第57錠 危ない性格


「アンタ、俺が売った色、に使っただろ」


 その言葉に、セイラはぐっと息をつめた。


 顔色が、みるみるうちに青ざめ、肩が震える。


 だが、それでも彩葉は、容赦なく言葉を続ける。


「誠司の脇腹に、colorfulのがあった。あれは、アンタが打ったんだろ?」


 初めて、誠司と会った時に、転んだ誠司の脇腹には、があった。


 あれは、間違いなくcolorfulの接種痕だ。


 人の性格を変える薬『colorful』には、錠剤タイプと、注射器タイプの二種類が存在する。


 錠剤タイプは、主に短時間だけ性格を変える時に。そして、注射器タイプは、年単位で性格を変える時に処方される。


 すると、どうやら図星だったらしい。

 セイラは、さらに表情を強ばらせた。


 そして、それは、肯定とも取れる反応で、彩葉はそんなセイラを見て、クスリと微笑む。


「そっか……じゃぁ、あの時、と言ってたのは、誠司あいつのことか」


「……っ」


 さらに追い討ちをかければ、セイラは、くちびるを震わせ、その後、目に涙を浮かべた。


「おねがい……誠司には……言わないで……っ」


 再度、懇願する姿は、ひどく弱々しかった。

 そして、その姿が、あの時の姿に重なる。


 彼女に、colorfulを売り渡した、あの時に──


「ほんと、健気だね。好きな男を殺人犯にしないために、自分の身を犠牲にするなんて」


「………」


 呆れたように、彩葉が口を開けば、セイラは、何も言えず俯いた。


 彼女は、誠司を守るために、高額なcolorfulを買った。

 

『お金がないなら、身体で払って?』


 そんな冗談じみた、俺の提案を承諾して──


 だが、まさか、こんなことになるなんて、想像もしてなかっただろう。


 あの時、取引した男が、誠司と義兄弟きょうだいになるなんて──…


「それで、口止め料に、何をしてくれるの?」


 再び話をもどせば、追い詰められたセイラは、ついには、泣きだしてしまう。


「う……っうぅ…っ」


「泣いたら見逃してもらえるとでも思ってる? 無理だよ。一度、こっちの世界に足を踏み入れたら、あとは、悪い人間に、とことん搾取される。脅されて、身も心もボロボロにされて、用がなくなったら、ポイ捨てされる。俺なんかに関わったばかりに、人生、棒にふっちゃったね」


 近い距離に囁かれた言葉に、セイラの身は更に震えた。

 

 まるで、悪魔のような言葉だ。

 でも、自分は確かに、あの日、悪魔と取引をした。


 大好きな人を、守りたかったばかりに──…

 

「それで、どうすんの? いつまでも、こうしてるわけにはいかないし、早く答えを聞かせて」


 すると、更に彩葉が急かしてきて、セイラは、溢れる涙を押さえるように、目を閉じた。


 しばらく考え込んで、覚悟を決めたのかもしれない。

 セイラは、震える声で


「わかり、ました……なんでも……します……だから……誠司には……っ」


 ──ガシャン!!!


「ッ!?」


 だが、その瞬間、フェンスが激しく音を立てた。

 肩がビクリと跳ねて、セイラは、彩葉をみつめる。


 すると──


「ほんと……危ない性格」


 それは、どこか苛立つような声だった。


 "望み通りの答え"を言ったはずなのに、まるで望んでなかったかとでもいうような──


「な、なに?」


「ていうか、そんなに誠司が好き?」


 続け様に問いかければ、セイラは、また涙を流した。


 その涙を見れば、誠司のことを、どれだけ大切に思ってるか、否応にも伝わってくる。


 ある意味、好きな男のために、ここまでできるのは、すごいと思った。


 だけど、誠司が、キス一つできないと、能天気に悩んでいる裏で、彼女は、消えない過ちと後悔を抱え、ひたすら苦しんでいたのだろう。


 もし、これを誠司が知ったら、どんな反応をするのだろう?


 好きな女に、ここまで愛されてるとしったら──…


(まぁ、いうつもりはないけど……)


 だが、その後、彩葉は、あきれたように息をつくと 


「大丈夫だよ。誰にも言ったりしないから」


「え?」


「口止め料なんて、嘘。俺にとっては、大事なお客様だから、クライアントの情報は、死んでも守る。だから、仮に誰かに話すとしたら、職場の人間くらい」


 打って変わって、彩葉の声音が柔らかくなる。


 すると、セイラは、警戒しつつもホッとしたらしい、静かに息をついた。


 とはいえ、誠司は、片足を突っ込んでるようなものだった。


 だが、組織の社員ではないし、どこまでの情報を漏らすかは、彩葉次第。


 それに、ある意味、誠司をこちら側に招き入れたのは、正解だった。


 最初に、何かあると踏んだのは、あの脇腹の接種痕を見た時だった。


『お前、この痣、どうしたの?』

『え? これか? いつの間にか、できてたんだよ』


 あの日、誠司は、顔色一つ変えず、そう言って、知らぬうちに、colorfulを投与された可能性があると思った。


 だからこそ、こちら側に招き入れて、探る必要があった。


 だが、まさか、こんなに早く、接種した犯人がみつかるなんて──


「あと、5ヶ月ってところか」


「え?」


「あいつの【色】が、元に戻るの」


「……っ」


 すると、彩葉が更に続け、セイラは眉をひそめた。


 彩葉がセイラに渡した【色】は、2年間、性格が変わるcolorfulだった。


 となれば、その薬の効果が切れるまで、あと、約5ヶ月。


「楽しみだな。誠司の性格が、元に戻るの」


「……っ」


 まるで楽しんでいるかのような抑揚のある声が、セイラの耳に響く。


 屋上に風が吹けば、お互いの髪を揺らし、校庭からは、時折、生徒たちの明るい声が聞こえていた。


 だが、それからしばらくして、彩葉は、セイラから離れると


「そうだ。また、色が必要になったらいってよ」


「え?」


「5ヶ月後、また誠司の色を変えたいと思ったら、俺が、新しいcolorfulを用意してあげる。でも、次の取引では、もう、前みたいにはしないよ」

 

「…………」


 その言葉の意味を理解したのか、セイラは、小さく唇を噛み締めた。


(あと、5ヶ月……っ)


 5ヶ月後に、誠司の性格が元に戻る。

 私が変えてしまった、誠司の色が──


(元に戻ったら、どうなるの……?)


 彩葉がいなくなったあと、セイラは一人考え込む。


 もう、同じ過ちは繰り返したくない。

 だけど、また誠司が、あの時みたいに──…


「う…うぅ……せいじ…っ」


 一度おさまった涙が溢れだせば、セイラは、一人きりの屋上で、縮こまるようにしてうずくまった。


 好きな人を思い、震える身体を抱きしめながら、ひたすら涙を流す。


 だが、どんなに涙を流しても、未来への不安は、一向に、消えることがなかった。





*あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330660652469193




 

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