第39錠 大人の街


(ど、どこに向かっているんだろう…)


 話があると彩葉に言われ、誠司は黙って、その後に続く。


 雑踏の中を進み、次第に人通りが少なくなって来たかと思えば、いつの間にやら、通ったことのない路地へと入る。


 飲み屋やバーがありそうな、ちょっと大人な空間。


 これから仕事に行くのか、髪をゴージャスに着飾ったキャバ嬢的なお姉さん達が、カツカツとヒールの音を響かせながら通り過ぎた。


 知らない場所、馴染みのない地域。


 そして、何も言わずスタスタと歩いていく彩葉に、誠司は只ならぬ不安を抱く。


「い、彩葉、あの…どこ行くんだ?」


 耐えきれず、三歩ほど後ろから、恐る恐る彩葉に問いかけた。すると、彩葉は振り返りもせず


「ホテル」


 と、あっさりと行き先を告げたのだが、その返答に、誠司はダラダラと滝のような汗をかく。


 確かに、話があると言われた。


 ということは、誰もいないところで二人きりで話がしたいと言うことだろう。


 ならば、ホテルと言ったのも納得できる。


 そう。納得できる──はずなのだが


「だァァァァァァ!! ちょっとまてぇぇぇ、お前何考えてんだ!? ムリ、絶対ムリ!! 男相手に身体売ってるやつと一緒にホテルなんて、絶対ムリ!!」


 酷く顔を蒼白させて、怖々と返事を返してきた誠司。

 すると、彩葉は、その場で足を止め、深く溜息をつく。


「……お前、どういうホテル、想像してんの」


「え?! だって、ここ8丁目だろ? この辺にあるホテルっていったら…っ」


「……」


 言いたいとこは、何となくわかった。


 この付近は、所謂ラブホ街。

『大人の街』と言ってもいいのかもしれない。


 そんな場所で「男に身体を売ってます」なんて言い出した義理の兄弟に、ホテルに誘われているわけだ。


 多少の身の危険を感じるのは、致し方ないことかもしれない。だが──


「……お前バカだろ。制服姿で、ラブホ入るバカがどこにいるんだよ」


「え?」


 彩葉が呆れた表情でそう言えば、誠司は、改めて自分たちの服装を確認する。


 彩葉はボルドーのブレザーを着ていて、自分も紺のブレザーを着ている。見た目はまさに、the・高校生!!


 なのだが……


「あれ? 制服、ダメなのか?」


(本当にバカだった)


 酷く困惑する誠司に、彩葉は更に呆れ返る。


「あのさ、ラブホってのは、基本18歳未満の入店は禁止されてるんだけど」


「え?! そうなのか!?」


「そうなのかって、お前彼女いるんだろ。そのくらい知っとけよ」


「っ……」


 深々とため息をつかれ、これまた歯に衣着せぬ言葉が返ってきた。誠司は恥ずかしさからか、顔を真っ赤にすると


「ッ仕方ねーだろ!! 俺たち、まだキ」


「?」


「キ…キキ………キスも…その…っ」


 だが、その後ごにょごにょと赤い顔のまま俯いた誠司を見て、彩葉は何となく察したらしい。


「……あぁ、童貞か。ごめん。彼女いるっていうから、てっきり」


「ハッキリ言うな!? てか、悪かったな! 彼女いるのに、色々未経験で!」


「別に悪いなんて言ってない。お互いのタイミングだってあるし、キスもその先も、ただ早ければいいってものじゃないだろ」


「そ、そうだけど…」


「それに、心配しなくても、行くのはただのビジネスホテルだよ」


「え?」


「だから、安心して…」


 すると、彩葉は再び前へ歩き出した。

 そして誠司は、そんな彩葉の後ろ姿をじっとみつめながら


(安心……ねぇ)


 できるなら、ちょっと逃げ出したい。


 誠司は、首を突っ込んでしまったことを、少しだけ後悔したとか?

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