第62錠 招集


 学校を出ると、彩葉は家にも帰らず街へ向かった。


 制服姿のまま、薄暗い路地を進むと、呼び出されたバーへと、脇目も振らず進んでいく。


 まだ、昼間だからか、飲み屋街には『CLOSE』と書かれた店が多かった。


 ここは、夜の街だ。

 だからか、夕方から営業を始める店め多い。

 

 そして、これから向かう店も、その一つ。


 『Couleurクルール』と書かれた看板の前を通り過ぎると、彩葉は、足早に店の裏口に向かった。


 店に入る時は、いつも人目のつかない裏口を使う。

 

 なにより、学生が、こんな店に入って行くところを見られるのは、あまり良くはないだろう。


 だからこそ彩葉は、忍んで店に向かう。


「?」


 だが、裏口に近づいた瞬間、彩葉は足を止めた。


 どうやら、先客がいたらしい。

 裏口の前には、彩葉と同い年の女がいた。

 

 赤毛の髪をした、スレンダーな少女。


 先日、同じ組織の人間として紹介された──皇妃すめらぎ あおいだ。


「「…………」」


 そして、二人目があった瞬間、気まずい空気がながれた。

 

 初対面の時、彩葉は、黒ではないのに、黒だと疑われ、葵に『仲良くしたくない』とまで言われた。


 そんなわけで、 二度目の対面が、好意的なわけがなく──


「入らないなら、俺が先に入るけど?」


「……っ」


 店の前で立ち尽くす葵に向けて、そういえば、葵は、何か言いたげに中に入り、彩葉も、その後に続く。


 そして中に入れば、客のいないバーの中は、ガランとしていた。

 

 ブランデーの香りが漂う大人の空間。


 どう考えても、高校生の二人には似つかわしくない場所だが、葵はともかく、彩葉にとっては、もう見慣れた光景だった。


「おぉ、待ってたぞ、お二人さん!」


 すると、今度は、店の奥から、山根が声をかけてきた。


 カウンターに向かう山根は、昼間から飲んでいた。


 手には、ブルーのカクテルを持ち、いつもと変わらず、おちゃらけた様子で、手招きをしてくる。


「まさか、一緒に来るとはなぁ。仲良くなれたのか?」


「「…………」」


 いきなり何を言い出すんだ、この酔っぱらいは!


 仲良くどころか、たまたま、同じくタイミングで店にきただけで、決して、仲良くはないし、一緒に来たわけでもない。


 だからか、彩葉と葵は、ただただ無言のままだった。


「あれ? どうした? 俺、なにか変なこといった?」


「さぁ……それより、もう飲んでんの? 仕事は?」


 すると、彩葉が、呆れながら問いかけ、山根は、問題ないとでも言うように


「大丈夫、大丈夫ー。俺、酒には、かなり強い方だし、失態を犯すことなんてないよー。それに、俺は今、大事な役目を担ってるんだぞ!」


「役目?」


「彩葉くん。山根さんは、僕の練習に付き合ってくれてるんですよ」


 すると、今度は、カウンターの中から、れいが声をかけてきた。

 

 椎名しいな れいは、車椅子に乗った20歳の青年だ。


 そして、その手には、カクテルを作る時に使うシェイカーがあった。


 どうやら、山根が飲んでいるカクテルは、玲が作ったものらしい。


「練習って、バーテンの?」


「そう」


「じゃぁ、玲も店に出るんだ」


「そうだよ。やっと、20歳になったし、梓さんが、上手にカクテルを作れるようになったら、働かせてくれるって」


「そう……だから、昼間から飲んでたのか」


「まぁ、山根さんなら、いくらでも飲んでくれるし」


 玲がにこやかに笑うと、彩葉は、浴びるように酒を飲む山根をみて、なんとも言えない表情を浮かべた。


 別に飲むのはいいが、仕事に支障をきたすのだけは、やめてほしい。だが、その瞬間


「ただいまー!」


 と、今度は、あずさの声が響いた。


 金森かなもり あずさは、このバーの店主だ。


 そして、裏口から、明るく入ってきた彼女は、ウェーブのかかった金髪を一つにまとめあげ、スーツを着ていた。


 どうやら、色を売る仕事を終えて、帰ってきたのだろう。


 帰宅と同時に、かけていた伊達メガネを外し、髪を解いた梓は


「もう、宗太さんたら、いきなり呼び出さないでよー!」


「あぁ、悪かったな、梓」


 どうやら、梓も、山根に呼び出されたらしい。


 そして、梓が来たことて、この界隈で働いているメンバーが、全て揃った。


 山根は、玲のカクテルを飲み干すと、その後、改めて、みんなの方へ、向き直る。


「みんな、突然、呼び出して悪かったな。それと、彩葉と梓。お前たちは、しばらく、


「「え?」」


 だが、その言葉に、彩葉と梓は困惑する。


 『色を売らなくていい』なんて、これまで、一度もいわれたことがなかったから──…

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