第76錠 人格者


「二人とも、こっちに来い。そして、見てみろ」


「「??」」


 こっちと言われて向かった場所は、先程、佐々木が居た広縁だった。


 大きめの窓から、外を見る。

 すると、その先には、マンションがあった。


 10階建てのマンションだ。

 そして、そのマンションは……


「あのマンションには、神木君が暮らしてる。そして、ここからは、マンションの入口がよく見えるんだ」


「「…………」」


 うん。確かに、よく見える。

 まさに、特等席と言ってもいいくらいだ。


「え? なにをするの?」


 だが、どうにも意味が分からず、葵が首を傾げながら、山根を見つめる。


 すると、山根は、あっけらかんとして


「あれ? わかんない? 張り込みだよ、張り込み」


「張り込み?」


「うん。狙われてる神木一家の」


「!?」


 さも当前のように言われ、葵は瞠目する。


 もちろん、意味は分かる。

 狙われているからこそ『見張っている』のだろうが──

 

「ちょっと待ってよ! 張り込みっていうけど、要はでしょ!? あの佐々木っておじいさん、ずっとここで、のぞきしてたってこと!?」


 あんな厳格そうな、おじいさんが!?

 しかも、うら若い男女がいる家を!?


「信じらんない! のぞきとか、犯罪だし!」


「いやいや、別に家の中まで、のぞいてるわけじゃないし! それに、これも守るためには必要なことなんだよ。なにより、うちの組織は、世間じゃ犯罪だって言われかねないことも、任務のために容認されてるしね。なぜなら、危特きとくの資格を持ってるから!」


 そう言って、山根は資格証を取り出した。


 ちなみに『危特』とは『危険機密道具・特別取扱許可証』の略だ。


 これは、世間に出回れば、犯罪に悪用されそうな危険な道具や薬を扱かってもいいという証。


 つまり、犯罪に悪用しないと認められた人格者にしか発行されない資格だからか、多少のことには目を瞑ってもらえる。


「ちなみに、佐々木の爺さんも、ちゃんと資格は持ってるぞ。それに、梁沼が行方をくらましてから、ずっーとここで、あの子たちのこと見守ってくれてたんだ。一週間、ろくに眠りもせずな。だから、そんな酷いこと言わない!」


「……っ」


 山根が諭せば、葵は猫のように縮こまった。


 確かに、いつ梁沼が、あのマンションにやってきてもおかしくはない。


 だからこそ、目を光らせていたのだろう。


 10年前の被害者家族が、二度目の被害に見舞われないように──…


「言いたいことは分かるけど……だからって、勝手に人の私生活を覗き見るなんて……っ」


「相変わらず硬いな、葵ちゃんは。エントランスから出入するところを、双眼鏡で見てるだけだよ。というか、葵ちゃん、危特の試験、受けるんだよね? そんなんじゃ、落ちるぞ」


「えぇ!? なんでよ! 私ほど、正義感に溢れた人いないじゃん!」


「それが、ダメなんだよ。とりあえず、今夜は、彩葉と一緒に、神木家の張り込み。ただ、絶対にバレるなよ。もし、覗いてるのがバレて神木くんたちに訴えられたら、さすがに捕まるからな!」


「ちょっと、それって、やっぱり犯罪ってことじゃん!?」


 組織に来たばかりだからか、有り得ない状況に、葵がひどく困惑する。


 人一倍、正義感が強いからこそ、納得がいかないのだろう。


 そして、そんな葵を見て、彩葉は眉をひそめた。


(……落ちるな、確実に)


 危特の試験は、そう生易しいものじゃない。


 学力だけじゃなく、精神面の安定も、かなり重要視される資格で、しかも、一年置きに更新手続きがあり、本部に呼び出され面接を受ける。


 そして、その面接官が『人格に難あり』と判断すれば、あっさり剥奪されてしまう資格でもある。


「あ。彩葉、これ渡しとく」


「?」


 すると、今度は山根が、彩葉に声をかけてきた。

 

 小さめの手帳を手渡されれば、それを、手早く確認する。


 すると、その中には、梁沼が行方をくらませてからあとの神木家の動向が記されていた。


 あの家族が、何時に家を出て、何時に帰宅したか。


 そして、マンション付近に現れた怪しい人物の風貌なども含め、事細かに記入されていた。


 きっと書いたのは、佐々木だろう。


「続きは彩葉が書くように。それと、佐々木さんも言ってたが、今のところ、梁沼らしい男は現れていない。でも、やつが、神木くんちを特定するのは時間の問題だし、気は抜くなよ」


「わかってる」

 

「じゃぁ、俺と梓は、梁沼の方に行くから、あとは任せた!」


「え?」


 だが、その瞬間、彩葉は目を見開いた。

 山根が、梁沼のねぐらに乗り込むのは聞いていた。

 

 でも……


「待って。あずねぇも行くの?」


「あぁ。潜入するのは俺だけだが、梓には外で待機してもらって、玲とも連絡取り合って貰わなきゃいけないし。というわけで、彩葉は葵ちゃんと二人で、神木家の見守り」


「朝には帰るこら、ちゃんと仲良くしなきゃだめよー。あ、冷蔵庫に入ってるデザートとか、眠気覚ましのコーヒーとか、好きに食べたり飲んだりしていいからね~!」


「じゃあ、行ってくるから!!」


 すると、山根と梓は、まるで台風のように過ぎ去って行って、部屋の中には、彩葉と葵だけが残された。


「「…………」」


 そして、和室の扉がしまった瞬間、二人は、無言のまま今の状況を確認する。


 山根も、梓も、佐々木も、いなくなった。

 いうことは、このホテルには、彩葉と葵だけ。

 

 しかも、朝まで二人っきり……??


「ちょっと、嘘でしょ!?」


 すると葵が、息を吹き返したように声を発し


「頭おかしいんじゃないの、あの二人!? なんで、年頃の男女をホテルに残して、出かけたりできるのよ!?」


「………」


 まぁ、言いたいことはわかるし、普通ならありえないだろう。


 高校生の男女を、深夜のホテルに閉じ込め、朝まで二人きりにするなんて。


 だが。ギャーギャー喚く葵とは対照的に、彩葉は、慌てることなく……


「それだけ、俺のことを信用してるんだろ。心配しなくても、指一本、触れるつもりはねーよ」


「……っ」


 まるで、興味がない──とでも言うように、彩葉が素っ気なく返せば、葵は、苦虫をかみ潰したような顔をした。


「あぁ、そういえば、あんたも危特の資格を持ってるんだっけ? さすがは、人格者。若い女と二人っきりになっても、理性崩壊させたりしないわけだ。……でもさぁ、逆は考えたりしないの?」


「逆?」


 その言葉に、彩葉は首を傾げた。


 逆とは、どういう意味なのか?

 

 だが、深く考えるよりも先に、彩葉は、強引に胸ぐらを掴まれた。


「……ッ」


 無理やり引き寄せられ、一気に距離が近づく。

 すると、葵の瞳と目が合った瞬間──


、襲うかもよ。あんたのこと──」

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