線に視線を走らせながら物憂げに答えた。
その目は遠い故郷に思いを馳せる男の哀愁に満ちた目付きだった。
そして、憲兵みたいなおじさんは徐に靴下を脱いで足の指の間に水虫の薬を塗り始めた。
あたいは興味本位で尋ねた。
「おじさん、痒い?」
「ああ、痒くて眠れないよ」
あたいは、憲兵みたいなおじさんが塗り終わった指を薬が早く乾くように団扇で扇いでやった。
「お嬢ちゃん、済まないねえ」
「レモネードとチョコチップクッキーのお礼よ」
あたいは憲兵みたいなおじさんにウインクした。
15分くらいするとホームレスみたいな見窄らしい身なりの無精髭を生やしたおじさんが現れた。
これで茣蓙を脇に抱えて、しけもくの煙草でも銜えていたら完全にホームレスだ。
あたいは尋ねた。
「おじさん、誰?」
そのホームレスらしきおじさんはこう言った。
「わしは、ジーザスじゃ。お嬢ちゃん、済まぬ。君は間違ってこっちの世界に招待されたようじゃ」
「えー、あたい、こんな遠くまで泳いで来たんですけどー」
ジーザスが掌を眼前に合わせて平謝りした。
「ごめんよー。だって、こっちの世界に来る人が余りにも多いんだものー。人間にも過ちはあるじゃろー。わしも忙しいから、たまには間違える事もあるんじゃよー」
ジーザスが駄々をこねる。
「何が人間にも過ちがあるじゃないかよーって。大体、あたい達、人間はあんたの創造物なんじゃないの。ジーザス クライスト(くそったれ)だわ」
ジーザスがにこりと笑って言った。
「ごめんよー、ごめんよー。ライフジャケットをあげるから、また川上に向かってもう一泳ぎしてくれんかのう」
ジーザスがウィンクしながら哀願の眼差しをあたいに向けた。
「もう、仕方ないんだから」
こうして、あたいはライフジャケットを装着してグレゴリオ パルトリニエみたいにクロールで川上に向かって全開で泳ぎ切った。
さっきの担架から落とされた場所に戻ると薄気味悪いおじさん達がバーベキューをしていた。
傴僂のおじさんが残った前歯の1本で食べ辛そうに必死にラムチョップの肉を噛み千切ろうとしていた。
おじさん達は、しこたま酔っ払っていた。
「おや、お嬢ちゃん。あんたは、さっきしっかと旅立った筈じゃけどな」
あたいは傴僂のおじさんに言った。
「あの、くそったれの親父、間違えちゃったみたいなのよ」
あたいはプンプンして言った。
「おや、そうだったのかい。それならば、父ちゃんと母ちゃんのところにけえらないと仕方あんめえ」
傴僂のおじさんがあたいと手を繋いでくれて連れて行ってくれた。
傴僂のおじさんの手は温かかった。
「着いたぞ、お嬢ちゃん。そんじゃ、父ちゃんと母ちゃんの言う事をしっかと聞いて良い子でいるんじゃよ」
あたいは傴僂のおじさんと別れる時に、ちょっとウルッときた。
「おじさん、おじいちゃんが駅前の歯医者さんの歯科技工士の人が腕がいいって言ってたよ。ちゃんと、総入れ歯にするんだよ」
「ああ、あんがとさん、今度行ってみるよ、お嬢ちゃん。元気で頑張るんじゃよ。そんじゃ、また合う日までな」
「ありがとう、おじさん、またね、バイバイ」
あたいは傴僂のおじさんの姿が見えなくなるまで見送って手を振った。
病院の一室。
あたいは目を覚ました。
パパとママが泣きながらあたいのほっぺやおでこにキスしながらぎゅっと抱きしめてくれた。
あたいは何だか小っ恥ずかしい気持ちになったけれども此処があの傴僂のおじさんの言っていたパラダイスだと思った。
眠りからの目覚め Jack Torrance @John-D
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