物語に虹がかかるまで
「ノート、、、読んだよ」
あの気持ちを伝えるような声色では到底なかった。
でもどんな声色だったとしても伝えられればそれでいいと思った。
「そう」
ややあって風梛が答えた。
目線はさっきまでのように私の方を向いていない。
それどころか少し自嘲的な寂しそうな目をしていた。
「風梛は自分達が住んでた街のこと好きだったの?」
「うん。、、、街は好きだったよ。人は嫌いだったけどね」
「そうだったんだ」
「あんまり言ったことはないんだけどね。あの街の人たちにこんなこと言っても馬鹿にされるだけだから」
風梛は少しだけ微笑んで言う。
私は少し考え込んでから、
「確かに。あの街の人たちはそんな人が多いかも」
と言った。最近私は周りの人との関わりを絶っていたので、今の様子はよくわからない。だからここ一年くらい噂話を一切聞いていないとも言える。
けれど、基本的にあの街の人たちはそんな感じだ。
昔から住んでいる人なんてほぼいない街だからこそかもしれない。
郷土愛なんて言葉はほとんど死語だ。
けれどなかにはわかる人もいて、この街は綺麗だと、そう言う人もいる。
ほぼいないけれど。
だから風梛のように言う人がいると馬鹿にする同級生も学校にはいる。
きっと風梛はそういう人たちのことをいっているのだろう。
「ごめん」
「ん?」
「変わってごめん」
「平気だよ。人は変わるものだから」
「でも、、、」
「いいんだよそれでも。私は里桜がピアノを弾いている時が一番好きだから」
「なんで?」
「何でって、、、。里桜はピアノを弾いているときだけ素でいられてるから、、、かな。」
「え、、、っとそうなんだ、、、。」
「普段は周りからの言葉に振り回されてあり得ないくらい自分がぶれてるからね」
「へっ、、、?」
「気楽にいきられることが一番で全てなんだよ。だから私はあの街から逃げたし、里桜はピアノを弾いてる。」
風梛の答えに驚いた。自分でもそんな風に考えたことはなかった。
気楽に生きようなんて思ったことがなかった。
今考えれば不思議だ。
何で気楽に生きようと考えられなかったのかがわからない。
「里桜。貴女がしたいことをすることがこの世で一番大事なことなんだよ。たとえそれで貴女が傷ついたとしても。そうして傷ついた時間がきっとまたいつか忘れられない時間になるから。」
「それでもいいの?」
「逆にそうじゃなきゃいけないんだよ」
風梛の笑い声が私の耳に届いた。
いつもみたいに耳障りではなかった。むしろ心地よかった。
「また前みたいに風梛と仲良くなりたい」
私はポツリと呟いた。聞こえないくらいの音量だった。
でも風梛はそれを掬い上げて笑って言った。
「勿論なれるとも」
緑の下の公園のベンチで、蝉時雨をBGMに言った言葉は何色を纏っていただろう。
それは故郷の空と同じような澄みきった青かもしれない。
もしかしたらそこには虹がかかっていたかもしれない。
故郷の空は今日も晴れている。
それを綺麗だと言う人は少なくても、確かに今ここに二人いる。
今はまだそれだけが私と風梛の二人を繋ぐ虹と言う名の架け橋だ。
でもその裏にある人々に否定されてきた私たちの気持ちはお互いにわかることはない。
それでも私たちはこの日改めて手をとった。
ようやく合わさった物語は、ただきれいな空からまた始まった。
故郷の空は今日も晴れている 雨空 凪 @n35
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