第75錠 バーベキュー


「そうか……彩葉が、俺の心配を……っ」


 瞬間、葉一の目に涙が滲んだ。

 

 きっと、嬉しいのだろう。


 嫌われていると思っていた息子に、心配されているのだと分かったから……


「ありがとう、誠司くん……おかげで、少しは気持ちが晴れたよ」


「本当ですか! 良かった! つーか、彩葉は誰にでも素っ気ないし、あーいいやつなんですよ。だから、気にしなくていいと思いますよ!」


 そう言って、場を和ませた誠司は、その後、食事を再開する。


 すき焼きは、しっかり味が染み込んできたようで、誠司は、甘辛く煮込んだ牛肉を、さっと卵にひたし、アツアツのまま口の中へ運ぷ。


 すると、その肉は、なんとも美味だった。


 こんなに美味い肉を食べ損ねるとは、彩葉は、なんて間の悪い奴なのだろう。


 まぁ、あっちはあっちで、美味しいものを食べているかもしらないが……


「なぁ、母さん。この肉、彩葉の分もとってあるの?」


 だが、そう思いつつも、誠司は、何気なく問いかけた。


 美味しいものは、みんなで食べるとより美味しい。


 だからか、彩葉にも食べさせてやりたいと思ったからだ。


「一応、とってあるわよ。でも、彩葉ちゃんが帰って来るの、日曜日よね? その頃には、味が落ちてそうで」


「……あぁ、確かに、肉は鮮度が命だもんな」

 

 時間が経てば経つほど、味は落ちてしまう。

 冷凍しとおくという手もあるが、やはりこの肉は、今日食べるのが、一番美味しいだろう。


 すると、誠司の気持ちを察したのが、優子が、しばらくして──


「そうだわ。来週は、彩葉ちゃんと一緒にバーベキューをしましょう!」


 そんな提案をしてきた。


「え? バーベキュー?」

 

「そうよ。秋も終わりに近づいてきたし、寒くなる前にやりましょう! 私、またお肉買ってくるから、彩葉ちゃんと誠司のお友達も誘って、みんなでやりましょう」


 すると、その話には、葉一も感心しながら


「へー、いいね、バーベキュー。何年ぶりだろうか」


「あら? 葉一さんは、あまりやらない?」


「あぁ、前の家は、マンションだったからね。それに、俺は、会社の飲み会で参加したくらいで、彩葉にいたっては、したことすらないかもしれないな」


「あら、バーベキュー未経験? なら、ちょうどいいわね」


 すると、あれよあれよという間に計画が立てられた。


 どうやら来週末、我が家でバーベキューをするらしい。


 誠司の家は、一軒家だからか、時々、こうして友だちを誘ってバーベキューをしている。


 これは、母の優子が、キャンプや釣りといったアウトドアが大好きだからだ。


(……来年の夏には、キャンプに行こうとか言いそうだな)


 見るからにインドアっぽい彩葉は眉をしかめるかもしれない。


 だが、庭でバーベキューくらいなら参加してくれるだろう。


(あ、セイラは来れるかな? あとで聞いとこう)


 すると誠司は、美味い肉を、再び、ほうばりながら、可愛い恋人のことをかんがえた。

 

 もちろん、その後も、彩葉からの返事はなかったが、それに関する苛立ちは、いつの間にか掻き消えてきた。







「ごちそうさま~!」


 そして、淡々と食事を終えた彩葉たちは、その後、お弁当を片付け、次の作業にとりかかっていた。


 梓はパソコンを開き、バーに残っているれいと連絡を取っていて、山根は服を脱ぎ、肌着の上に、防弾チョッキを仕込んでいた。


 これから、黒のねぐらに乗り込むのだから、それなりの装備は必要だろう。



「ねぇ、私たちは、何をすればいいの?」


 すると、特にやることもないのか、葵が、部屋の隅から問いかけた。


 大人二人は、バタバタと動いているが、学生二人は、今のところ、何の指示もないからだ。


 しかし、彩葉も葵も気になっていた。

 

 先程、山根は、佐々木との会話の中で『あとは、この子達から代わりますから』──と言っていたからだ。


「あの人、ここで、何やってたの?」


 彩葉が、佐々木のことを訊ねれば、山根は、準備を整えながら


「そういや、まだ話してなかったな。二人とも、こっちに来い。──そして、見てみろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る