第65錠 中庸


「彩葉と葵ちゃんは、俺と梓と一緒に、で調査だ!」


「「え!?」」


 瞬間、彩葉と葵が声を上げる。

 泊まり込みで調査!?

 しかも、いきなり!?


「あのさ。俺、引っ越したばかりだって言っただろ」


「あー、そうだったなー。母親と義弟が増えんだった。大丈夫だよ。友達の家に泊まりに行くとでも言って出てこい!」


「出て来いって……怪しい行動してるって勘ぐられたら厄介だろ」


「あれ? 新しい母ちゃんと義弟は、そんなに感が働く人たちなのか?」


「…………」


 感が働く?

 

 いや、少なくとも、あのとした母親(優子)は大丈夫だろう。それに、誠司に至っては(弱みを握って)味方につけてるし、誤魔化そうと思えば、なんでもなる。


 それに……


(colorfulの効き目が切れた『犯罪者』を、ほっとく訳にはいかないよな)


 山根の話が本当なら、十中八九、狙われている。


 つまり、10年前の被害者が、再び、危険にさらされているということ。


 例え、成長して大人になっていたとしても、被害者は、二度と会いたくないだろう。


 自分を誘拐しようとした男になんか──…


「はぁ……」


「お? 諦めたか? さすが、彩葉ー! うちの組織も人手不足だからさ。頼りにしてるぞ!」


「…………」


 すると、ぽんと肩を叩かれ、彩葉は、じとりと山根を睨みつけた。


 相変わらず、人使いが荒い。


 だが、なんだかんだ、言うことを聞いてしまうのは、この男に恩があるからだろう。


《俺が、お前のを治してやろう》


 治す──その方法がどうであれ、あの日、自分の命が助かったのは、この男・山根やまね 宗太そうたのおかげなのだから。


(でも、俺は、ともかく……)


 だが、その後、彩葉は、そっと葵を盗み見た。

 

 先日、この管轄に来た彼女には、この任務は重すぎる気がした。


 ただでさえ『黒』を毛嫌いしているというのに……


「つーか……なんで、アイツもなの?」


 すると、彩葉が山根に、コソッと話しかければ


「アイツ? 葵ちゃんのことか?」


「そうだよ。アイツは、黒を殺しかねない」


「いやいや、さすがに、そこまではしないだろー」


「………」


 すると、尚も能天気に答えた山根を見て、彩葉は、更に眉をしかめた。


 この組織には、黒への憎しみから辿り着く者も多い。


 そして、それは、彼女も同じだろう。


 それに、彼女の黒への憎しみが、どれほどのものなのかは、葵の生い立ちを聞けば、ある程度、想像がついた。

 

《──お菓子が食べたかったから》


 ただそれだけの理由で、家族を皆殺しにされたのだ。


 だが、その"強く育ちすぎた正義感"は、時として、厄介なものでもあった。


 なにより、この組織にいるなら『善』にも『悪』にもなってはいけない。

 

 常に『中庸ちゅうよう』であることを求められる。


 だが、彼女は、必要以上に『善』に偏りすぎていた。

 だからこそ、この任務に加えるべきじゃない。


「彩葉ー。お前、葵ちゃんの事が心配なんだろ?」


「は?」


 だが、その瞬間、予期せぬ言葉が飛び出し、彩葉は更に眉をひそめた。


「なんで、俺が」


「だって、お前は、なんだかんだ面倒見がいいからなぁ~! つーわけで、葵ちゃんのことは任せた! 先輩として、色々教えてやってくれ!」


「はぁ!?」


 すると、更にとんでもない話が飛び出してきて、彩葉は、山根の胸ぐらを掴みあげた。


「アンタ、いい加減にしろよ……っ」


「やだ~、怖~い!」


「気持ち悪い」


「まーまー、そう怒るなよ、彩葉。お前は、組織に入って長いだろ。11の時に入って、14で『色』を売るようになった。なら、新人教育くらいできる頃合だろ」


 つまり、教育も兼ねて、今回の任務に加えたといことだろう。

 

 だが、この人使いの荒さには、ほとほと、呆れ返る。

 

「ホント、最低だな」


「あっはっは! でも、そういいつつも、いつも引き受けてくれるかなー、彩葉は!」


「そうよね~。彩葉は、ツンデレだもん~♡」


 すると、今度は、梓がギュッと彩葉に抱きつき、よしよしと頭を撫でてきた。


「ちっさい頃から、変わってないわねー。生意気で口悪くて、でも、優しくて面倒見のいい、良い子ちゃんなんだもの、彩葉は♡」


「アズ姉は、暑苦しい」


「ふふ。まぁ、これも大事な仕事よ。人手は、多い方がいいし、みんなで頑張りましょう~。玲は、店番とサポートお願いね♡」


「はい。わかりました。皆さん、どうか、お気をつけて」


 その後、玲がにっこりと微笑めば、彩葉たちは、一旦、荷物をまとめるため、解散することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る