【第4章】安寧の代償
第67錠 誘拐の方法
外泊の準備を整え、バーに戻れば、店の前には、黒のミニバンが停まっていた。
きっと、山根の車だろう。
そして、この車に乗り、ここから約3時間ほどかけて、彩葉たちは桜聖市という街に向かう。
10年前に『男児未遂誘拐事件』あった、例の街に──
「彩葉と葵ちゃんは、後ろに乗ってねー」
梓に促され、彩葉と葵は、車に乗り込む。
すると、その車は、すぐに走り出した。
運転する梓の後ろに葵。
そして、山根がいる助手席の後ろに彩葉。
お互いに、窓の外を見ているのは、極力、会話をしないためだろう。
だが、沈黙する後部座席とは対照的に、前にいる山根は梓は、賑やかなものだった。
「ねぇ、宗太さん!桜聖市に着いたら、まずは何をする?」
「そうだなぁ。やっぱ現場巡りからだろ」
「現場巡り? あぁ、犯行現場をめぐる感じね!」
「そうそう。神木君が、梁沼に追いかけられて、トイレの中で襲われるまでの経路は、みんな、把握してたほうがいいだろ」
「「…………」」
だが、賑やかでありつつも、その内容は、かなり物騒なもので、彩葉と葵は眉をひそめた。
(誘拐未遂か……)
そして、その話を聞き、彩葉は、改めて資料に目を通す。
先程、データで送らせて来た資料には、事件に纏わる聴取と、最近の被害者の状況が、事細かに記載されていた。
今から10年前。被害にあったのは、神木 飛鳥くんという、当時10歳の少年。
そしてそれは、涼しくなり始めた10月の終わり頃。夕方5時前に、一人で家を出た神木君は、妹が忘れたぬいぐるみを探すために公園に戻った。
そこで、梁沼に声をかけられ、不審に思った神木君は、すぐに梁沼から離れたが、その後、同級生の
そして、二人でいると所に、梁沼が現れ、神木君を拉致しようとしたが、隆臣くんが、梁沼を撃退し、それを阻止。
だが、二人で逃走し、公園のトイレに隠れたが、運悪く梁沼に見つかってしまう。
(この隆臣君って子は、警察官の息子だったな……打撲の痣が数箇所。かなり容赦ない暴行を受けてる。だけど、その一方で、狙われた神木君の方は、無傷か」
精神的な傷を思えば、無傷ではないが、少なからず身体に目立った外傷はなかった。
とはいえ、神木君も襲われたのだろう。
首を絞められたとも書いてある。
だが、その絞め方が、少し特殊だった。
傷や痕が残らないように、頸動脈を指圧させることで、酸欠にし、意識を奪おうとしている。
(あくまでも芸術品。つまり、体に傷はつけたくなかったってことか……)
だが、それ以外の者への仕打ちは、容赦なかった。
同じ子供でも、飛鳥くんと隆臣くんでは、扱い方が全く違う。
(一歩間違えば、死んでたかもな?)
そして、何とか隆臣君が逃げ出し、助けを呼べたから、誘拐は未遂で終わり、梁沼は捕まった。
だが、本来なら、邪魔をした隆臣くんは殺されていただろうし、飛鳥くんに致っては、誘拐後、行方知れずになっていたことだろう。
そして、ここまで異常な執着心を持ちながら、未遂で終わったがために、梁沼は、そこまで重い刑には処されていなかった。
誘拐未遂に、詐欺や窃盗。
もろもろの罪状を含めて、懲役8年。
しかも、当時の事情聴取では、梁沼は、その芸術品の美しさを、熱く語り尽くしていたらしい。
『あの子は、神が私に与えてくれた芸術品だ』──と。
(……まるで、自分の物みたいな言い草だな。これなら、梁沼が、colorfulの被験者に選ばれたのも理解できる)
白のcolorfulは、出所する犯罪者、全てに接種されるわけじゃない。
より凶悪で、より危険性を孕んだ『黒』だけが、被験者として選ばれる。
なぜなら、白の遺伝子を持つ者は、とても貴重だからだ。
それゆえに、他の色と違い、白のcolorfulだけは、大量に作ることができず、組織は、数少ない白のcolorfulの効き目が、少しでも長く続くよう、日夜、研究を続けている。
だが、今回は二年で切れた。
研究は、あまり順調とはいえない。
とはいえ、白のcolorfulの最長持続年数は、13年までは確認できていた。
その被験者は、長く性格が変わっていたからか、薬が切れてからも、ある程度、穏やかな性格のままだったそうだ。
そして、それは一種の成功例だった。
colorfulの効果は切れてしまったが、白の性格に長い間、変えられていたがために、後天的に、その性格を会得した。
ある意味、白に馴染んだと言ってもいい。
だからこそ、colorfulは、上手くいけば、薬として絶大な効果を発揮する。
手に負えない、残虐的な性格が治るのなら、本人にとっても、被害者にとっても最良だろうから。
しかし、馴染む場合もあれば、そうではない場合もある。
ある被験者は、薬が切れたと同時に、抑圧されていた黒の性格が暴れ出し、再び犯罪に手を染めようとした。
その件に関しては、組織の人間が、再び白のcolorfulを打つことでなんとか阻止したが、いつ切れるかわからない被験者の数が増えれば増えるほど、組織側の負担が大きくなる。
だからこそ、打つ人数も限られてくるし、半永久的に切れないcolorfulを作らないことには、組織の存続すら危うくなる。
だが、一応、成功例もあるとはいえ、梁沼の場合は、たった2年で切れてしまった。
ならば、梁沼の性格が『白』に染まってる可能性は、限りなく低い。
まあ、どの道、危険な男だということにかわりはないだろうが─
「なぁ、彩葉。お前さんは、どう思う?」
「?」
すると、助手席から、山根が声をかけてきて、彩葉は首を傾げた。
「どうって?」
「梁沼は、神木君を狙ってる。だが、もう若くはない。そんな男が、どうやって、青年をひとり、拉致するつもりだと思う?」
「………」
山根の話に、彩葉はしばらく考えこむ。
確かに、梁沼が、再び彼をコレクションに加えようとしているなら、今度こそ、確実に誘拐するだろう。
それも、傷ひとつつけず、美しいままで拉致する。
だが、小学生だった10年前ならともかく、今はもう19歳の大学生だ。
簡単に、拉致できる相手じゃない。
(資料を見る限り、今、住んでるのは、オートロック式のセキュリティーマンション。しかも、一階には、警備員も常駐してる)
神木君は、それなりに、いいところの住んでいるらしい。
まぁ、これだけの美貌を持っているなら、たくさんの女の子を魅了していることだろうし、ストーカー的な被害にも遭っているかもしれない。
となれば、親としても、より安全な
だが、警備員までいるなら、梁沼がマンションの中に入るのは、不可能に近い。
なにより、セキュリティーを掻い潜ったところで、中から、大人一人連れ出すなんて容易なことではない。
となれば……
「何か弱みを握って、言うことを聞かせるとか?」
「弱み……たとえば?」
山根の言葉に、彩葉は再度、書類に目を向けた。
被害者である神木君には、五つ下に妹弟がいると書かれていた。
名前は、神木
中学生の双子の妹弟だ。
金髪碧眼の兄とは違い、茶色がかった黒髪をした、日本人らしい子供たち。
そして、この二人を、神木君は、とても可愛いがっているようで、まさに、絵に書いたような、いいお兄ちゃんだ。
なら、彼を脅すのに、一番有効な手段は……
「そうだな。例えば──家族を殺すとか?」
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