第38錠 利口な生き方


「"カラフル"ってなに?」


 薄暗くなり始めた夕方の路地裏。


 どこか冷たい風が吹き抜けると、眉をひそめた彩葉と、真剣な表情をした誠司の視線がぶつかりあった。


 明らかに、彩葉の目付きが変わったのが分かった。


 きっと自分は、聞かれたくないことを聞いてしまったのだろう。誠司はその表情から確信する。


「お前、どこから聞いてた」


 すると、彩葉が氷のような声を返してきて、誠司はゴクリと喉を鳴らした。


 だが、ここまで来たら、もう野となれ山となれ!

 誠司は、そう覚悟を決めると


「ほ……ほぼ、最初から」


「……」


「ほ、本田くん探してたとか、病院がどうとか。あとは……っ」


 そう言って包み隠さず見たままを伝える。

 すると、暫く黙っていた彩葉は


「はぁ……」


 と、それはそれは深いため息をついた。


「──て、おいコラァ!! なんで、お前がため息つくんだよ!! つきてーのは、こっちだっての! つーか、お前高校生だろ! 体売るとか明らかに違法──ていうか、なんで、そんなことしてんだ!? いいか、今すぐやめろ! じゃなきゃ」


「じゃなきゃ、何? 親にでも報告するのか?」


「……っ」


 怒り沸騰で捲し立てる誠司に、彩葉が、何食わぬ顔で反論する。


 なにより、顔色ひとつ変えない彩葉の態度に、誠司のイライラは更に増していく。


「あのな、彩葉」


「お前、早死するよ」


「は?」


「俺が男と地下駐車場に入っていくのを見て、わざわざ追いかけてきたんだろ? ヒーロー気取りで俺のこと助けて、恩でも売るつもりだった?」


「……っ」


 あまりの言い草に、誠司は奥歯を噛みしだいた。


 感謝どころか、反省の色一つ見せない彩葉は、いつもと変わらない感情のない笑みを浮かべていて、まるで、こちらが間違っているのかと思わせてくる。


 だが、ただひたすらその声を聞くだけの誠司に、彩葉は更に言葉をかけてきた。


「そうじゃないなら、よほどのバカだな。そうやって、正義感ふりかざして、なんでもかんでも首突っ込んでたら、いつか損するよ。今まで通り、平穏な生活を送りたいなら、見て見ぬふりして立ち去るのが、一番だ。みんな、そうしてるだろ?」


「え?」


「クラスメイトがいじめられていても、見て見ぬふり。子供が夜中、出歩いていても誰も声をかけない。明らかにおかしいと思いつつも、誰かがなんとかするだろうと他人任せ。でも、それが世の中の正しい反応だ。みんな厄介事に巻き込まれるのはゴメンなんだよ。今の日常を、無難に生きるためには、見て見ぬふりするのが一番。お前みたいに感情任せに行動して、なりふり構わず誰かを助けようとする奴は、誰かの身代わりになって真っ先に死ぬタイプだ。性格なおしたほうがいいんじゃない? 強すぎる"正義感"は、自分を苦しめる"毒"にしかならない」


「……っ」


「分かったら、さっきのことは見なかったことにしろ。家族に心配かけたくはなければな」


 そういうと、彩葉は再びきびすを返した。


 夕陽が傾き始めた路地裏は、次第に、薄暗くなりはじめていた。


 ビルの谷間に、陽の光が僅かに射し込む。


 明暗の分かれたその路地裏に二人。

 誠司は立ち去る彩葉の姿を、視線だけで追いかけた。


 明るい場所から、暗がりへと消えていく。


 そして、その姿が、まるで闇に飲み込まれて行くかのようにも見えて、誠司はグッと奥歯をかみ締めた。


(そりゃ、こっちだって、厄介事に巻き込まれるのはゴメンだ……っ)


 別に彩葉が、どこで何をしてようが関係ない。


 このまま、無かったことにすれば、また、いつもの『日常』に戻る。


 でも──


「彩葉!!」


「……!」


 瞬間、誠司が、その背に呼びかけた。


 無視しようとしたら、無視できた。

 どこで何してようが、関係ないって思った。


 でも───


「お前だって、だろ!!」


「……」


「お前なんて、ちょっと前まで顔も知らなかった、赤の他人だ!! 人のこと馬鹿にするわ、性格歪んでるわ、わけわかんねーことしてるわ! はっきり言って、お前なんてめっちゃくちゃ苦手なタイプだ!! でも、それでも彩葉は、俺の家族で……兄弟だ」


「……」


「繋がりが出来た以上、知らん顔できる程、神経図太くねーんだよ、俺は……だから、お前がなんて言おうが、絶対に、首突っ込んでやるからな!」


 路地裏に響き渡る声に、彩葉は、ただただ目を細めた。


(なんで……)


 ここまで、突き放してるのに、何故、関わろうとするのだろう。


 このまま、にいればいいのに──…


「お前、バカだな」


「はぁ!?」


「ほんと……バカすぎて、心配になる」


「え……?」


 だが、そう言って、振り返った彩葉は、これまでとは違う、人間らしい表情をしていて──…


「彩葉……?」


「着いてこい」


「え?」


「──話がある」





*あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330656887961217

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