第77錠 犯罪者をなくす方法


襲うかもよ。あんたのこと──」


 胸ぐらを掴まれ、ぐっと距離が近づく。

 

 二人きりの部屋の中、何を言われるのかと思えば、それは、かなり物騒な事柄で、彩葉は、おもむろに眉をひそめた。

 

「あんた、そんなに俺の事が憎いの? それとも、坊主憎けりゃ袈裟けさまで憎いってやつ?」


「え? 坊主?」


 その言葉に、葵は無意識に手をゆるめ、困惑した表情を浮かべた。


 どうやら、意味がわからなかったらしい。


「知らないのか? ことわざだよ。坊主が憎いなら、坊主が身に着ている袈裟けさ、つまり法衣まで憎く感じるって話」


「そ、そうなんだ……私、海外生活が長かったから、あまり日本語には詳しくなくて」


「そんなんで、よく危特の試験、受ける気になったな」


「べ、別にいいでしょ! というか、危特の試験に日本語力とか関係ないし!」


「関係あるよ。読解力がなければ引っかかるぞ。結構いじわるな問題も多いから」


「ウソ!?」


 怒った顔が一変、葵は困った表情を浮かべた。


 まぁ、この組織で働くなら、試験に受かっていたほうが、なにかしら優遇される。


 もちろん、優遇される分、酷使もさせられるのだが……


「それより、アンタが俺を毛嫌いしているのは、俺が黒の息子だから?」


「……っ」


 そして、話を戻せば、葵はまたもや黙りこんだ。


 ──坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い。


 それは『親が黒なら、その子供まで憎く感じる』という意味合いで言った言葉。


 彼女にとって自分は、坊主の袈裟と同じのかもしれないと、彩葉が諦めたように話せば、葵は


「別に、そういうわけじゃない……親が黒でも、その子供は関係ないし……私だって、自分の偏見じみた考え、何とかしたいと思ってるのよ。でも、どうしても、ムリなの……黒だけは、絶対許せない……犯罪を犯す人間なんて、この世からいなくなればいいのよ……っ」


 彩葉の服を掴む手に、力がこもった。


 それは、悔しいのか、悲しいのか?

 はたまた、怒りからくるものなのか?


 家族を奪われ、名前も故郷も捨てて、この組織に流れ着いた。


 そして、流れついてしまったのは、彼女も自分と同じだったからだろう。


 世界に絶望して、自分の人生すら、終わらせようとしていたから──…


「犯罪者をなくすには、どうすればいいと思う?」


「え?」


「この世から、犯罪を犯す人間をなくすには、何をするべきだと思う?」


「な、何って……っ」


 少々、難解な問いかけがやってきて、葵は眉をひそめた。


 犯罪者を、なくすには?

 これは、危特の試験問題とかなのだろうか?


 葵は、しばらく考え込んだ後──


「あれでしょ。黒の遺伝子を持つ人を減らす!」


「違うよ。人類全てを根絶やしにする」


「はぁ!?」


 だが、それは、あまりにも物騒な返答で、葵は困惑する。


 根絶やし?

 今、根絶やしって言った?


 それって、まさか、皆殺しにするってこと!?


「あんた、やっぱり黒でしょ!?」


「違うよ。俺は紫だって言っただろ。というか、人間は誰しも、犯罪を犯す可能性がある」


「え?」


「俺もアンタも。生きてる人間は、誰だって、罪を犯す場合があるし、絶対にないとは言いきれない。例え、正義感に溢れた『赤』でも、平和主義の『緑』でも、人を殺す時は殺すし、逆に『黒』でも、人の命を救っている人は、たくさんいる。俺たちが区分している『色』は、結局は、血液型と同じようなものだよ。黒だから、赤だからと、色で判断するんじゃなくて、ちゃんと相手を見て、判断した方がいい。……というか、少しは肩の力を抜けば? 甘いものでも食べて」


「え?」


 そう言うと、彩葉は、テーブルの上に置かれていた袋から、チョコを一袋とりだし、葵に差し出した。


 やたらとファンシーなキャラが載った、お菓子のパッケージは、この空気に不釣り合いなほど明るい。


「な、あんたバカなの!? 私が、お菓子なんて食べるわけないじゃん!」


「なんで?」


「な、なんでって、私の家族は……っ」


 お菓子をたべたくなったから──たった、それだけの理由で家族は殺された。


 そして、あの時のことは、今でも鮮明に覚えていた。


 血だらけの玄関で、母は倒れていた。

 

 その奥には、姉もいて、ぴくりとも動かなかった。


 家の中には、血の匂いが充満していた。


 きっとリビングで、父も亡くなっていたのだろう。


 その姿を目にすることは無かったけど、気を失って、病院のベッドで目覚めた時に、葵は、テレビでやっていたニュースを見たのだ。


『犯人は、お菓子を食べたくなったと、供述していて──』


 それは、家族を殺した犯人の動機だった。

 

 子供ながらに、ありえないと思った。


 そして、その話を聞いてから、葵は、お菓子を見る度に、吐くようになった。


 あんなに大好きだったはずなのに


 お姉ちゃんと食べたチョコレートも

 お母さんが、大好きだと言っていたアイスも

 

 お父さんが、誕生日に買ってきてくれたケーキですら


 何もかも食べれなくなって


 お菓子と名のつく、全てのものが



 憎しみの対象になった。



 

「私の家族は、お菓子のせいで殺されたんだよ!?」


 目に涙を溜めて、葵が叫ぶ。

 

 理由が理由だけに、やるせない想いばかりがつのった。


 この世にお菓子がなければ、私の家族は死ななかったの?


 私が、お菓子を好きじゃなければ、ねらわれなかったの?


 なんで、なんで、なんで……っ



「お前、憎む対象、間違ってるよ」


「え?」

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