忘れることの難しさ

開いたドアから駅のホームに足をつける。

幻想に似た空想はあまりに鮮烈で忘れられそうにない。

忘れられたなら、いつも通りの言葉少ない会話で、手記をポストにいれるだけで帰れる。

でも、、、私は忘れられなかった。


なんとも面倒なものを読んでしまったと思う。

でもその一方で読んでよかったと思う。

矛盾している。どちらが本当の気持ちかはわからない。

けれど良かったと思う気持ちを大事にしてみたい。

そう思って眺めた街は少しだけ輝いているようだった。

なんだか少しだけ、夏も良いかもしれないと思った。


街の雑踏に紛れて歩く。

普段は街の喧騒が嫌いで仕方なくてイヤホンをしていた。

けれど、姉の言う(書く)通りなら、、、少し外しても良いかもしれない。

街の音も、それもまた楽しむべきところなのだとしたら、そうであっても良いかもしれない。

なんて希望を抱いてイヤホンをはずした。

やっぱり人が多いところは苦手だ。

でもそれもこの街の味なのだろうか。なら味わってみたい。

それでもいいなら。許してくれるなら。


「あっ、、、里桜!」


街の喧騒のなかを聞き覚えのある声が貫いた。


「、、、っ」


一言も二言もあふれでてきそうだった。謝罪も、感動も、感謝も、、、。

けれどその言葉たちはなにも出てこなかった。

全部言葉にならずに喉の奥に消えていった。


「持ってきてくれたのかー。ありがとう。ちょっと心細い思いをさせちゃったかなぁ。近くの公園で話そうか。」


私は静かに頷いて後をついていく。

そこでようやく気がついた。


私はどうやら泣いているらしかった。


風梛が公園にいかせようとしたのはこれが理由なのだろうか。

でも私にとってその誘いはむしろ行幸だった。

姉に伝えることができるかもしれなかったからだ。


「それで?急に泣いたりしてどうしたの?里桜らしくない」




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