第56錠 密会


 誠司と別れたあと、彩葉は階段を上り、屋上に向かっていた。


 テスト期間中だからか、今は、部活動も中止らしく、校内に残っている生徒は、極わずか。


 それでも、あまり人目につかぬよう警戒しながら、手紙に記載された場所へ忍ぶようにやってきた。


 前の高校では、封鎖されていた屋上。


 だが、この城ヶ崎高校は、屋上への出入りが自由らしい。


 彩葉は、屋上へと続く扉の前に立つと、今一度、手紙を見つめた。


 先程、靴箱に入っていた手紙には、可愛らしい字で


 ──────────────────


   二人きりで

   お話したいことがあります。


   屋上まで来てください。


 ─────────────────



 そう書かれていて、名前はなかった。


 だが、この手紙の差出人が誰なのかは、すぐに分かった。


 きっと、だろう。

 先日、誠司から紹介された──響 セイラ。


(二人きりで話すのは、どのくらいぶりかな?)


 ──ガチャ


 その後、屋上の扉を開け放つと、その先には、案の定、セイラがいた。


 フェンスの前で佇むセイラは、酷く険しい表情かおをしていて、彩葉は、後ろ手に扉を閉めると、真っ直ぐにセイラを見つめる。


 昼下がりの屋上には、誰一人として、邪魔者はいなかった。


 文字通り、二人きりだ。


 すると、彩葉は、ゆっくりと青い空の下を進み、セイラの前に歩み寄る。



 先日、自宅で会って、教室でも同じクラスになった。


 だが、そう返すのが適切な気がして、彩葉が声を発すれば、セイラは、苦い顔をしたまま


「あなた……本田さんじゃなかったんですか?」


「あぁ、本田は偽名だよ。本名は、黒崎 彩葉」


「………」


 簡潔に答えれば、セイラは、訝しげに眉をひそめ、彩葉から視線をそらした。


 まさか偽名だなんて、思っていなかったのだろう。

 するとセイラは、さらに質問を続ける。


「なんで、誠司の義兄弟きょうだいに……っ」


「それは、本当にだよ。俺も、まさか親父が、再婚するなんで思ってなかった」


「………」


 すると、セイラは再び黙り込んだ。


 まぁ、色々と思うことはあるだろう。

 

 誠司の家族として、一番受け入れ難い男が、こうして、義兄弟になってしまったのだから。


「それで? 俺を、呼び出した理由は?」


 すると、今度は彩葉が問いかける。


 呼び出したということは、何か言いたいことがあるということ。するとセイラは、キュッと唇を噛み締めたあと

 

のことは……絶対に、誠司には言わないでください……っ」


 弱々しく、震えた声で紡いだその言葉は、まるで、よわりきった兎のようだった。


 まぁ、どんな呼び出しかは、何となく想像がついていた。つまり、口止めをしたいのだろう。


 誰にも知られたくない二人だけの秘密を、誠司に知られることがないように──


 ガシャン!


「……!」


 瞬間、彩葉は、フェンスに手を付き、無理やりセイラを囲いこんだ。


 目と鼻の先まで距離が近づけば、セイラは困惑と同時に息を呑む。


「な、なに……?」


「内緒にしてほしいっていうなら、口止め料、もらわないとね?」


「く、口止め料?」


「そう。また、ホテル行く? それとも、俺の家?」


「……っ」


 その言葉に、セイラの表情からは、サッと血の気が引いていく。


 弱みにつけこもうとしているのが分かったのか、セイラの瞳には、堪えきれず涙が滲んだ。


 なにより、彩葉にとっての家は、でもあって──


「最低……っ」


「酷いなぁ。あの時のことは、完全にだっただろ」


「……っ」

 

 同意──それは、確かに、その通りだった。


 あの日、セイラは自ら望んで、ホテルにいった。

 目の前のこの人に、抱かれるために──


「俺は『売ってくれ』って言われたから、アンタに『色』を売って、その対価に身体で払ってもらっただけ。それなのに最低呼ばわりは酷いんじゃない? むしろ、最低なのは、アンタの方だろ?」


「え?」


 彩葉の涼し気な瞳が、セイラを射抜く。


 秋風が二人の間をすり抜ければ、その瞬間、空気が変わった気がした。


 彩葉は、不敵な笑みを浮かべたまま、セイラを真っ直ぐに見つめると──


「アンタ、俺が売った色、に使っただろ」

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