第40錠 密室


(本当に、普通のホテルだった…)


 そして、やってきたのは、彩葉の言う通りなんの変哲のないビジネスホテルだった。


 怪しいホテルかと思いきや、そんなことは一切なく、あの八丁目の路地も、ただの通り道だったらしい。路地を抜け、ビジネスマンが行き交うビル街にでると、その中の一角にあるホテルの中に入った。


 受付は無人ではなく、しっかり受付嬢がいた。

 ロビーも広いし、むしろ、ちょっと豪華なくらいだ。


「こっち」

「──!」


 誠司がホテル内を見回していると、彩葉が受付をすることなく、エレベーターへ先導する。


 エレベーターに乗り込み、そのまま6階まであがると、そのフロアを進んだ先『603号室』と書かれたプレートの前に立った彩葉は、ブレザーの胸ポケットからカードキーを取り出した。


 カードをスライドさせ、キーが解除されると、彩葉はまるで我が家に帰ってきたかのように、部屋の電気をつけた。


 スイッチを探し出すことなく、あっさりついた照明。


 こじんまりとした部屋の中には、シングルサイズのベッドと冷蔵庫と金庫。そして、横長のデスクの上には、小型のテレビとルームサービスが書かれたメニュー表と内線電話。


 壁際に備え付けられた扉の奥には、きっとシャワールームとトイレがあるのだろう。


 そこはまさに、ビジネスマンが一泊するのによく利用していそうな、普通の部屋だった。


「なぁ、受付もせずにそのまま来たけど、もしかして、この部屋借りてるのか?」


 ホテルに着いたはいいか、既にカードキーをもっていた彩葉。


 先日引っ越してきた自分の兄弟が、なぜ、ホテルを借りているのか? 誠司は、ただただ困惑する。


 だが、彩葉はそんな誠司の質問に耳を傾けることなく、ベッドに腰掛けると、肩にかけていたリュックを横に置き、どこかに電話をかけ始めた。


「あ。もしもし、山根さん……あぁ、ごめん、今日そっち行けない」


「?」


 山根さん──と言いながら、スマホで会話をする彩葉。


 誠司はそれを黙ったまま見つめていると、それから暫くして、彩葉が電話を終えた。


「で、なんだっけ?」


「え? あぁ、この部屋なに?」


「何って、借りてるんだよ。まぁ、うちのが借りてるホテルだから、俺自身が借りてるわけじゃないけど」


「そ……」


 ──組織?


 聞き馴染みのない単語に、誠司は硬直する。


(なんだ、組織って? 確か、アレだよな? なんか、でっかいグループみたいな?)


 そうだ。確か、真っ黒な服を着た人達が、影で真っ黒なことしてて、真っ黒な人達による、真っ黒な人達のための、真っ黒な悪事を働いてるようなグループのことで


(いやいやいや、何考えてんだよ! すべての組織が全部、真っ黒なわけねーじゃん! あれ? でも、こいつ名前『黒崎』じゃ……)


 あー、ダメだ!!


 もう、コナン君が追っかけてるような、真っ黒な組織しか思い浮かばねぇ!!


(ていうか…これ、マジでヤバいやつだったりしないよな?)


 首つっこんでやるからな!!なんて啖呵を切っておきながら、なんだがヤバすぎる案件ではないだろうかと、誠司は、今更ながらに後悔する。


「おぃ、とりあえず、こっち来て座れ」


「う……っ」


 すると、ベッドに座る彩葉が、自分の隣に座るように促してきて、誠司はゴクリと息を飲む。


「あ、その……お前、男とそーいうこと出来るやつなんだろ? さすがに、一緒にベッドに座るのは、ちょっと……っ」


 無意識に、防衛本能が芽生える。


 密室に男と二人きり。さすがに、義兄弟に襲われるなんてことはないだろうが、本当に信用していい奴なのか分からなくなった今、おいそれと、隣に座る訳にはいかない!


 それに、俺は、まだ忘れてないぞ!!


 初めてあった日!お前が、いきなり俺の服をまくり上げて、腹むき出しにしてきたことを!!


「………」


 だが、そんな誠司の言葉に、彩葉は不機嫌そうに眉を顰めると


「さっきから『男と』とか『身体売ってる』とか、うるせーんだよ! 売ってねーよ、身体なんて!」


「はぁ?!」


 だが、その後、撤回されたた言葉に、誠司は瞠目する。


「いやいや、お前が、自分で売ってるっていったんだろ!」


「あれは、カモフラージュのために言ってるだけだよ」


「は?」


 すると、驚く誠司を見て、彩葉は


「俺が売ってるのは──コレ」


 そう言って、リュックの中から何かを取り出した。

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