第37錠 男娼


「はぁ、はぁ…」


 それから暫く走ったあと、誠司は、人気ない路地裏で、息を整えていた。


 壁に手をつき、ゼイゼイと息をする。だが、何よりも驚いているのは、さっきオッサンに襲われていた彩葉の、あの状況!


(な、なにアレ!?)


 ていうか、どういう状況!?

 あのオッサン、彩葉に何しようとしてたんだ!?


 つーか、彩葉のやつ、マジで、なにやってんだ!?


「誠司!!」


「!?」


 瞬間、誠司の背後から彩葉の声がした。


 追いかけてきたのだろう。誠司が振り向けば、彩葉もまた、息を弾ませながら、こちらを見つめていた。


「それ、返せ」


「は?」


 だが、何よりも先に、そう言われ、誠司は、彩葉のバッグを持って逃げたことを思い出した。


 そして、手を差し出し『とっととよこせ』といわんばかりに睨めつけてくる彩葉をみて、誠司は、ググッと眉間にシワを寄せ


「お前さ。その前に、なんか言うことねーの?」


「……」


「こっちは、危ないところを助けてやったんだぞ! だったら、もっとこう」


「別に、助けてなんて頼んでない」


「は? お前なぁ! さっきの状況、わかってる!? 俺が助けてなきゃ、あのオッサンに身包み、剥がされてたかもしんねーんだぞ! つーか何んなの、あのオッサン! マジで怖ええぇぇぇ!!」


「……」


 顔を真っ青にして、先程の恐ろしい光景について声をふるわせる誠司。


 確かに、さっきはヤバかった。

 だが、彩葉はその後、小さく息をつくと


「これ、何だと思う?」


「え?」


 そう言って、彩葉がポケットから取り出したのは、10センチほどのペンライトだった。


「何って…ライトか?」


「違う。これはペンライト型の


「……」


 す?


「……え? なに?」


「だから、スタンガン。見た目は小さいけど、結構な威力で、あんなオッサン軽く撃退できる。だから、わざわざ、お前に助けてもらわなくても良かった」


「……」


 あー、そうですね。

 スタンガン持ってたら、楽勝だよね!


 いやー、でも俺、スタンガン持ち歩いてる男子高校生、初めて見た!!


「わかったら、バッグ返せ」


「……っ」


 すると、彩葉は、またそう言って、誠司はじとりと汗をかく。だが……


「わ、分かったよ。でも、返す前に、一つ聞いていいか?」


「なに?」


「その、さっきの……売ってるって、なに?」


「……」


 しどろもどろしながら問いかけた。

 すると、彩葉は、変わらないトーンで


「言葉の通りだけど? わからないのか『色を売る』の意味」


「ぃ、いや、わからないわけじゃねーけど……その……男、相手に?」


「そう、男相手に」


 きっぱり、はっきりと告げた言葉。

 それにより、誠司は一層ダラダラと汗をかき始めた。


(へー……つまり、男娼ってやつか? いや、この前は女の人と会ってたし、どっちの相手もしてるってことか?)


 ああああァァァァ、なんだこれ!!


 未知の世界過ぎて、どんな反応していいのか、わからねーよ!!


 え? つーか、マジで男の相手してんの!?

 マジで、身体売ってんの!?


 てことは、あのオッサン、ガチで彩葉の服脱がそうとしてたってことか!?


 それより、未成年が、身体売るって、犯罪じゃねーか!!


 葉一さん、おたくの息子、とんでもないことしてるけど!?


 つーか葉一さん、コレ知ってんの!?


「わっ!?」


 すると、誠司がグルグルと思考をめぐらせていると、その隙をついて、強引にバッグを奪い返された。


 誠司の手元から離れ、無事に戻って来たバッグを肩をかけると、彩葉は再び誠司をみつめる。


「こんなのが家族にいるなんて嫌だろ。わかったら、金輪際、関わるなよ」


「……っ」


 そう言うと、彩葉はくるりと踵をかえし、誠司に背を向けた。


 だが、去りゆく彩葉を見つめながら、誠司は考える。


 関わるな──


 そりゃ、こっちだって関わりたくない。

 こんな危ないことしてる奴。


 でも──


「なぁ……って、なに?」


「……!」


 瞬間、誠司が呟いた。

 少しだけ薄暗くなり始めた、夕方の路地裏。


 どこか冷たい風が路地を吹き抜けると、彩葉は立ち止まり、ゆっくり振り返る。


 目と目が合うと、誠司は真剣な眼差しで、こちらを見つめていた。そして


「さっき、あのオッサンがいってた『カラフル』って、なに?」

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