第63錠 黒の解放


「彩葉と梓は、しばらく、色は売らなくていい」


「「え?」」


 その言葉に、彩葉と梓は困惑する。


 『色を売らなくていい』なんて、これまで、一度もいわれたことがなかったから…


「なにそれ、どういうこと?」


 梓が、怪訝な顔を浮かべて問いかければ、山根は、カウンターの上に置いていた書類を見せつけながら


「色を売るより、大事な任務が舞い込んじまってな」


「大事な任務?」


 その言葉に、今度は彩葉が反応する。

 色を売るよりとは、これまた不可解な話だ。


「アンタが、そんなこと言い出すとは思わなかった。人のこと、散々こき使ってるくせに」


「そーいうなよ、彩葉~! 色を売るのも大事だなことだ。組織を運営する資金調達も兼ねてるからな! でも、今回の任務は、一刻を争う。早急に解決しないといけない」


 一変、真面目な顔をした山根は、足を組みかえながら、分厚い資料を、またパラりとめくる。


「俺たち組織の目的は、覚えてるか?」


 組織の目的──その言葉に、梓が、スーツのジャケットを脱ぎながら


「忘れるわけないじゃない。『半永久的に効果が切れることがないcolorfulカラフルを作ること』でしょ」


「そうだ。永久的に切れないcolorfuを開発できれば、黒の性格を白に変え、その残虐性を中和させることができる。血も涙もないサイコパス野郎も、善良なニンゲンに戻るだろう」


 人の性格を変える夢のような薬。

 

 それは、犯罪者を、少しでも減らそうと研究されてきたことだった。


 薬ひとつで、犯罪者の心を変えられるなら、これ程、素晴らしいことはない。


 だが、その研究をするにもお金はかかる。

 

 そして、黒の性格を、唯一かえられる白の遺伝子も、希少すぎて、なかなか見つからない。


 だからこそ『色を売る』というビジネスを通して、合理的に血液を採取し、白の遺伝子の確保と資金調達の二つを同時に進めている。


「それで? その大事な任務は、上からのお達しなの?」


 彩葉が口をはさめば、山根は、書類をめくる手を止め


「あぁ、俺たち組織は、黒の受刑者が釈放される際に、試作段階の『白のcolorful』を接種させ、その後の経過を観察し続けてきた。だが、どうやら、まただったらしい」


「え?」


梁沼はりぬま 毅一きいち。二年前に白のcolorfulを接種後、釈放された。そのあとは、海外に移り住んで、善良に暮らしていたらしい。だが最近になって、行方ゆくえくらました」


「……っ」


 その言葉に、一同は息を呑んだ。

 

 行方を晦ましたということは、釈放時に打ったcolorfulの効き目が切れた可能性があるということ。


 つまり、黒の性格に戻り、残虐な思考が解放されたかもしれないということ──


「それって、やばいんじゃないの?」


「そのとおり! だから、一刻を争うの!」


「つーか、半永久的に切れない薬が、なんで、たった2年で切れるんだよ。上の研究は、どうなってんだ」


「仕方ないだろ、彩葉。同じ時期に打ったcolorfulでも、切れるタイミングは、人により違う。まぁ、あくまでも試作段階の薬だ。それに、永久に切れない薬なんて、不可能に近いと言われるほどだ」


 彩葉の言葉に、山根が呆れながら答える。

 

 そして、気を引き締めつつ、山根は、声を強くし、皆に命じた。

 

「というわけで。今後、俺たちは、行方をくらました梁沼を確保し、もう一度、白のcolorfulを打つ」


「もう一度?」


「あぁ、事件が起きなきゃ、逮捕はできない。かといって、事件を起こさせる訳にはいかない。だから、colorfulを打って、もう一度、梁沼の性格を変える」


「その、梁沼って、一体なにをしたの?」


 すると、今度は、彩葉の後ろから葵がといかけた。


 犯罪者を、特に『黒』を毛嫌いしている葵の瞳は、今にも食い殺さんとばかりに鋭かった。


 すると、書類を手にした山根は、その中の一面を見せつけながら


「誘拐未遂だよ」


「誘拐未遂?」


「あぁ、梁沼は、10年前に桜聖市で起きた『男児誘拐未遂事件』の犯人だ」


 葵が、山根から書類を受け取れば、その中には、梁沼の写真とプロフィール、そして犯罪を犯した経緯が記されていた。

 

 名前は、梁沼はりぬま 毅一きいち。現在52歳。

 

 ヒゲの生えた細身の男性で、英国紳士を思わせる品のある男。一見すれば、犯罪者には見えない。


 だが、この男は、10年前に、当時10歳だった少年を誘拐しようとした、正真正銘の犯罪者だ。


「男児を誘拐ねぇ? もしかして小児性愛者ペドフィリア? また、子供を狙う可能性があるってこと?」


 深刻な表情で、梓が問えば、山根はフルフルと首を振り


「いや、梁沼はそんなんじゃない。コイツは、だ」


「コレクター?」


「あぁ、梁沼は、美しいモノに目がない。逮捕された時、梁沼の自宅や別荘からは、絵画や骨董品などの芸術品が数多く押収された。中には、窃盗や詐欺などで手に入れたものもあったらしい……そして、10年前に誘拐しようとした少年のことも、梁沼は『芸術品』としか思ってない」


「芸術品?」


 その言葉に、一同は震えあがった。


 だってそれは、生きた人間だから。

 

「何言ってんの? コレクションにするために、生きてる子供を誘拐しようとしたってこと!?」


「そういうことだ。だから、小児性愛者ぺドフィリアとはワケがちがう。アイツは子供なら誰でもいいわけじゃない。狙ってるのは、当時の被害者である神木かみき 飛鳥あすかくん、ただ一人だけだ」


 山根が、資料の次のページをむくるよう促せば、そこには、幼い少年の姿が写っていた。


 金色の髪に、碧い瞳。

 そして、色白の肌と、人形のように整った顔立ち。

 

 まさに、芸術品といわれてもおかしくないくらいの、美しい美しい10歳の男の子だった。

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